準備

 ふわっと決まった出し物だが、やる事は多い。


 まず、内装。

 お化け屋敷とは言っても、怖さは必要ない。それなら少し早いが、ハロウィンっぽさを出せばいいんじゃないか? と、意見がまとまった。


 そうしたら次に出てきた問題が、メイドと執事の格好。

 普通の黒にするか、色付きにするか、はたまた、動物の耳も付けちゃうか、とか。

 で、コンセプトを考えれば『萌える』なので、カラフルな衣装。そして女子はネコ耳、男子はオオカミの耳も付ける事に決まった。


 壁に飾り付けるお化けやかぼちゃ等は手描きの方が可愛いという事で、上手い奴に下描きを任せた。それに色を塗りながら、俺の口元はにやけていく。


 笹森さんのメイド姿が実現した!


 交代制ではあるが、お出迎えするメインのメイドと執事達はすでに決定している。笹森さんは最初焦っていたが、『1人じゃないし、みんなと一緒に頑張る!』と意気込みを語っていた。

 あとは案内役やらドリンク係等に分けられている。


 そして、台本も仕上がった。

 悪い魔女がお菓子を全部盗んでしまい、ハロウィンの準備が間に合わなくて困っているメイドと執事。

 それらの演技を見てきゅんとしたら、指に巻き付けるタイプのカウンターを押してもらう。

 最後にお客様がカボチャのランタンで悪い魔女を照らすと改心して、みんなでハロウィンを楽しんだ、みたいなストーリー予定だ。


 演劇を組み合わせた結果だが、上手くいくといいな。


 本番を想像しながら、パステルカラーなお化けを増やし続ける。その作業中、肩を叩かれた。


「ん?」


 後ろを見れば、学級委員達がいた。


「谷川くんさ、ドリンク係じゃなくて案内役に回ってくれない?」

「人、足りてないのか?」

「いや、せっかくなら本番、見たいだろ?」


 どちらも小声でささやいてくる。いつも絶妙なタイミングで眼鏡を光らせる技を体得している学級委員だが、そんな2人の顔が同じ方向へ動く。

 その先にいるのは、衣装合わせをしている笹森さん。


「この足を隠すのもったいないよねぇ。短くしちゃおっかなぁ〜」

「ちょ、ちょっとやり過ぎだから!」


 当日はなにかしらの問題が起きては困るからと、スカートは長めの設定だ。これで俺の不安が少しだけ和らぐ。だけど、誰かに絡まれそうなら、体を張ると決めている。


 しかし現在、笹森さんの足を守るそれは際どい所まで上げられている。それを彼女が真っ赤な顔で必死に食い止める。

 その姿に、俺は大ダメージを食らった。


 やばい。

 現実は想像より素晴らしかった。


 余韻に浸れば、こほんと咳払いが聞こえ、学級委員の存在を思い出す。


「その顔、決定だな」

「え! でも案内ってナレーターだろ!?」

「大丈夫。ミニ冊子作るから、それを読んでね。アドリブも大歓迎!」


 本番の笹森さんは見たい。今のだけでも破壊力がすごいが、それに加え萌える演技。直接目に焼き付けねばいけないと、俺の中で決意が生まれる。

 

