占いの館

 笹森さんも加わり、みんなで暗い教室をゆっくりと進む。


「この先、感情を失った魔女がおります。ご主人様、お嬢様、お気を付け下さい」


 俺のセリフに、妹と爽やかくんが真剣に頷く。そのうしろには、興味津々な顔の稲田と笹森さんがいる。


「わたくしになんの用だ」


 一段と棒読みだな!


 頬杖をつき、王座のようなイスに座る、真っ赤なメイド服の杉崎さん。態度だけは立派な魔女だ。喋ると残念だが。

 彼女の周りには、ハロウィンの為に準備したものが積み上げられている。


「みんなが一生懸命に準備したもの、返して下さい!」

「なぜ?」

「これじゃ、楽しいはずのハロウィンが台無しです!」


 手に持つカボチャのランタンを爽やかくんに渡したと思えば、妹の説得が始まった。

 ここのセリフは受付で渡される手紙を読み上げればいいのだが、妹は自分の言葉で話し出す。杉崎さんもそのアドリブに乗った。


「楽しい? なにが楽しいものか。わたくしはいつも招待すらされず、騒音だけを聞き続けさせられる。わたくしが隣の森に住んでいるのを知りながらの、この仕打ち。まるで当て付けではないか?」

「えっ?」


 すっごいスラスラ喋ってんのに、棒読みのままとか、逆にすげーよ。


 心の中で杉崎さんを褒める。

 要は、自分も仲間に入れてほしい! ってやつだ。そんな魔女をどうするのか? 驚いた顔をした妹の対応を見守る。


「それなら、声、かければいいじゃないですか」


 確かにな。


 しかしこの魔女、恥ずかしがり屋なのである。


「なぜ、わたくしから声を?」

「え? ほんとは招待されたいんですよね?それなら突撃してみちゃえばいいんですよ」


 妹らしい考えだが、それだけじゃ魔女は動かないだろうな。


 その証拠に、魔女の眉間のしわが深くなった。

 しかし妹は、その様子に怯む事なく杉崎さんの手を取る。


「もし1人が嫌なら、あたしも一緒に行きますよ!」


 微笑む妹が輝く。いや、タイミング良く爽やかくんがカボチャのランタンを差し出して、妹と杉崎さんが光に包まれる。

 その瞬間、魔女の表情が変化した。


「……温かい。長い間、1人でいたので忘れていた。誰かの優しさとは、こんなにも心を温めてくれる事を……」


 おぉっ、魔女に感情が戻った!


 棒読みだったからこそ、この穏やかな声色が魔女の幸せをこれでもかと伝えてくる。

 そして、眩しそうに微笑む杉崎さんが指を鳴らせば、教室の電気が点く。


「子猫ちゃんにきゅんとしたー。この手はもう離さないぞー」

「杉崎先輩、魔女らしくてかっこよかったです!」

「2人ともアドリブなんてすごい! 私、感動しちゃった!」


 素に戻った杉崎さんと妹がじゃれ合い、笹森さんが目をキラキラさせて拍手している。


「この日を、僕は忘れません」

「あのさ、ずっと子猫ちゃんの事、撮ってない?」

「はっ! つい、思い出に残したくて……」

「気持ちはわかる。あとでちゃんと妹に言っておけばいいだろ」


 爽やかくんのスマホを、稲田が覗き込む。無意識に撮っていたようで、爽やかくんが慌てている。

 でも、好きな子の特別な姿は、宝物みたいなもんだしな。こればかりは仕方ない。


 最後はみんなで記念写真を撮り、カウンターを押すのを忘れるほど夢中になってくれた妹と爽やかくんには、メロンクリームソーダを渡して見送った。


 ***


『大天使・ガブリエルのお告げ』って……。


 ようやく休憩時間になった俺達は、妹の教室前まで来ていた。

 占いの館なのは知っていたが、看板を見て動揺する。中にいるのは大天使らしい。そんな重要な役を担うのは相当なプレッシャーなのでは? と考える俺の横で、稲田が「すげー」と呟く。


