いざ、プールへ!

 笹森さんの水着も無事選び終え、穏やかな気持ちで帰る事ができた。


 そして、妹のスマホから怪しい情報達を削除した。問答無用だ。『それはまだ試してないから!』とか言ってたが、させてたまるか!

 合わせ鏡を使うとか、部屋に一切光を入れないで行うとか、ろくなものがなかった。だから俺の良心も痛まない。

 というか、よくこんな都市伝説みたいなもの見つけてくるよな。それだけは褒めてやれば、『おにいもなにかあれば、このあたしの頭脳に頼っていいからね!』と言われた。

 これは懲りていない。そう思ったが気力はもうなくて、説教はやめた。


 ***


 外へ出ればすぐに汗が滲んでくる。それぐらい、天気がいい。だから早くプールに入りたい!

 俺は浮かれながら水着へ着替える。男はみんな膝丈のサーフタイプだ。


 俺は黒とネイビーのボーダー柄。

 爽やかくんもボーダー柄だが、白とかすれ加工されたグレーの色が映える。

 稲田は腰回りと裾だけ濃いデニム色で、その間は手書きの斜線のような黒い線がうめている。水着の下半分には大小の白い星があるから、きっと流星群でもイメージしているんだろうな。


「にしても、なんか多くね?」


 準備ができた稲田が、きょろきょろ周りを見回す。


「夏休みだからだろ?」

「みんな考える事は一緒ですね」


 俺も爽やかくんもそう答えて、軽く周りを見る。すると、ものすごい勢いで更衣室から出て行く奴もいて、笑いそうになった。


 俺も気持ちはあんな感じだ。

 だから今日は楽しむぞ!


 そう決意し、女子達との待ち合わせ場所へ向かった。



 今日来たのはかなりでかい屋内プールで、ウェーブプールやウォータースライダー、流れるプールや子供向けのエリアまで幅広く存在する。水着を着たまま入れる温泉もあったりと、至れり尽くせりだ。


「お待たせ!」


 どこから回るか話し合っていたら、笹森さんの声がして思わず振り返る。


 かっ、可愛い!!


 試着した姿は見ていたが、何度見ても可愛いものは可愛い。


 長い髪を大きなお団子にまとめた笹森さんが選んだ水着は、肩ひもがリボンのタイプのビキニ。白地に薄紅色の大きな花が描かれている。

 胸を隠す部分は特に凝った形をしていないが、その下にひらりとした生地がスカートのようについている。笹森さんが手を振れば、それが一緒に揺れて可愛い。

 そして下のボトムは太めのひもで結んである。


 来てよかった!


 プールに降り立つ女神のような笹森さんを見る事ができて、俺は笑顔で答える。


「やっぱりこっちの方が似合うよ」

「ふふっ。この前の谷川くんの助言のおかげだよ。ありがとう」


 海なら遊び方次第で全身水着になるのはわかるが、プールだし、せっかくなら自分の好きな水着を着るのが1番だ。この前選び直す笹森さんへ告げた言葉が彼女に届いてよかったと、心底思う。


「おしっ! じゃー行く……か?」

「どうした?」

「ん? いや、なんか知り合いっぽいのが……」

「知り合い?」


 幸せな気持ちに浸る俺の耳に、稲田の戸惑う声が届く。こんなに広いプールだ。知り合いがいてもおかしくはない。


「一緒に遊びますか?」

「いや……、いい」


 爽やかくんが気を利かせてくれたが、稲田は首をひねって断った。


「そんなに仲良くないやつだったのか?」

「そうじゃないんだけど……」

「あれ?」


 俺に返事をしながらも、遊ぶ気はないはずの稲田がまだ周りを気にしている。すると、妹も不思議そうな声を出した。


「どうした?」

「友達がいた気がしたけど、違ったかも」


 室内なのに手をかざす妹も、必死にきょろきょろしている。


「ここ広いし長く遊べるし、結構知り合いが来てるのかもな。また見かけたら声かければいいだろ」

「そっか。そうだよね! そーする!」

「今日は周りなんて気にせず、遊び倒そー」


 見つけるのを諦めなさそうな妹へ、取りあえず提案する。それでようやく納得したようだ。するとすかさず杉崎さんが声を出した。全くもってその通り。だからみんなの返事が揃った。


「おー!」


 拳を突き上げ、みんなで笑い合う。

 好きな人もいて、仲の良い友達もいて、世話が焼ける妹もいて。楽しくない訳がない。そんな気持ちで、俺も移動を始めたみんなと共に歩き出した。


 ***


 まずは流れるプールで体を慣らそうとしたら、なぜか男が浮き輪で浮かぶ女子のお供をする構図になった。浮くの、楽しいもんな。取りあえず歩きながらも水を掛け合って遊んだ。