 やるしかない。


 それに、こうして気を利かせてくれるのは、正直嬉しい。クラス公認の仲も悪くないな。

 だからその気遣いにも応えるべく、俺は案内役を引き受けた。


 ***


 準備は着々と進む。ストーリーが書かれた手帳のようなミニ冊子も完成した。それを持ち、空き教室を借りて担当時間が同じメンバーと打ち合わせをする。

 なんて大げさな表現だが、メイド役の笹森さんと魔女役の杉崎さん、そして執事役の稲田と一緒にだ。


「杉崎さんさ、もう少し感情込めた方がいいんじゃない?」

「うーん……。メイドに紛れ込む魔女だし、クールにいきたいんだよねー」


 クールは決して棒読みではないはず。


 稲田がやんわりアドバイスするが、どうも杉崎さんの中で設定があるらしく、うまく伝わっていない。


「ボスって、冷徹な感じがするもんね!」

「でしょー? 感情を抑えるとこんな感じだよね、きっと」


 そこに笹森さんが賛同してしまったので、俺と稲田の目が合う。『もう、やれる事がない』なんて、そんな声が聞こえてきそうだ。


「俺が感情を失った魔女とか、紹介しとくから」

「……他にもなにかあったら、アドリブよろしく」


 女子2人がきゃっきゃ話す中、俺達はひそひそと語り合う。すると、杉崎さんがこちらへ声をかけてきた。


「わたしも考えてたんだけど、稲田くんさ、もっと大げさに演技した方がいいって」

「げっ。これ以上は無理」


 まさかのアドバイスに、稲田は露骨に顔をしかめた。


「なんかさー、いろいろお出迎えのセリフあるでしょ? で、最後に『ご主人様の心が、きっと魔女を照らす光となりましょう。俺の凍えた心を温めてくれた、あの時のように』で締めるじゃん? そこだけでもいいから谷川くんと練習したら?」

「なんで谷川と?」

「人気出そうだなと思って」


 人気って……、なるほど。

 稲田って犬みたいな顔してるから、雰囲気が和む。それが執事姿で真剣な様子を見せたら、ギャップに萌える。そういう事だろうな。


 そしていきなり、杉崎さんは稲田用のミントグリーンの燕尾服を着るように促した。『一応持っていこう』と彼女が言ったのは、この為だったのか。


 本番だと思って練習しろって事だな。


 杉崎さんの考えがわかり、俺は納得する。稲田もしぶしぶ上だけ着替えた。すると彼女は満足そうに微笑んだ。


「稲田の頑張り次第で、リピーターが出るかもしれない」

「谷川……、お前は俺の友達だろ? 簡単に寝返るなよー」


 稲田を説得すれば、情けない顔に変わる。この目を潤ませるのは稲田の武器でもあるが、俺には通用しない。慣れたからな。


「じゃあさ、1回だけやってみてくれよ」

「まじかよ……」


 もはや逃げ道はないとでも言いたげな顔をした稲田の呟きがもれたが、同時にピッ! という音がした。


「なにしてんの?」

「あー、ほら、メイドと執事の紹介動画作るでしょ? それ用にねー」


 稲田と共に音の方向へ目を向ければ、いつの間にかスマホを手に持っていた杉崎さんがにっこり笑っていた。


「今撮んの!?」

「だから谷川くんと一緒がいいでしょ? カメラに向かって1人で演技とか、ねぇ?」


 恥ずかしさで顔が赤くなっているであろう稲田へ、杉崎さんが本物の魔女のような笑みを浮かべる。


 俺が提案に乗ってしまったばかりに……。


 友人をさらに窮地へ追い込んだ責任がある。だから、真剣に付き合う。

 それに動画で使われるのは稲田だけだ。俺にはなんのリスクもない。


「今から慣れておいた方がいいだろ?」

「……そうだよなぁ。照れてたら、お客さんにも失礼だもんな」


 俺の言葉に、稲田もようやく腹を括ったようだ。


 男子も女子もあみだくじで決まった役だが、みんなでやりたいものを詰め込んだ出し物でもある。だからこそ、それぞれ割り振られたものに不満が出なかった。

 それに、『みんなで全部を楽しもう!』と、目標を決めたんだ。


 きっと今、俺達は同じ事を考えているんだろうな。


 稲田が執事役の雰囲気をかもし出す。だから俺も、感情を込めながら話し出した彼と、客として向き合う。

 締めのセリフを言い終わったあと、カボチャのランタンを渡されるのだが、今はないので稲田が俺の手を握った。


「やったな、稲田! 今の演技、すごくよかったぞ!」

「ありがとな、谷川」


 普段の稲田に戻れば、照れて頭をかき出した。

 少しの間を置いて、にこにこしながら笹森さんも拍手をしてくれる。その横で杉崎さんが「完璧だわ」とほくそ笑んでいた。

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