本番②

「前方の青組が1番早いな」


 他にも敵の騎馬が接近してくる中、委員長がささやく。

 俺達はまだ、そこまで動いていない。むしろ、味方と少しだけ距離がある場所で敵を待っている。不自然ではあるが、こちらの意図は気付かれていないようだ。


 まだだ。


 委員長の合図が来た時が、俺達の動く時。


 左右のやつらも巻き込めそうだな。


 うしろも来ているが、それを待っていたら逃げ場を失う。だから、稲田と俺は撤退する道を見張ってもいる。


「そいつを俺によこせー!!」

「今だ!」


 青組の騎手が悪党みたいな事を言いながら、襲いかかってくる。それと同時に委員長が叫ぶ。

 だから俺達騎馬は、しゃがんだ。


「うあっ!?」

「いただき!」


 馬鹿みたいに突っ込んできた青組の騎手が前のめりになり、崩壊。その寸前、俺達の騎手は楽々とハチマキを奪った。


「その姿勢じゃすぐに動けないよなぁ!」


 新たな敵が嘲笑う。ここぞとばかりに左右から挟み込まれるが、俺達はしゃがんだまま待機する。


 引っかかった!


「させるか!」

「もーらい!」

「あっ!!」

「いつの間に!?」


 味方が駆けつける姿が目に入っていたからこそ、ここで待てたんだ。案の定、低い位置にいる俺達に合わせ、左右の騎馬も屈む。その時、到着した味方がハチマキをかっさらった。

 うしろから来ていた赤組はこの様子を見て、引いたようだ。


 ここまで作戦通りになるとは思わなくて、幸先の良いスタートに内心喜ぶ。

 しかし、俺達のやり方は敵に知られたから、この作戦はもう使えない。


 ここからはさらに周りをよく見て、走る!


 今の出来事があったとしても、やはり背の低い騎手は狙われている。だからこそ俺達は、囮として単騎で動き続けた。時計回りに動くとは味方に伝えてあるので、余裕があれば俺達の位置を確認してくれるはずだ。


 逃げ切るのが難しければ、騎手に身をすくめてもらう。これで敵の騎馬を崩せれば儲けもの。その間に味方が来てくれたら完璧だな。


 逃げに徹してきたが、そろそろ周りも俺達の動きを読んできたな。


 しばらくすると、俺達の騎手に合わせ敵も低い位置を保つ。


 こうなったら次の手段だ。


 今度は攻めに出る。

 俺達の騎手が空を飛ぶ。なんて大げさだが、幼い頃から体操を続けてきた彼は、小柄な体型を活かす。

 委員長の肩を足場にし、回転しながら敵の騎手の頭に1度手をついて、騎馬へ着地する。場所は俺達が予測し、受け止める。

 このタイミングを合わせる為に、俺達は努力した。


「やりぃ!」

「……そんなん、アリかよ!!」


 無事戻ってきた騎手が嬉しそうに笑う。なにが起きたかわかっていない様子の敵は、数秒後に声を出した。

『かっこいい技とか決めたくない?』なんて言い出したのは騎手だからこそ、必殺技と言っていい。だってな、ハチマキまで取ってくるんだぞ? 神業としか思えない。

 だから俺は、これなら勝てると確信した。



 俺達に近付いてくるやつが減った。たぶんだが、最後に囲んで倒す算段なのだろう。またも赤組が多く残っているのも厄介だ。


「このままだとまずいな。体力が残っているうちにやるぞ!」


 味方がいるから俺達は無茶できる。最後に残った場合、騎馬の動く道が塞がれればアウトだ。

 だから委員長の声が合図になった。騎手に身をすくめてもらい、敵の間を走り抜ける。

 騎馬戦は味方と共に行動するのが基本だが、乱戦になると壁役のみのグループも出来上がる。それらを誘導して倒す予定だ。

 しかし、目の前に赤組が立ち塞がった。


「今度はなにを見せてくれんだ?」


 悪役のように口角を上げる赤組へ、舌打ちしたくなる。


 ずっと俺達をマークしていたのか!?