「笹森ちゃんは決まってるもんねー」

「杉崎ちゃんは決まった?」

「うーん……」


 笹森さんと俺は、自分達の今後を占ってもらう。杉崎さんと稲田は未定。ずっと考えているが、気になる事がないようだ。

 それに対して、稲田が助け舟を出した。


「みんなそろって恋愛相談にするか!」

「そーだね。なんにも浮かばないからいっかー」


 ノリで決まったが、稲田と杉崎さんの事も気になる。

 進展はなさそうに見える。けれど、前より2人だけで話している事が多い。


 この占いで、稲田と杉崎さんの関係が変わるかもしれない。


 なぜか俺が期待しながら、受付の子に声をかける。するとすぐに、妹と爽やかくんを呼んでくれた。


「皆さん、こちらです」

「驚きすぎにご注意下さい!」


 案内する2人は制服のままだが、爽やかくんの仕草は洗練されている。対して妹は普段通りだが、言っている言葉が気になった。


「驚きすぎ?」


 みんなも同じように思ったのか、全員の声が見事に重なる。その瞬間、ドアが開かれた。


 うちのクラスより暗いな。


 薄紫色の室内は幻想的で、周りを覆う紫の布には銀色の飾りが星のように輝く。そして煙が足元を微かに冷やす。ここまでやるとは、すごすぎる。だから、雰囲気に呑まれた。


 そして、薄いカーテンが重なる向こう側に、大天使と思われる子が上からの光に照らされ、座っている。

 その前にあるやけに大きい丸テーブルの上には、水晶。これがあるのは知っていた。『水晶って高いと思ってたら安いのもあったんだよ!』と、妹が事前に話していたからだ。


「どうぞお掛け下さい」


 高くて可愛らしい声が聞こえ、俺と笹森さんの背中が押された。


「まずはお2人からどうぞー」

「ま、だいたいの想像つくけどな」


 杉崎さんと稲田が同じような顔で笑っている。爽やかくんと妹は頷きながら、カーテンを開いた。


 なるほどな。


 神話に出てきそうな白の布の服。髪は明るめの茶色だが、長い髪に緩く大きめなパーマが天使の雰囲気だ。これは適任だなと思いながら、笹森さんと一緒にイスへ座る。


「私達のこれからを占ってほしいんです」

「わかりました」


 笹森さんが緊張した声を出せば、大天使の子が水晶に触れる。すると、それが青く輝き出した。


 これは驚くな!


 そう思う俺の横で、「綺麗!」と笹森さんも目を見開いている。


「ひゃー。凝ってる!」

「すごすぎ」

「そんな風に言っていただけて嬉しいです」

「でも、まだまだこれからなんですよ!」


 杉崎さんと稲田も驚いたようだ。それが嬉しかったようで、爽やかくんの明るい声も聞こえてくる。

 しかし妹の発言から、心の準備をしておく。


「視えました」


 違う事に気を取られていたら、大天使がささやいた。

 次の瞬間、天井からのライトの光が強くなる。そして彼女の髪が風になびき、イスごと浮き上がった。


「まじかよ……」

「本物みたい!」


 まるで今、天使が地上に降り立ったかのような錯覚を抱く。もうこれ、占いどころの話じゃないだろ。そんな俺の気持ちが声になれば、笹森さんは口に両手を当てて見上げていた。


「お2人はどんな困難があろうとも、共に手を取り合い、乗り越えられます。いかなる時も、最後には笑顔のお2人が視えました。どうぞ末長く、お幸せに」


 嬉しい言葉をもらえたが、神々しくてはしゃぐ気になれない。看板通り、『お告げ』を受けた気分だ。なんだか、胸が熱くなる。


「「ありがとうございました」」


 お礼を言って席を立てば、笹森さんと目が合う。ふわっと微笑む彼女の笑顔が眩しい。改めて、彼女の横に俺はずっといる。なんて、心に誓う。


「お待たせ」

「よし、行くか!」

「行こー!」


 下に大天使が戻ってくるのも静かで、仕掛けが気になった。けれど、稲田と杉崎さんに声をかけて交代だ。今度は俺達が眺める番だし、よく見ておこう。


「なんて言う?」

「えっと……、そうだ! 俺達がお付き合いする人ってどんな人ですか?」


 イスに座った杉崎さんが首を傾げれば、稲田が名案とばかりに質問する。

 そしてまた、大天使が水晶に触れる。その姿が神秘的すぎて目が離せない。


「視えました」


 可愛らしい声が響けば、強い光の中に浮かび上がる。煙とかもあって、仕掛けが全然見えない。これはこれでいいな。雰囲気が崩れないから、占いに集中できる。

 みんなでそういう工夫をしたんだろうなと想像しながら、結果に耳を傾ける。


「お2人には、譲れない想いがありますね。それに共感し、協力し合える方がお相手となります。今はその想いが優先され、わからないかもしれませんが、もうすでに出会っていますよ。使命を全うした時、気持ちに気付くかもしれません」


 譲れない想い?


 稲田と杉崎さんには、共通のなにかがあるらしい。それに、使命ってなんだ?

 しかし、当の本人達は「へぇー」と、気の抜けるような返事をしていた。そのままお礼を言い、稲田と杉崎さんがこちらへ戻ってきた。


「すごいお告げをもらえたから、やる気出たー」

「わかる! 俺も頑張るわ」

「彼女の発言にはハッとするものがあって、勇気が出るんですよね」

「ここまで占えるの、あたし達も最近知ったんです。人を元気する言葉を伝えられるってすごいですよね!」


 満足そうな杉崎さんと稲田へ、爽やかくんと妹が力説している。それに大天使が慌てて立ち上がるのが見えた。

 

「や、やめてー。で、でも、喜んでいただけてとっても嬉しいです……」


 素の彼女は普通の女の子で、微笑ましい。喋り方から、表舞台に立つのは苦手そうに感じる。けれど、こうして言葉を贈る事を選んでくれた事に感謝だ。


 これから先、なにがあっても今日の言葉を思い出そう。俺達にとって、大切なお守りをもらえたんだから。


 ***


 文化祭は大成功に終わった。

 笹森さんのメイド姿もたくさん手に入って、幸せだ。

 妹は水晶をもらい、占いの修行をしている。取りあえず様子見だが、変なものが視え始めたら没収だ。


 しかし、問題は俺。


 ふと、ネットで文化祭の反応を調べてみたら、『素晴らしい設定の執事達』というものを見つけてしまった。

 写真の目元は隠されているが、俺と稲田なのがわかる。


『誰にも邪魔されたくないぐらい、仲良し!』

『彼らのお互いを見つめ合う姿が尊い』


 とか、いろいろ書かれていた。

 待ってくれ。俺達は友達だ。それ以上ではない。

 唯一の救いは、『もしノーマルに落ち着くなら、一緒にいたメイドちゃんと魔女ちゃんにしてほしい。お似合いだから許せる!』とのコメントに、賛同する意見が多かった事だ。


 稲田との付き合い方を変える気はないから、俺はこの情報を見なかった事にした。これ以上の正解はない。たぶん。

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