特別な祝日

誤解

「谷川くんが本気なら、私、応援するから」


 えーっと、待てよ?

 なにがどうなれば、こうなるんだ?

 それに俺は悪くない。悪くないんだ!!


 11月に入り、本格的に寒くなった。人がいない教室はさらにひんやりとする。

 いや、原因はそれだけじゃない。


 涙を浮かべる笹森さんから告げられた言葉と、廊下から威圧してくる笹森さんの友達のせいで、冷や汗が止まらないのだ。

 唯一の救いは、杉崎さんが他の女の子達をなだめているのが見える事だな。


 もう1度、よく考えろ。

 笹森さんの誤解を解くために!!


 俺の返答次第で、笹森さんが彼女か友達のままになるかが決まってしまう。

 だから俺は慎重に言葉を選ぼうと、この状況へたどり着くまでの出来事を思い出していた。


 ***


「なんか最近、やけに視線を感じないか?」


 下校時間になったがどうにも気になって、稲田へ声をかけた。


「ん? あー、そうかも。あれじゃね? 運動会で目立ったから」

「いや、それとはまた別で、今、とか?」

「今? おー、確かにそうだな」


 文化祭後にも感じた視線。だいぶ落ちついてきたと思ったが、最近また復活した。

 しかも、稲田といる時は特に。


 まさかだが、まさかか?


 ネットに書かれていた文化祭の感想、『素晴らしい設定の執事達』を、この学校のやつが読んでしまったのかもしれない。

 でも俺と笹森さんの関係は、全校生徒に知れ渡った。だから心配ないはずなんだ。

 けれど、自分の楽天的な考えを否定したくなる。それぐらい、悪寒が走った。


 な、なんだ、今の。


 強烈な視線を感じれば、笹森さんと目が合う。

 しかし、すぐに逸されてしまった。

 けれど、大きく目を見開いていた笹森さんの顔が頭から離れない。


 もしかしなくとも、笹森さんに誤解された!?


 1番知られたくない相手だった。だから一刻も早く真実を伝えに行かねばと焦り、振り返りながら踏み出す。


「うあっ!?」

「おっ!?」


 慌てすぎた俺はクラスメイトが近くにいたのを気付かず、思い切りぶつかった。そしてよろければ運悪く、通路に飛び出すイスの足でこける。

 しかも、うしろにだ。


 やばっ!


 なにかを掴もうと必死に手を伸ばした。でも間に合わない。


 ぽすっ。


 なにしてんだ俺。自分の行動が恥ずかしくなりながらも衝撃を待てば、誰かに抱きしめられた。


「ん?」

「おぉー! 俺、ナイス!」


 見上げようとすれば、稲田の嬉しそうな声が間近で聞こえた。


「助かった。ありがとな」

「大丈夫かぁ?」

「俺はこの通り大丈夫だ。そっちは?」


 お礼を伝えれば、ぶつかったクラスメイトも心配そうに声をかけてくれる。

 だから姿勢を直そうとすれば、稲田がさらに抱きしめてきた。


「なっ、なんだよ?」

「そんなに急いで俺の腕の中から逃げなくてもいいだろ?」


 はぁっ!?


 いきなりの言葉に、俺は力任せに稲田の腕をはぎ取る。


「あぁ、残念!」

「やめろって! 今のなんだよ!?」


 稲田はふざてけているのがわかる顔をしているが、今はまずい。これでさらに笹森さんに誤解されるわけにはいかない。

 そう思ったが、さっき感じたよりも肌を貫通しそうな視線を感じ、首を動かす。


 見てる!!


 笹森さんと目が合うが、今度は逸らされない。それが逆に怖い。

 けれど稲田の声が耳元でして、現実に戻ってこられた。


「見られてる原因、俺知ってるかも。俺らさ、尊い関係って言われてんの。しかもな、それがネットに書かれてんの。すごくない? だからさっきのはそんなやつらへのサービス!」


 やっぱりか!!


 微動だにしない笹森さんから顔を逸らし、稲田と向き合う。協力してもらうしかない。あらぬ噂をなくすために。


「稲田、そんなサービスはいらん! 俺達の関係は噂と違って、もっと尊いだろ!!」

「谷川、お前……。そうだよな。俺らの関係なんて、俺らにしかわかんないよな」

「だろ? だから噂通りにする必要はないんだ!」


 俺達は親友、そうだろ? 稲田!!


