妹の難題

 特に用事のなかった休日。

 だけど、昼から笹森さんと電話する事が決まった。


 結構話してるのに、いまだに慣れない。


 ソワソワしながら、自室で待機。丸い座布団に座り、白猫の顔のビーズクッションを無意味に触り続ける。

 声を聞くとすぐそばに笹森さんがいるようで、落ち着かない。でも、嬉しいし癒される。


 付き合ったらもっと気軽に電話したりできるのだろうか。


 来年のバレンタインが徐々に近付いてくる。去年のバレンタインの時は、1年なんて長すぎると思っていた。しかし、もう半年も経たずに付き合う事が現実になる。


 笹森さん、俺が作ったチョコよりもすごいもの作るって言ってたけど、どんな仕上がりになるんだろうな。


 爽やかくんからの情報だと、練習はしているそうだ。詳細は聞かないでいる。バレンタインまでのお楽しみでもあるし。


 ずっと頑張ってくれてるなんて、俺、幸せ者だよなぁ。


 付き合ってからの不安はまだあるが、それよりも幸福感が押し寄せてくる。


「……っと、時間か」


 だらしなく緩んだ頬をパンパンと叩き、スマホを手に取った。



『谷川くん、騎馬戦に決めたんだ!』

「すごい事ができるわけじゃないけど、やってみたくなって」

『騎馬戦を選んだだけですごいよ! それに、やってみたいって思えた事をやるのが1番楽しいでしょ?』

「だよな。そんな風に言ってくれて、ありがとう」


 いつも電話し始めは、お互いにどこかぎこちない。でも少しすれば、楽しいだけの時間になる。

 体育祭の話も笹森さんが真剣に聞いてくれるから、素直な気持ちを伝えられる。


「そういや、笹森さんは決まった?」

『綱引きがいいかなって』

「綱引きか! みんなで頑張る楽しさがあるよな」

『そうなの! この前の文化祭も楽しかったし、またみんなでやれる事がいいなって思って』


 クラスのみんなが大好きな笹森さんらしい考えに、自分でもわかるほど笑顔になった。


『でも人気だから、別の種目も考えとかなきゃね』

「そう言われたら俺もだな。次の候補はどうする――」


 お互いにやりたい種目を選べるのがいい。しかし人気があるからこその問題もある。

 それならどうすべきかと考えれば、妹が言っていたパン食い競争を思い出した。


「そうだ! パン食い競争とかどうかな? これなら一緒にできるけど……」


 しまった!!


 我が校のパン食い競争は独自のルールがある。

 それに対して笹森さんがどう思うかまで考えが至らなくて、後悔した。

 けれど、彼女の返答は予想を裏切った。


『パン食い競争! あのね、谷川くん、まだ時間ある?』

「あるよ。どうかした?」

『弟が相談に乗ってほしいって』

「相談?」



 俺達の次の候補はうやむやになったが、それよりも、爽やかくんからの相談内容で妹が大騒ぎする姿が浮かんだ。

 でも、爽やかくんの決意もわかる。

 だから俺は、一肌脱ぐ事にした。


 ***


 休み明け。

 帰りのホームルームで種目選択の結果発表があった。嬉しい事に揉める事なく自分達の希望通りになり、ほっとする。


 少し意外だったのが、杉崎さん。

 笹森さんと同じ綱引きかと思っていたら、借り物競走を選んでいた。『今年はどんな難題が出るのかなー』なんて、にんまりしながら呟く彼女が、今から楽しそうでなによりだ。


 しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。


「おにい!!!」


 うるせー。


 俺のクラスが終わるのを廊下で待っていたのは褒めてやる。だが、ここには一応上級生達がいるんだぞ? 周りをよく見ろ。ドアから青ざめた顔をして叫んでいる妹を、みんなが凝視しているぞ。


「お前なー、静かにしろよ」

「ででで、でも! でもー!!」

「わかったから、行くぞ」

「子猫ちゃん、大丈夫?」


 俺がクラスのみんなに謝りながら出て行こうとすれば、稲田が呼び止めてくる。


「平気平気。体育祭についてだろうから」

「体育祭?」

「な、なんでおにい、体育祭の事ってわかるの!? まさかおにいが先に未来が視えるように――」

「お前はとりあえず黙っとけ!」


 話がややこしくなるだろーが!!