 敵の間を通り抜けたばかりで、後方に逃げ道はない。むしろ誘き寄せた壁役も、チャンスだとばかりにジリジリと近付いてくる。

 

「これ以上、赤組に点数なんてくれてやるか!」


 俺達の騎手が挑発する。そして、「狙うのは前方。足場はある」と、小声で続けた。たぶんだが、目標の赤組のうしろや左右から増援が来ている。彼はそれを足場と言っているのだろう。


「し、しかし、着地は……」

「俺が飛んでる間、絶対目で追いかけるはず。その隙に動いて。最悪、ハチマキだけは奪う」


 戸惑う委員長に、騎手が小さな声で作戦を伝える。敵が俺達を警戒して近付いてこなくて助かった。


「俺、言ったよな? みんなを信じるって。みんなは?」


 俺にも迷いがあったが、騎手の言葉で全てが吹っ飛んだ。


「「「信じてるに決まってる!!」」」


 委員長・稲田・俺の声がハモれば、騎手が頬を叩いた。


「行くぞ!」

「来てみろ! 俺がお前達を終わらせてやる!」


 それを合図に、全てが動き出す。


「メガネが運動できないなんて決めつけるなよ!!」


 走りながら叫ぶ委員長のメガネはゴーグルタイプだ。今日の為に準備した事も含めて、熱意が伝わる。


「行け!!」


 稲田の声と共に走りを止め、上に合図を送る。ひと呼吸置く前に、騎手は飛んだ。

 やっぱり一瞬、みんな止まる。


「着地場所を作るぞ!」


 だから声を出す。

 俺達が動けるのは今しかない。


「させるかぁ!!」


 前方の赤組が、俺達の騎手の手首を掴む。


 なにっ!?


 赤のハチマキはもう取れかけだが、諦めていない。だからこそ、もう次の着地を決めていた騎手の体が予期せぬ方向へ動く。


「負けてたまるか!!」


 それでも彼は敵の騎馬を足場にし、強引に飛ぶ。ハチマキは奪えたが、俺達が間に合わない。


 でも、信じてくれたんだ!!


「谷川くん、頑張って!!」


 さっき、みんなで思いを確認した。それを後押しするような、笹森さんの声が聞こえる。

 だから、動けた。

 右に行きかけていた足を、無理やり左へ向ける。それに委員長も稲田も、続いてくれる。


 いっ……!?


「谷川!?」


 その時、足首に激痛が走った。


 ***


「……ごめん」


 次の種目が始まったのを、救護席のテントの隅で眺める。そこでようやく、稲田に声をかけられた。


 あのあと、なんとか騎手を受け止めた。けれどそれでさらに負荷がかかって、走れなくなった。棄権なんてしたくなかったのに、俺のせいで途中退場だ。


「謝んなって」


 異変に気付いた稲田が率先して俺をここまで連れてきてくれた。


「でもさ、勝ちたかった」


 思わずうつむく。


 悔しい。


 勝って笑顔で終わらせたかった。

 笹森さんにも笑ってほしかった。

 なのに勝てもせず、負けた。


「わかるけどさ、谷川のせいじゃない」


 きっぱりと言い切る稲田の声に、目の前が歪む。


「谷川くん、大丈夫……?」


 思わぬ声に顔を上げる。

 笑ってほしいはずの笹森さんが泣きそうで、俺の情けない顔がさらにひどくなったのがわかった。


「テーピングしてもらったし、安静にしておけば大丈夫だから」


 笑おうとするけど、うまく表情が動かない。

 それでも、彼女は声をかけてくれた。


「すごかったよ、騎馬戦。とってもかっこよかった」


 負けたのに?