 次に向かったのがスライダーだったが、トンネル長すぎ! ここは別途料金がかかるからフリーパスを買っておいた。これは正解だった。めちゃくちゃ楽しくて、何回も乗った。


 で、問題は今いるウェーブプール。めっちゃ広い。これは当たり前だ。そして波もでかい。


「くるぞ!」


 稲田が身構えるように姿勢を低くして、注意を促す。みんなにというか、主に妹に対してだ。


「今度こそだいじょ……ばぁ!!」


 大丈夫じゃなかった。


 なぜか最初から、妹だけが遠くまで波にさらわれていく。あれか。水の妖精って爽やかくんに言われてたし、水に好かれてんだろ。

 普通なら慌てて追いかけるが、爽やかくんが素早く動いてくれるので、俺は見守るだけ。


「はっやいねー」

「好きな子のためだもん。頑張れちゃうんだよ」


 どうやって追いついているのかわからないが、片手を上げたまま流される妹の手を爽やかくんがすぐに捕まえる。だから安心して、杉崎さんも笹森さんも話していられるんだろう。

 このあとはお決まりのように、手を繋いだ妹が顔を真っ赤にして、にこにこした爽やかくんと戻ってくる。


「違う場所、行く?」

「いえ。あたし、この波に勝ちます!!」


 稲田が心配そうに声をかければ、妹は宣言した。


 いやそこはもう、負けとけよ。


 無理な姿勢で挑めばもっと流されるような気がして、俺も声をかけようとした。が、大変なものが目に入ってしまった。


 笹森さんの水着が!!


 何度も激しい波を受けたからか、笹森さんの肩で結ばれたひもが解け始めた。まるで全てがスローモーションのように見える中、俺は必死に手を伸ばす。


 間に合わなければ、見られてしまう!


 本人も周りも、気付いた様子がない。俺しか笹森さんを守れない。声をかけて振り向かれれば、それが刺激になってしまうかもしれない。


 誰にも見られてたまるかーーー!!!


 心の中で絶叫して、俺の右手が笹森さんの肩ひもを捕まえる。


「えっ!?」

「よくやった、谷川!」


 ん?


 笹森さんが驚くのはわかる。だから急いで事情を伝えたが、俺の名前が遠くから聞こえた気がした。


「きっ、気付かなかった! ありがとうね!」

「やるねー、谷川くん」

「いやいや。笹森さん、結び直すからちょっと動かないでくれるか?」

「う、うん……」


 目をまんまるにしている笹森さんの横で、杉崎さんがぐっと親指を立てた。他のみんなも集まる中、笹森さんはうつむいて首まで真っ赤に染まっていく。想像したら恥ずかしすぎるもんな。


「はい。できたよ」

「ありがとう……」


 肩ひもをなでながらお礼を言われたが、あんまり触るとまた解けるんじゃないか? なんて心配しつつ、周りを見回す。するとあからさまに移動したグループがちらほらいる。


 まさか……。


 見覚えのある顔ばかりな事が判明すれば、妹も反応した。 


「あーーー!! やっぱりだ! やっほー!!」


 妹がぶんぶんと両手を振ると、振り返してくるやつが……、何人いるんだよ!!

 もう逃げられないと思ったのか、数十人が一斉に手を振ってる。すごい光景だぞ、これ。


「あー。やはり計画はもれていたのか……。でも子猫ちゃんのクラスまでどうして?」

「杉崎さん、何か知ってるのか?」


 杉崎さんがあごに手を当て、首を傾げた。だから俺はすぐに彼女を見た。


「んー。来年まで付き合えない君達へ、夏の思い出をと計画を立ててたのを、たまたまクラスの子に聞かれててね。わたしとか稲田くんがいれば付き合うのも阻止できるし、思い切り遊べるかな? って思ったからねー。他の子には内緒って言っといたけど、内緒でみんなで来たんじゃない? 子猫ちゃんのところはわかんないけどねー」


 そんな理由で来た杉崎さんもすごいが、稲田もなのかよ。結果楽しいからいいけどな。

 それにしても、何してんだようちのクラスは……。


 呆れながらもう1度周りを見回せば、また背を向けるグループが点在する。

 すると爽やかくんの笑い声がした。


「僕達のクラスは谷川さんが楽しそうに話していたので、みんなも来たんでしょうね。邪魔しないようにしてくれてたみたいですけど、遠慮しなくていいのにって思いますね」


 なるほどな。それはすぐに想像が付く。


 よっぽどはしゃいでいたんだろう。そういうところが妹らしさでもあるので、しかたない。


「もうさ、こんな風に集まる事なんてめったにないし、みんなで遊ぶか?」

「賛成!」


 俺の提案に、みんなが声を合わせてくれた。


 すぐに声をかけに行けば、申し訳なさそうな顔をしたクラスメイト達に謝られた。でも一緒に遊ぶと決まれば、いつも通りの騒がしいみんなに変わる。

 妹のクラスもだが、なんと、クラス全員いた。これ、奇跡だろ。


 始まったばかりの夏休みだが、俺達にとって最高の思い出になった。

 きっと今年の夏は全部が楽しい。そんな予感がした。

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