 ここでうまく立ち回れば、笹森さんの誤解も解ける。一石二鳥じゃないか! と熱くなる俺に、稲田が眩しい笑顔を向けてきた。


「俺らはこれからも俺らだ! それに、谷川の相手はもう決まってんのにな!」

「そうだ。俺の相手は――」


 笑い飛ばす稲田が心強い。だから俺も真実を口にしようとすれば、ぽんと肩を叩かれた。


「谷川くん。放課後、2人で話したい事があるの」


 笹森さんの声に振り向く。彼女は笑顔なはずなのに目はまったく笑っておらず、血の気が引いた。


「がんばー……」


 稲田のか細い声のおかげで、俺の心はさらに沈んでいった。


 ***


 廊下にギャラリーはいるが、本当に教室内では2人きり。

 俺と稲田とのやり取りで、笹森さんがさらに誤解したのはわかった。けれどこちらの言い分も聞かず、稲田との関係を応援されるとは思わなかった。

 だから回想を終えた俺は、彼女と向き合う。


「笹森さんの気持ちは嬉しい。けどな、俺の気持ちは変わってないから」


 笹森さんが俺の返事を待ってくれていたおかげで、少しだけ冷静になれた。俺、そのままの気持ちを伝えればよかっただけだ。

 なのに、笹森さんが辛そうな顔をする。


「あのね、無理しなくていいんだよ? 稲田くんを特別に見ちゃうのは、悪い事じゃないから」

「……無理っつーか、稲田は友達として特別であって、そういうのじゃなくて」


 笹森さんも思い込みが激しいけど、今回はおかしい気がする。


 なにが変なのか探ろうとすれば、先に笹森さんが口を開いた。


「ネットでね、2人の事書かれてて。それを読んでいたら、そうかもなって、思って。それにさ、運動会の時の写真も載ってて。顔はわからなくなってたけど、谷川くんと稲田くんって、すぐにわかったの。それで思ったんだ。稲田くんが怪我した谷川くんに付きっきりで、おんぶまでしてって、愛だなって、思って」


 俺と稲田、続きが書かれてるのか!?


 ネットはやはり恐ろしい。しかし、その情報に操作されてしまう周りの人間はもっと怖い。

 けれど、好きな人がここまで応援してくれる姿は嬉しい。が、それとこれとは話が別だ。


「さっきもさ、谷川くん、顔赤かったし。だからね、気持ちに素直に――」

「待った!!」


 俺の大声に、笹森さんの肩がびくりと跳ねる。


「顔が赤かったのは、慌てすぎてこけそうになって、恥ずかしかったから。それだけ。だからさ、笹森さんが応援するって言ってくれたのは嬉しいんだけど、そういうのじゃないから。稲田もネットの事知ってて、それを見たやつにサービスとか言って、俺を抱きしめただけだし」


 理由を全部伝えれば、笹森さんがぱちくりと瞬きした。


「お、お似合いだなって思って、ごめんなさい」


 頭を急いで下げた笹森さんの言葉が面白くて、笑ってしまった。それを不思議に思ったのか、彼女はすぐに顔を上げた。


「変な事、言っちゃった?」

「お似合いだって、思われてたんだなって」

「でもでも! 2人とも仲良いから、不思議じゃないなって思って」


 素直に教えてくれる笹森さんが可愛くて、つい、意地悪したくなった。


「それならさ、俺は笹森さんとお似合いって、思われたいんだけど?」

「わっ……私!?」

「当たり前だろ? だって笹森さんは俺の――」

「やーやー! 無事解決したようだね!」


 くそっ!

 いいところで!!


 どんどん顔を赤らめる笹森さんしか見ていなかったら、廊下にいた女子達を忘れてしまった。

 だから、杉崎さんの声に我に返る。


「今日のところは、お帰り願おうか!」

「杉崎さん、何役してんの?」

「姫の父上ってとこかなー」


 芝居がかった喋り方をやめた杉崎さんの言葉に、どきりとする。


 もしや、プレッシャーをかけに来たのか!?


 俺の顔つきから察したのか、杉崎さんがにやりと笑った。


「勤労感謝の日。くれぐれも暴走しないように。それと、笹森ちゃんのご両親への挨拶はしっかりとねー。これ、常識なり」


 いっ、胃が痛い!!


 噂なんてどうでも良くなるほど、精神ダメージをくらう。俺、大丈夫だよな? と、心配になる。

 でも、笹森さんの方が先に俺の家に来てくれたんだ。だから俺だって、ちゃんと挨拶して認めてもらいたい。そう強く念じる。

 そうでもしなきゃ、胃痛に負けそうだった。

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