萌えるお化け屋敷

 ついに始まった文化祭。

 出だしは順調。呼び込みや紹介動画のおかげで、客足が途絶えない。そのまま、交代時間になった。


 俺達の番だ。


 各自、配置につく。

 案内役はバイオレットの執事服。ピシッと着直して、俺はドア付近に立つ。


 落ち着け、俺。

 セリフはこの手帳に全部書いてある。もし間違えても、アドリブで押し通せ。

 俺は1人じゃない。みんながいるんだ。


 少しだけ暗い教室だが、オレンジ色の照明を浴びている稲田と笹森さんの姿を視界に入れる。杉崎さんは奥の方にいるからまだ見えないが、裏方のクラスメイト達の小声もする。

 それにしても、廊下がきゃーきゃーと騒がしい。


 お客さん、増えたのか?


 窓には黒い紙を貼っている為、外の様子は見えない。けれども、気配はわかる。

 すると、少しだけドアが開いた。


「中、オッケーか?」

「いいぞ」


 クラスメイトが様子を窺ってきたが、俺の返事に親指を立て、ドアを完全に開く。そこには、年上の綺麗なお姉さんが2人いた。


「おかえりなさいませ、お嬢様方。ハロウィンの準備中、少々問題が。申し訳ありませんが、お力添えをいただけますか?」


 女の人はお嬢様。男はご主人様。

 これだけは間違えるな。


 手帳には極力頼らず、案内役のセリフを言う。みんな暗記してるんだ。俺だって頑張りたい。その気持ちだけで、最初は問題なくクリアした。

 そしてこれからの説明をしながら、こちらに背を向けうなだれている稲田の元へ歩く。


「彼は真面目に準備をしておりました。しかしそこへ、魔女が突然現れたのです」


 よし、任せたぞ!


 自分のセリフを言い終え、お客さんに声をかけてもらうように促す。

 すると、稲田がオオカミの耳を揺らしながら振り向いた。目も潤ませていて、演技に磨きがかかっている。

 しかし、稲田がセリフを言う前に違う音が響く。


 カチカチカチ


「うっわ、実物良すぎ」

「オオカミだけど食べられちゃう側か」


 まじか!


 なにか言っていたが、聞き取れない。

 それに、きゅんとしたらカウンターを押すのだが、すごい速さで連打されている。その様子に稲田は圧倒されていたが、なんとか喋り出した。


「お嬢様方、おかえりなさいませ。どうか、今の俺を見ないで下さい。魔女になす術もなく、全てを奪われました。お嬢様方の為に、たくさんの想いを込めて用意していたのに……」


 先ほどまで泣きそうだった稲田が、今度は悔しそうな顔に変わる。その姿は急に男らしく見えた。きっとギャップに、女の人達もきゅんとしているはずだ。

 しかし、予想外の出来事が起きた。


「君は悪くないよ。でもね、案内役の彼を見て話してほしいんだけど……」

「そうそう。廊下で見たんだけど、動画みたいに近距離で向き合ってくれると嬉しいな。そのあと、最後まで案内役の彼と一緒に回ってほしいなぁ、なんて。私達は後ろからついて行くから! だめですかね?」


 動画、俺も出てんの?

 編集ミスしたんだろうが、それみたいにって、なんで?


 果たしてそれで楽しめるのだろうか? と思いながら稲田を見れば、きょとんとした顔になるもすぐ頷いた。


「それがお嬢様方の望みならば」

「やったぁ! ありがとうね!」

「無理かと思ったけど言ってみてよかったー!」


 この人達が終わるまで次の人は入らないし、いいのか?


 稲田がアドリブで話し出せば、お客さんはスマホを取り出しながらはしゃいでいる。

 俺は困惑しながらも、稲田のそばに移動した。


「練習通りいくぞ」

「おう」


 稲田がこそっと話しかけてくる。それに頷く。まぁ、俺はなにもする事はないが。


「あの魔女を止められるのは、ご主人様しかいません」


 稲田のスイッチが入ったのがわかる。声の感じが違う。表情も真剣だ。


「ご主人様の心が、きっと魔女を照らす光となりましょう」


 相手が俺だから演じやすいのか、練習した時よりも稲田のセリフには熱が入っている。


「俺の凍えた心を温めてくれた、あの時のように」


 稲田は切なそうな顔をしながら、カボチャのランタンを俺に手渡してくる。その瞬間、ほんのり明かりが灯る。取りあえず、稲田のところではここまで。完全に光らせるのは笹森さんのところでだ。


 えーっと、稲田と一緒に進めばいいんだよな?