 その気持ちが顔に出たと思う。

 けれど、笹森さんは俺の好きな笑顔を向けてくれる。


「最後まで諦めなかった谷川くんが、稲田くん達が、私の中では優勝!」


 そんな事言われたら俺……。


 さっきまでの涙の意味が、嬉しさに変わる。


「笹森さんが綱引きで頑張ってたから、俺も頑張れたんだ」


 急いで涙を拭い、俺の気持ちを告げる。


「俺を忘れないで――」

「ここに揃っているとは、なんたる幸運なのか!!」


 稲田がにやけ顔でちゃちゃを入れようとした瞬間、杉崎さんがわざとらしいセリフ口調で乱入してきた。

 今は借り物競走中なはずだが、なぜここにいるのか。


「稲田くん、これを見たまえ」

「……これは!!」


 俺が声をかける前に、杉崎さんが稲田へ紙を渡した。もう始まってたんだな。いったい稲田になにを借りにきたのかと思えば、杉崎さんが笹森さんの手を取った。


「姫、行きますよ!」

「なんで姫なの!?」


 あれ?

 笹森さんが必要なのか?


 そう思っていたら、稲田が俺の前にしゃがんだ。


「乗れ! 杉崎さんを勝たせるぞ!」

「は?」


 よくわからんが、言われた通りにする。

 稲田に背負われてテントを出れば、「きゃー!!!」と声が響き渡る。なにに反応しているんだ? と思えば、「早く写真!!」と言っているのが聞こえた。

 誰かが活躍してるのかと考えていれば、ゴール付近にいる杉崎さん達に追いつく。


「笹森さんにくっついて立て」


 俺を下ろす稲田の指示はやりすぎな気がしたが、メモのせいなのかもしれない。

 だから、2人で目を見合わせ従う。俺の顔はきっと、笹森さんと同じくらい赤い。


 借り物競走は難題が多い。だからまだ、他の組の姿が見えない。

 去年は、スマホケースに星が描いてある人を5人連れて来いや、テストで100点取った人全員とかだった。

 昔は、先生の中であだ名がピカりんの人を理由含め当てろ、っていうのもあったらしい。邪推しそうだが、歌のうまさがピカイチって意味だったそうだ。そんなの当てるの無理だろ。


 触れ合う部分の熱さから意識を逸らし続ければ、杉崎さんが係の先生からマイクを受け取り、宣言した。


「この2人がわたしの『推し』です!」

「「推し?」」


 どういう事だと思えば、笹森さんと声が被った。

 そしてなぜが、稲田が喋り出す。


「この2人は来年のバレンタインから、ようやく彼氏彼女になれるんです! だからそれを見守っている人達にとって、推しなんです!」

「なっ……」


 なに言ってんだ!?


 全校生徒の前で俺達の事情が明かされ、固まる。


「……なるほど。杉崎さん、1位おめでとう」


 先生の言葉で、杉崎さんと稲田がハイタッチした。


「笹森さんが頑張るのですね。応援していますよ。では谷川くんへ、今、伝えたい事はありますか?」


 先生はしばらく考えてから、笹森さんへ声をかけた。

 すると、俺より固まっていた彼女は慌ててマイクを受け取り、「いま、今、今!」と呟いて息を吸った。


「あの! 今度うちへ来て下さい!!」


 うち。

 うち?

 ……家!?


 いきなりのお誘いに、俺の頭は真っ白になった。

 

「……それはご両親へ将来の挨拶に、という事ですか?」

「へっ!? そ、そんな大げさな――」


 先生と笹森さんのやり取りを、茫然と眺める事しかできない。

 そしてすぐに、「おめでとー!」やら「まじかよ谷川ー!」などの歓声に包まれた。



 よく覚えていないが、『行きます』とだけは伝えた気がする。

 意識が戻ったのが、家で妹に『おめでとう!』と言われてからだったから。


 ちなみに体育祭は赤組が優勝。

 校長先生がプロポーズ得点とか訳がわからない点数を緑組にぶち込んだが、足りなかった。

 でも、それでよかった。赤組、本当にすごかったからな。

 それに本気で楽しんだから、悔しさも嬉しさも含めて、後悔はなかった。

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