文化祭
出し物
新学期始まって早々、俺達のクラスは問題にぶち当たっていた。
それは文化祭という、一大イベントについてだ。
今日出し物を決めねば、準備に取りかかれない。むしろ、準備期間が本番とも言えないだろうか? ここでどれだけ納得のいくものを用意できるかによって、結果が変わる気がする。
みんなで楽しめればなんでもいい。
けど、やりたい事多すぎじゃね?
帰りのホームルームでみんなが真剣に意見を出し合う中、俺は黒板を眺めた。
お化け屋敷にメイド喫茶、迷路に演劇、ギネス記録にヒーローショー。
まだあるが、これ、どーすんだよ。
学級委員達も困惑してる。それならここで意見を聞くのをやめたらいいのに、律儀に全部書き出している。
うーん。どれをやっても楽しそうだが、演劇とか目立つのは避けたい。ま、裏方ならアリか。
メイド喫茶の場合、男は執事。これはこれで気になる。
出し物をひとつひとつ想像しながら、俺はある願いを思い浮かべた。
笹森さんのメイド姿が見たい。
こうなると、妄想が止まらない。
短めのスカートを恥ずかしそうに押さえながら、頬を染めた笹森さんの目が潤んでいく。
『ご、ご主人様、そんなに見ないで下さいっ!』
うむ。素晴らしい!!
普段、いや、これからも絶対に見る事がないであろう姿を想像して、思わず手に力が入る。
好きな子のメイド姿を見たくない奴なんているのだろうか?
いや、いるはずがない。絶対に見たい!
俺の心は決まった。が、同時に嫌な考えが浮かんだ。
クラスのみんな、そして外部の人間にもさらに可愛くなった笹森さんが見られてしまう!
でも、メイド姿は見たい。
どうしたらいい? どうしたら……。
出し物についての議論が白熱する中、俺も真剣に悩む。
笹森さんの可愛い姿を見る事ができて、なおかつ、彼女の身の安全を守る最適な方法があるはずだと、諦めずに考え抜く。
すると、さっきまで目を閉じていた担任が立ち上がった。『決まるまで、俺は静聴している』とか言ってたが、絶対に寝ていたと思う。
それなのにどうしたんだ? と様子を見ていれば、担任は学級委員の間に移動し、教壇へ両手を置いた。
「お前達の熱意は十二分に伝わった。それならいっそ、全部やってみろ!」
「……全部!?」
「えっ、先生、どういう意味ですか?」
「それを、お前達が一丸となって考えるんだ!!」
丸投げじゃねーかよ!!
驚く学級委員達の背中を、笑顔の担任が叩く。
もうキリがないと思ったのかもしれないが、これほど酷いまとめ方があるだろうか?
そして、選ぶどころかさらに意見が増え、話し合いは泥沼化した。
***
「ただいま……」
「おかえりー! おにい、遅かったね!」
リビングへ入れば、部屋着に着替えた妹がソファでくつろぐ姿が目に入る。その横に、どさりと力なく座る。疲れたし、腹減った。そんな俺の空腹を刺激するように、部屋中に広がるカレーの匂いに包み込まれた。
「文化祭の出し物決めるのに、時間がかかったんだよ」
「そーなんだ。で、決まった?」
「一応な……」
「一応?」
「いくつかの候補を組み合わせたから、準備中に変わっていくかもしれん」
「なにそれ?」
俺だって『なにそれ?』だ。
そう思いながらも、首を傾げ続ける妹に説明する。
「特にやりたい! って意見の多かった出し物の良いとこ取りみたいになったんだよ。だから、準備期間で方針を固めていくって感じだな」
「そういうのもアリだよね! 他のクラスと違うっぽいから人気出そう。飲食系?」
「あー……。飲食っつーか、ドリンク付き、みたいな?」
「ドリンク付き? いったいなにするの?」
だよな……。
あまり言いたくない。しかし、すぐにバレる事だ。だから覚悟を決めた。
「萌えるお化け屋敷、ってやつになった」
一瞬、リビングが静かになった。
そんな反応になるよな……。
だから言いたくなかったんだよと思えば、妹の顔に恐怖が浮かんだ。
「おにい、それ、だめだって。本物呼び寄せて、燃やして除霊するお化け屋敷なんて、ぜっっったい、やめた方がいいよ!」
「ちげーよ!! 本物ってなんだ!? 呼べる奴なんかいるか! しかも学校でそんな物騒な火を使ってたまるか!!」
もえる違いでこんなにも恐ろしいものに仕上がるとは!
妹の空想力を改めて思い知り、急いで正解を教える。
「お化け屋敷だが、中にいるのはメイドと執事だ。で、きゅんと萌えてもらえるような仕草とか演技とかしてお出迎えする。ここはストーリーを考えるらしいが、まだわからん。で、きゅんした回数によってドリンクが変わる仕様だ」
最終的に、お化け屋敷とメイド喫茶は外せないと意見が出た結果、こうなった。そこへ、演劇の要素も組み込めればという事になったが、これはどうなるのか、想像がつかない。
「なんだ。本格お化け屋敷かと思った」
「そんなお化け屋敷を出店した日には、俺達の学校はいろんな意味で終わるだけだ」
「……そう、だよね。だって悪霊とか呼んじゃったらやばすぎだし」
まず、霊が呼び出せねーよ。
とか考えたが、妹の真剣な顔を見て言うのをやめた。『え、呼び出せるよ!』なんて返事をされた日には、俺が妹をお祓いしそうだからな。
「誤解は解けたか?」
「うん。安全そうでほっとした! 絶対行くから!」
「えっ。来んの?」
「行くよー! お義姉さんのメイド姿、撮らなきゃ! だからおにいもあたし達のクラスに来てね!」
なんたる幸運!
俺が撮っていい? って聞いたら断られるかもしれない。
それなら妹が撮ってくれた方がいいに決まってる!!
あとで絶対にもらうと固く決意しながら、妹へ頷く。
「そういや、お前のクラスは決まるの早かったよな」
「すごいでしょー? あたしも興味あるから、楽しみ!」
だろうな。
出し物、占いの館だし。
むしろ、妹が率先してやりたがったのかと思ったぐらいだ。しかし、違うらしい。
こちらはこちらで本格占いを目指すようなので、応援だけしておく。
お互い、やるからには徹底的に、だな。
嬉しそうに笑う妹を見ながら、少しの下心を秘めた俺も笑顔を向けた。
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