 余計に首を傾げた稲田には、また改めて話すと伝える。

 その間に、心配そうな顔をした笹森さんがそばに来ていた。すると、「無理はしなくていいからね」と、妹に声をかけてくれる。だからか、妹が少しだけ落ち着いたように見えた。


 ***


 外で話し合ったらまた騒ぎ出すかもしれない。そうすると、困るのは俺だ。だからすぐ家に帰って、俺の部屋で妹の相談に乗る事にした。


「あのね、パン食い競争に決まったの!」

「よかったな」

「爽やかくんとだよ!」

「やったな」

「よかったけどよくないよ! おにい、なんで黙ってたのー!?」

「なにが?」

「パン食い競争のやり方!」

「俺、聞かれてないし」

「た、確かに……!」


 ま、あえて黙ってたけど。


 制服姿のまま、向き合って座る。

 半泣き状態の妹が、俺の言葉に納得する姿がおかしくて笑いそうになる。けれど、本気で悩んでいるのはわかるから、咳払いをして仕切り直す。


「慌てる気持ちはわかるが、お前はパン食い競争がいいって言ってただろ? それにペアは爽やかくんだ。だからこそ、身を任せとけ」

「だからこそじゃないって! あ、あたし、好きな人と触れ合うの、まだ無理だからっ!!」


 出た。

 爽やかくんが心配してた通りだぞ。

 でも、男心もわかってやれ。


 やはり妹の考えは変わっておらず、どうしたものかと思う。

 しかし、これは良い機会でもある。

 このままでは付き合ったあとも、妹は手も握れないはずだ。夏祭りの時なんて、爽やかくんの服を掴んでいたと聞いた。逆に恥ずかしくないのか? とも思うが、本題はそこじゃない。


「うちの高校のパン食い競争ってさ、始めに二人三脚で、パンを取る時はおんぶ。で、最後は抱えて走る。あれな、お姫様抱っこの事だからな。このルール、今日知ったんだろ?」


 俺の言葉に目を見開き、「……耐えられない」と、妹が震え出す。そこまでなのか。


『きっと谷川さん、パン食い競争のルールをちゃんと知らないと思うんです。でも、うちの高校が有名店のパンを使っているので絶対参加したいって言っていたんですよ。だから僕は嫌われてもいいので、一緒に参加したいんです』


 爽やかくんの予想は的中している。だからこそ、俺も心配になってきた。でも、伝えなきゃいけない事があるから、話を進める。


「お前がやりたいなら一緒に、って思ってくれた爽やかくんの気持ち、わかるか? いつもお前が1番なんだよ、彼は。それにお前の事が好きすぎて、他の人にお姫様抱っこされたくないって気持ちもあるの、覚えとけよ? いつも大らかな爽やかくんだって、やきもちぐらい焼くからな」

「……ひぃぃ」


 なんだ今の声。


 そうだったんだ、とか言いながら、顔を赤くするところじゃないのか? と思う俺を他所に、妹がテーブルに突っ伏す。


「情報が多すぎて、なんにも考えらんない……」

「まじかよ」

「でも……、嬉しい……」


 小さいが、幸せがにじむような声を出す妹が微笑ましい。だから、極力優しく聞こえるように話しかける。


「好きって気持ちがあるとさ、やっぱ触れ合いたいんだよ、男としては。お前が恥ずかしいって思うのもわからないでもないけど、これをきっかけに慣れていけばいいんじゃないか? それにほら、これは勝負だ。そこまで意識しなくて済むかもしれないし……」


 爽やかくんが一生懸命に伝えても、きっと妹はもっと緊張してしまう。もしかしたら傷付けるかもしれないって、彼は悩んでいた。

 だから、家族である俺から伝える事にした。それに本当に無理なら、俺にはわかるから。


 見た感じ、恥ずかしさよりも……。


 様子を見守っていれば、妹はむくりと顔を上げた。口元は笑っている。これなら大丈夫そうだ。

 そう俺が確信すれば、妹が「よし!」と声を出した。


「これは勝負だもんね。あたし、爽やかくんと一緒に勝ってくる!」

「おう。頑張れ!」


 妹が良い笑顔のまま宣言してきた。あとはどうにかなるはずだ。爽やかくんに負けず劣らず、妹も彼が大好きだからな。

 だから俺は、兄としてエールを送る。2人には、幸せになってほしいからな。

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