 そう考えながら動き出そうとすれば、またもカウンターが高速で押される音がした。


「……いい。すごく、よかった!」

「どんな過去があったのか気になる……!」


 稲田の演技を褒められ、俺は思わずにやけた。


「やったな。まじで上手かった」

「へへっ。ありがとな」


 小声でささやき合う俺達の後ろから「将来が楽しみ」とか聞こえてきたが、その気持ちはわからないでもない。稲田にこんな才能があったとは。


 このあとも、女の人達は笹森さんを見て『可愛いは正義』とか、杉崎さんに対しては『感情が戻った瞬間が素晴らしい』とか、終始楽しげだった。


 そしてなんと、カウンターの数はカンスト。5桁の数字を叩き出すお客さんなんているとは思わず、それにはみんなで驚いた。

 

 数字が0〜30はカルピスソーダかイチゴソーダ。きゅん成分が足りなかったという事で、甘い飲み物で補ってもらう為のメニューだ。

 31〜99からはパインソーダやブルーベリーソーダも追加。

 100以降はメロンクリームソーダも選べるようになる。


 これらを首から下げられるように、紐のついた電球型の容器に入れて提供する。

 ここで稲田と俺が『楽しんでいただけたようで、俺達も嬉しかったです』と伝えた。すると、よほど感動してくれたようで、『君達はずっとそのままでいてね』と、涙ぐみながら別れを告げられた。


 ***


 女のお客さん、多いな。


 男ももちろんいたが、未だ絡んでくるような人はおらず、笹森さんが安全が守られている事にほっとする。

 そして俺は準備ができた事を告げるべく、ドアを開く。すると次は、妹と爽やかくんの番だった。


「おにい、かっこいいー!」

「お義兄さん、素敵です!」

「と、取りあえず中に入れ」


 まだ始まってもいないのに、妹と爽やかくんが連写してくる。それに照れながら、2人を誘導する。


「うっわ、手描きだ! 可愛い!」

「照明、ほんのりオレンジ色なんですね。うちのクラスはほんのり薄紫色ですよ」


 薄紫って、占いだからか?


 雰囲気にこだわってるんだなと思いながらも、稲田に向かって歩き続ける。


「少し暗めだから足元気を付けろよ。爽やかくん達のクラスもあとで行くから、案内よろしく」

「任せて下さい!」

「稲田先輩、ポーズお願いします!」


 俺に対し、爽やかくんが胸を叩く。そして妹はいち早く稲田の写真を撮り始めた。


「ようこそ、お嬢様、ご主人様。なんてなー!」


 稲田も軽く演技しつつ、妹の要望に応えている。

 そのあとはしっかりと執事になりきり、カボチャのランタンを妹に渡していた。そしてまたも稲田を加えて、笹森さんのところへ。


「来てくれてありがとう」

「お義姉さん、めーっちゃくちゃ、可愛いです!!」


 妹達が来たのをわかっていたので、笹森さんは最高の笑顔で出迎えてくれた。その瞬間を撮っていた妹よ。よくやった!


 白いネコ耳に、ベビーピンクのメイド服。エプロンは薄い素材で透けているが、白。淡い色合いは笹森さんによく似合っている。可愛い。本当に、可愛い!

 そして妹が笹森さんと並んで写真を撮り終えると、演技が始まった。


「お嬢様、ご主人様、おかえりなさいませ!」


 健気に笑う笹森さんの笑顔が、少しだけ曇る。


「……やっぱり、気付かれてしまいますよね。本当ならこのテーブルには、私のありったけの想いを乗せてお出迎えするはず、だったのです」


 目を伏せ、なにもないテーブルにそっと触れる。そんな笹森さんの声は、震えていた。


「しかし、魔女に、全てを奪われました。私にはどうする事も……!」


 胸元をぎゅっと掴み、笹森さんが顔を上げた。その目には、涙が光る。


「けれど、お嬢様とご主人様なら、あの魔女の心すら包み込めるでしょう。どうか、私を見付けて下さった時のように、全てを、救ってはいただけませんか?」


 懇願しながらも、希望を見失わない眼差しに、俺がきゅんとする。こんな一生懸命な笹森さんの頼みを、誰が断れるのだろうか!?


 俺なら『はい』って即答だな。


 半分妄想の世界へ足を突っ込んでいたら、妹が話し出した。


「みんなが楽しむハロウィンだもん。やります!」

「谷川さんと一緒なら、どこへでも」


 妹はストーリーに入り込んでいるようで、気合十分だ。爽やかくんの返事は安定しすぎなので、もうつっこまない。


 そして、笹森さんがカボチャのランタンの光を強めてくれる。これで準備は完了だ。

 あとは、魔女との対決のみ。

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