本番①
雲ひとつない青い空。風もなく、この時期にしては暑い。
だからこそ、絶好の体育祭日和だ。
俺は騎馬になったから、足腰を鍛えるために筋トレをした。一緒に組んだ稲田達と息を合わせられるように、何度も練習した。
そして、必殺技みたいなものも編み出してある。
今日まで頑張った。
あとは全力を出し切るのみ!
全体応援が行われ、みんなの士気が高まる。
色分けは赤・青・緑・黄の4色。
俺達と妹のクラスは緑組。その色のハチマキを結び直す笹森さんが目に入る。今日は長い髪をポニーテールにして、気合い十分みたいだ。
今は学年別徒競走の最中。応援席で勝敗を見守っているが、次は綱引きだからな。
「そろそろ行ってくるね!」
「やっちゃえ、笹森ちゃん!」
「行ってらっしゃーい!」
「頑張ってね!」
赤組が優勢なまま競技が進む中、綱引きに参加するグループが動き出す。笹森さんも立ち上がれば、杉崎さんが元気よく送り出す。他の子からもエールをもらいながら、俺の近くまできた。
「ここから応援してるから」
「ありがとう!」
「俺らもな!」
俺が声をかければ、眩しそうな顔で笹森さんが笑ってくれる。すると、稲田や他の奴も続いて話だし、嬉しそうなまま彼女は頷いた。
強すぎだろ……!
徒競走もだが、赤組がまた優勢だ。緑組だって他の色だって、頑張ってる。だけど、赤組が別格なのは変わらない。
「頑張れ!!」
みんなと一緒に応援するが、勢いよく引っ張られ、綱と共に引きずられている生徒もいた。
笹森さん……。
一瞬、悔しそうな顔をした彼女を見逃すはずもなく。でも、今は周りに声をかけ、励ます事に徹しているように見えた。
まだ終わりじゃない。
絶対に、勝つぞ。
笹森さんや他の綱引きを頑張ったやつの努力を無駄にしない為に、俺は心の中で誓った。
***
プログラムは順調に進むが、赤組の点数もどんどん増える。緑組は2位だが、まだ届かない。
そんな中、昼前にパン食い競争が始まる。手に入れたパンをすぐ食べられるようにと配慮した結果、このタイミングで行われるようになったそうだ。
「なぁなぁ、子猫ちゃん、平気?」
「平気になってもらわなきゃ困る」
横に座る稲田が、手で影を作りながら妹を見ている。しかし俺から見ても、妹がぎこちなく動いているのがわかる。
思い出せ。これは勝負だ。
強く念を送れば、妹がこちらを見た。
さすが兄妹だな!
そう考えたが、あれはどう見ても『助けてくれ』と顔に書いてあるな。本番だからいろんな緊張が混ざってえらい事になってしまったようだ。
隣に立つ爽やかくんも、それに気付いてるな。
パンを取り終えたら、元に戻っていい。
だから今だけは、騙されてくれ!
最後はお姫様抱っこされるだけだからな。それまでは本気で取り組めるように、爽やかくんには呪文を授けてある。
『たまたま水晶を覗いたら、視えたんだ。お前と爽やかくんが1番になるの。だから、楽しんでこい!』
勝負にはもちろん、勝ってほしい。だが、楽しむ事が1番大事だ。それが本気を出すって事だと思うからな。
おっ、爽やかくんが伝えたみたいだな。
妹の様子が変われば、またこちらを見た。ちょっと興奮していそうな気がするが、あれは水晶について聞きたい顔だな。これはあとでどうにでもなる。
だから『頑張れ』と口パクで伝えれば、妹が両手でガッツポーズした。良い笑顔だ。
「持ち直したな」
「だな。あれなら大丈夫だろ」
稲田がほっとしたような声を出す。もう1人の兄みたいになってるな、なんて思いながら返事をすれば、競技がスタートした。
「おめでとー!!」
「爽やかくんってさー、やはり王子なのだろうか?」
「なに言ってるの? 私の弟だよ?」
「そうだけど、そうじゃないんだよー。あ、そうか。笹森ちゃんは姫か」
ぶっちぎりで1位になった妹と爽やかくんへ、笹森さんが手を振っている。
爽やかくんは彼らしい笑みを浮かべて応えているが、妹の顔は真っ赤だ。やはりお姫様抱っこの威力はすさまじかったか。
だからこそ、これからは手ぐらい繋げるようになるだろうと思う俺の耳に、杉崎さんの言葉が届いた。言いたい事はよくわかるが、笹森さんには伝わっていない。
「子猫ちゃんも爽やかくんも、やばくね?」
「本気出したんだろうな……」
さっきから「すげー!」しか言っていなかった稲田が、小声で話しかけてきた。俺もそう思う。
二人三脚か? と思うぐらい息がぴったりで走り抜け、紐を解く爽やかくんの背にすぐ妹が乗り、パンを取る。これ、結構高さがあって背伸びしたりするんだぞ? なのに、爽やかくんが立ち上がると同時にジャンプしたから、妹がすぐにパンを掴めた。
そのあと、妹は人形みたいに固まって運ばれていたが。爽やかくんの走りは人を抱えているとは思えないほど、速かった。
他の色が僅差な中、赤組だけがリードしたまま昼休憩を迎えた。時間ギリギリまでのんびりしたいところだが、午後の部は騎馬戦から。練習はたくさんしたが、それでも念には念をだ。
だから騎馬戦グループで早めに移動すれば、中庭で仲良く昼食を食べている1年がいた。その中に、戦利品のパンを頬張る2人を発見すれば、妹に大声で呼ばれた。
未来が視えるのか聞かれたが、答えはノーだと伝える。ショックを受けていたが、『でも、そういう未来だと思えたら頑張れただろ? これからもやりたい事があれば、本気でその願いが叶うと思って動けばいいんだよ』と言っておいた。
妹は思い込みが激しいから、逆にそれを利用すればいい。
爽やかくんからは、『いろいろとありがとうございました。お義兄さんの予言なので実現したんですよ』なんて言ってくれた。もしかして、俺がそう言ったから頑張ってくれた部分もあるのかもしれない。
なんて、都合よく彼の努力を受け止めた。
***
応援合戦を眺めながら、自分の心音がどんどん速くなるのを感じる。
緊張してきた。
本番の空気はやっぱり違う。
でもそれに呑まれたらだめだ。騎馬は冷静に状況を判断して、騎手が安全に戦えるように場を作らねばならない。
勝つ。勝つぞ。
一緒に頑張ってきたみんなで勝ちたい。
なにより、負けた時の笹森さんの悔しそうな顔が忘れられない。
だから俺は、負けたくない。
頑張る理由をしっかり思い浮かべれば、もう自分の心音なんて気にしなくなっていた。
「いくぞ!」
「おう!」
緑組の3年生のかけ声に、みんなが声を揃える。
俺達の騎手は他のチームより低めの身長。だから狙われやすくなる。しかし、彼だからこそできる技があるのだ。
「任せたからな!」
他のグループからも声をかけられ、俺達は頷く。
「やってやろうぜ!」
「俺はもう、みんなを信じるだけだ!」
「練習通り、前方は俺。谷川、稲田。後方よろしく!」
やんちゃそうな笑顔を浮かべる稲田が、拳を突き出す。それに騎手も合わせる。続いて委員長も笑みを浮かべながら、手を出した。
「あんなに練習したんだ。だから全力を出し切るぞ!!」
最後に意気込みを語り、俺のために残されていた隙間へ拳を埋めた。
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