夏休みのラスボス
とても良い雰囲気で夏祭りは終わりを迎えた。はずだった。
駅に向かう途中、妹の声が聞こえた。揉めているようで、なにかあったのかと思って急いだ。
しかし絡んでいたのは妹の方で、爽やかくんも困っていた。止められなくてではなく、別の事でだ。
理由を聞けば、道の端にいた占い師から急に、『欲を捨てよ』と言われたらしい。で、問題はここからだ。
『その水晶にどんな風に見えるのか教えて下さい!』と、しつこく言い寄ったらしい。
それに対して爽やかくんが、『僕が水晶を買い取れたらよかったんですけど……』とか、訳わからん事を呟いていた。
なんとか謝り倒して、ようやく自宅だ。
着いてすぐ、父親から頼まれていたものを渡せば、両親が喜んだ。それを微笑ましく思いながら、俺は妹の説教を開始した。
「なにしてんだよ、ほんとに」
「だってさ、ただ歩いてただけなのにお告げをくれたんだよ? 気になるじゃん!!」
「だからって迷惑かけんな」
「えー。でもさぁ、そんなお告げが出来る人ならあの未来だってわかったはずでしょ? だからいいかなと思って」
「よくねーよ!」
確かに、妹の言う通り本物の占い師ならそうなのかもしれない。
しかし、夏祭りを選んで来ていたあの人は違うのだろうなと思う。
どちらにせよ、迷惑行為はいけない。その情熱は別のものに注げと言い聞かせた。
***
夏休みはあと1週間もない。
早すぎる……。
自室でだらけていた俺は、夏休みが終わってしまう名残惜しさを味わっていた。宿題は終わっているので、ゲームでもするかと気を取り直す。
すると、ものすごい勢いでドアが開いた。
「おにい! 助けて!!」
「虫でもいたか? って、それ、まさか……」
半べそな妹の様子にゴキブリでも出たのかと思ったが、違った。両手に抱えているものは、宿題だ。
「終わらない……。このままじゃ、終わらない!!」
「お前なぁ……。だから少しでも終わらせておけって言っただろ?」
俺の部屋に入り込んで、テーブルに宿題をぶちまけた。なに? ここで宿題すんの? 俺、手伝わないからな。って気持ちが伝わるように、妹を呆れたように眺める。
「でもでも! あっ! ちょっと待ってて!」
「おいっ! これどーすんだよ!?」
すると、妹が急いで部屋を出て行ってしまった。宿題は置きっぱなしだ。
あとどれぐらいだ?
ペラペラとめくれば、まぁ、本気出して頑張ればなんとかなりそうな感じだった。
そんな事をしていれば、妹が戻ってきた。手には原稿用紙があるが、枚数おかしい。
「これ! 読書感想文書いてたら止まらなくなっちゃって! 追加で原稿用紙買ってきたけど、まだ書けそうだから書き足そうと思って! だから終わらないんだよー!」
「お前……、それ何枚あるんだ?」
「たぶん、30枚以上あるっぽい」
「はぁっ!? 削れ削れ! ってか、書き直せ! 要点をまとめろ!」
「えぇー!! 無理だし!」
「無理だし! じゃねーよ! 5枚以内って書いてあるだろーが!!」
「そんなぁー! せっかく書いたのに!」
「そういう問題じゃねーんだよ!! それに感想文がそんなに書けるなら、他の先やれよ!」
「無理! これ書き終わらないと他の事考えられないし」
さっきから無茶苦茶な事言いすぎだろうが!!
まだ時間があるならいい。だけど夏休みはあとわずかだ。それなら優先順位を決めて、さっさと宿題を終わらせねばならない。
「感想文は没収。他のが終わるまでやるな」
「そんな! 手伝ってよー!」
「お前の宿題はお前がやるんだよ!!」
「ひどいー!!」
「文句言う暇があるなら手を動かせ!」
俺の態度に諦めた妹が、しぶしぶ宿題と向き合う。
手伝わないが、見張っておくか。
妹の場合、そばに誰かいれば、いつも以上に頑張る。だから、見守る。
その間、俺は没収した感想文に目を通した。
『なぜ流行するものはこんなにも面白いのか』、だと?
タイトルからして研究書みたいなもんなんだろうが、妹が読んだ本、漫画、アニメの事まで取り入れて感想が書かれている。
確かに、こういうものを書いてもいいって言われている。しかし、書きすぎだ。ポリハタの事が大半占めてんなら、もうこれだけ書けばいいだろ。
『1人でも楽しめますが、家族や友人と意見交換をした時、すぐにその作品のイメージや印象に残った場面が出てくる、心に残る言葉がいくつもある。それが、面白さとして多くの人に記憶として残るのだと思います』
ほー。なるほどな。
妹の考察ってやつか。
感心しながら読み進める。普段の妹からは想像がつかないぐらい、しっかり書けているなと思った。
しかし、最後の文章だけは何度も読んでしまった。これ、おかしいだろ。
『このように、流行のものは詳細な世界を描いています。なので、本当にその世界は存在するのだと思います。そうじゃなきゃ、想像ができないと思うのです。だからこそ人は、その世界を探し求める事がやめられないのです。いつか、必ず見つけてみせます。みんなの憧れた世界を!』
感想じゃなくて決意表明になってるぞ!?
どこかの少年漫画の主人公みたいな台詞で締め括られた感想文から、顔を上げる。
すると、ニヤニヤしている妹と目が合った。
「どう? 感動した?」
「お前はなにを目指してこれ書いたんだよっ!!」
なにが『感動した?』だ!
これ読まされる先生の身にもなれよ!
感想文をぐしゃっとしてやりたいところだが、時間をかけて書いたものには違いない。人の努力を踏みにじる事はしたくないので、妹に返すフリをする。
「こんな力作書けんだから、宿題は余裕で終わるよな?」
「それとこれとは――」
「3日。3日で全部終わらせろ。さもなくば、こいつの命はないと思え」
「そ、そんな! おにいは鬼。鬼だよ!」
「なんとでも言え。さぁ、始めろ!」
受け取ろうとした妹から、さっと感想文を遠ざける。これでやる気も出るだろ。妹の為にひと肌脱いだお兄ちゃんに、感謝してほしいものだ。
そして本当に、妹は3日で宿題を終わらせた。感想文も書き直した。しかし、力作も同時に提出したようだ。
返ってきたそれには大きなはなまるが描かれていて、『その情熱を絶やすな!』と、先生からの言葉が書かれていた。
こういう事をしてくれるだけで、俺達生徒は頑張れたりする。
それになんだか妹の未来にはなまるをもらえたようで、俺まで嬉しくなった。
夏休みは終わってしまったが、この出来事のおかげで気持ちのいい新学期を迎えられた。
来年も、妹は読者感想文に力を入れるだろうが、先生からの返事も楽しみだ。
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