体育祭

挑戦

 天高く馬肥ゆる秋。

 だがそれに合わせ、うちの高校は体育祭を開催する。よく食べた分、よく運動すればいい。ただ、それだけの理由でだ。


「同じ色になれてよかったよねー! 別だったら応援しにくいし」

「だな。一緒に頑張ろうな」


 夕食後、嬉しそうに話し続ける妹とソファでくつろぐ。

 今日、色分けが発表され、俺と妹は緑組になった。

 参加種目はまだ決まっていないが、リレーや借り物競走、綱引きにパン食い競争、そして騎馬戦なんかが人気だ。


「おにいは男子だし、騎馬戦に挑戦してみるか! とか思う?」

「うーん……。どうだろうな……」


 借り物競走も楽しそうだし、綱引きやパン食い競争なら笹森さんと一緒にできるかもだし。

 騎馬戦は、やってみたい気持ちもある。

 でも正直、足手まといになりそうな気がして、悩む。


 まだ考えがまとまらず、妹の質問に曖昧に答える。

 担任からは休み中に決めておけと言われている。それなら、笹森さんや稲田にもなにを選ぶか聞いてみるかと思いつつ、座り直した。


「お前は決まってるのか?」

「パン食い競走がいいなって思ってるけど、かなり人気っぽいから他の種目も一応考えとこっかなって……、あっ!!」

「なんだ急に?」

「待ってて!」


 話に頷いていたら、妹が突然目を見開いて立ち上がった。かと思ったら、急いで上へ駆け上がっていった。


 まさか、また……。


 嫌な予感がしつつも、言われた通り待つ。


「長くなりそうだからお風呂先に入るわねー」


 洗い物を終えた母親からかけられた言葉に、俺はなんとも言えない表情を浮かべたに違いない。


「お父さんが帰って来たら押し付けちゃえばいいのよ」


 なんて、にやりと笑う母親がリビングから出て行くと同時に、妹が戻ってきた。



「もう、それぐらいでいいんじゃないか?」

「まだ! なにか、なにか視えそうなの!」


 この会話、どんだけ繰り返したんだろうな……。


 こんなやり取りを続けていたら、1時間以上経ってた。明日が休みじゃなかったら、ここまで付き合えん。

 そんな俺の心境なんか知らない妹は、ソファから身を乗り出し、水晶とにらめっこしている。文化祭の時に貰った戦利品を、ここぞとばかりに駆使したいようだ。

 なにかにつけて未来を視たがるが、そんな簡単に視えるわけがない。


 母さんは戻ってこないだろうし……。


 風呂へ行った母親はリビングに入った瞬間、餌食になるのを知っている。だから、助けを期待できない。

 ならば、自力で終わらせるしかない。


「……種目は自分で選ぶから大丈夫だ。そこまでしてくれてありがとな」

「えっ!? でもさ――」


『活躍できる種目を占ってみよう!』と気を利かせてくれた事には感謝してる。『お義姉さんの心を鷲掴みにする良い機会だから!』という理由もわかる。

 だからといって、占いで選ぶのは違う気がする。自分が選んだ種目で活躍するのを、笹森さんに見てほしい。

 そう考えた俺は、当初除外していたものに挑戦したくなった。

 だからそれを、占いについて喋り続ける妹へ伝える。


「俺、騎馬戦やってみる」

「――え? 騎馬戦? まだ占えてないよ?」


 話すのをやめ、驚いた顔で妹が俺を見てくる。

 

「こういうのはな、自分で決めた方がいいんだよ。それにな、2年だからこそ参加しやすいと思ってな」

「なんで?」


 占われている最中、興味のあった種目を想像し続ければ、ある事に気付いた。


「1年だと、うちの高校の騎馬戦がどんなものかわかんないだろ? 3年だと受験もあるし、怪我とかしたくないって思う奴もいるはずだ。しかし2年なら、情報もあって思いっきりやれる。だから騎馬戦にチャレンジするなら今年かと思ったわけだ」


 この考えは、的を得ている気がしないでもない。


 なんて、自分の言葉を肯定してみる。そうしたら、俺でもやれる気がした。なにより、そう決める事で騎馬戦をやる理由を作りたかったんだと、気付かされる。

 すると黙って聞いていた妹が、俺の肩をポン! と叩いた。


「おにいが思いっきりやりたいと思えたなら、いいじゃん! 熱い戦い、期待してる!」

「……おう!」


 妹はいつもこうだ。俺が決めた事は本気で応援してくれる。だから、俺のやる気に火がついた。

 その時、玄関から「ただいまー」と、父親の声がした。


 ***


 種目について解決したから、俺は風呂に入って自室へ戻った。妹は占い足りなそうだったが、それを父親が引き受けてくれた。やはり娘にはとことん甘いな。


『谷川やるなら俺もやろー』

「そんな軽く決めていいのかよ」


 ベッドに腰掛け、いろんな意味で気持ちが軽くなった俺は、稲田に電話してみた。すると、さらっとしすぎな返事をもらい、心配になる。


『おいおい、俺らの仲だろ? それにほら、谷川となら絶対楽しめるし。けってーい!』

「まぁ……、稲田と組めたら楽しいよなぁ」

『だろっ!? 俺ら身長同じぐらいだし、一緒に組むって伝えときゃいいじゃん!』


 身長差がなければ、メンバー自由に決められるようにするからって、言ってたな。


 担任の説明を思い出したのと、稲田の楽しそうな声で、俺もわくわくしてきた。

 こうやって付き合ってくれる友達がいるって、やっぱり最高だな。


 このあとは他愛ない話をし続け、夜更かししてしまった。稲田との会話はいつも途切れない。これもまたすごい事だと思う。

 それに、休日前夜だからこその贅沢な時間の使い方だよな。


 そして妹と父親は、日の出を拝んだらしい。


『お父さん、こんなに神々しい太陽を見れたから、これからも頑張れる』、なんて言ってたそうだ。


 なにを占ったのか妹に聞けば、仕事についてだった。いつも俺達兄妹の将来を気にかけている父親だが、妙な回答が来るのを避けた結果かもしれない。だから、無難なものを選んだんだろう。あとは、妹が占いやすいと思ったんだろうな。


 そして妹は張り切りすぎて、長時間頑張ったそうだ。挙げ句の果てには『光が足りないのかも!』と、仕事で疲れてふらふらなはずの父親を外へ連れ出し、水晶を掲げたんだと。


 そこまでしても、視えなかったらしい。


 なにをどうつっこんだらいいのか、俺にもわからん。

 でも本人達が幸せそうだったので、そっとしておく事にした。

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