水着②
笹森さんがいるであろう、試着室を眺める。水着のお披露目。本来ならば純粋な期待で胸が高鳴るはず。
しかし杉崎さんからの言葉に、俺は別の意味でそわそわしている。
笹森さんの目を覚ましてくれって、なんだ?
理解できずに心の準備もまだな俺を置いて、杉崎さんが試着室へ向かってしまう。
「お待たせ。谷川くんの感想、ちゃんと聞いてみてね」
「うん!」
杉崎さんの声にはおどけた調子がない。しかし笹森さんは元気な返事をよこした。
そしてシャッとカーテンが開く。
その姿に、思わず絶句した。
「どう、かな?」
上目遣いの笹森さんは可愛い。
しかしだ。
全身を隠す黒い水着に目がいく。
これ、もしかして二重に着てるのか?
それぐらい、体のラインがわからない。太ももまでを隠す長袖のワンピースみたいな水着には、スリットが入っている。別に大きいとかではなく、ぴったりしているのにゆとりがあるような、よくわらない代物だ。
下は足首までしっかりと覆われているが、もしかしたら上まで繋がっているのかもしれない。
まさか全身水着だとは思ってなかった。
そんな感想を抱いたからか、俺の口から望みが出てきた。
「それ……、プール入る時、上、脱ぐの?」
というか、脱いでほしい。
決してやましい気持ちはない。これは健全な男の願望だ。だからしかたないんだ。好きな子のいろいろ、見たいんだよ!
情熱が伝わるように、笹森さんの目をじっと見つめる。周りが静かなのは気になるが、それは後回しだ。
そして俺の想いが通じたのか、笹森さんがにっこり笑ってくれた。
「まさか! これが最終形態だよ!」
最終形態ってなんだよ!!
思わず大きな声を出しそうになり、目を閉じる。
落ち着け、俺。
まずは、笹森さんの考えを知るんだ。
深く息を吸い込むと、妹の明るい声がした。
「おにい! お義姉さんね、防御高い系を極めたいってこの水着を選んだんだよ! すごくない?」
「は?」
「防御……」
「高い系?」
意味のわからない言葉に、俺の声がもれる。続けて爽やかくんが呟き、稲田が戸惑った声を出した。
「そっ。防御力高い系女子。聞いた事ぐらいあるでしょ?」
「いや、そんなの知らねーよ」
えっ? なに? なんなの?
これ知らないの、俺だけ?
杉崎さんが遠い目をしながら話すが、知らんもんは知らん。俺の返事にすごい驚き顔になったが、俺も同じ顔してるわ、きっと。だから不安になって周りを見れば、爽やかくんも稲田も首を傾げていた。よかった。同士だ。
すると、カーテンを閉めて着替え始めた妹の声がした。
「おにい、それでも現役高校生なの?」
「お前は少し黙ってろ!」
「谷川くん落ち着いて! あのね、防御力高い系女子っていうのは、極端な露出を抑えて体を守る子達の事を言うんだって」
「な、なるほど……。それでその水着、なんだ。でも、私服は?」
今日着ている服は露出が多いように思う。違いはなんなんだ?
妹の言葉にイラッとした俺が声を荒げれば、笹森さんが慌てて話し出した。そして俺の疑問にも、彼女は素直に答えてくれる。
「制服とか私服は徐々に変えていこうかなって。いきなり変えたらみんな、びっくりするでしょ?」
「そ、そうだな」
えっ。普段から全身タイツになっちゃうのか?
とは言えず。というか、言いたくない。実現してほしくない。けれどまだ笹森さんが話し出しそうなので、取りあえず黙っとく。
「だから水着からちゃんとしておこうと思って! 好きな人の為に、体に傷を付けない最強の防御系女子目指したいの」
体に、傷?
照れながら話す笹森さんが、水着の裾をいじってる。けれど俺はラノベの中にでもいそうな女子を想像して、首を振る。現実にそんな人がいるわけない。
これはもしかして……。
真実であろう答えに辿り着いた俺は、なんと言っていいのかわからず、杉崎さんに視線を送る。すると頼もしい事に、彼女は真剣な顔で頷いてくれた。きっと意味がわかっているんだろう。
「あのね笹森ちゃん。むしろ笹森ちゃんの体に傷を付けるのは谷川――」
「待ったぁーーー!!」
くっそ! そうじゃねーだろ!!
ニヒルな笑みを無理やり作ってる杉崎さんの発言に、思わず大声を出す。店員さんの視線が痛い。稲田、笑うのやめろ。
だからもう笹森さんに近付いて、直接説明した。
「多分なんだけど、その防御って、肌の露出を抑えて、その……、性的な事から身を守るって意味、だと思う」
「……えっ! 怪我しないようにじゃなくて!?」
「怪我も、最小限にはなりそうだよな。うん。だから逆に、それを意識してるように見られるかも、しれない」
どうだ。納得してくれたか?
どこでこんな勘違いをしたのかわからないが、気まずさから意識をそらして伝え切る。
横にいる杉崎さんが「だから谷川くんが1番危な――」とか言い出したが、急いで口を押さえる。笹森さんの目を覚ましてくれって言ってたから味方だと勘違いしていた。こいつは敵だ。
とか考えていたら、杉崎さんはあっさり後ずさって稲田達のところへ逃げた。
「勘違い、してた、みたい……」
「文字だけとかで見るとさ、勘違いもするよな」
たぶん、その記事を書いた奴が悪い。
もう深くは考えず、情報を載せた奴に全ての罪を押し付ける。解決さえすればそれでいい。
すると、妹が着替え終わったようでカーテンを開けた。
「おにい、さっきからうるさいよ。防御高い系女子、理解できた? あたしも同じ水着にしようと思ったら杉崎先輩に止められて、これ渡されたんだ」
「えっ。お前もなの?」
「そだよ! 防御高い系女子極めるとね、鉄壁の女神に進化できるんだって! そこまでいくとね、好きな男子の心を掴んで離さなくなるって書いてあったんだ!」
いつもいつも、どこでそんな情報見つけてくるんだよ!!
ここが自宅なら、俺は妹に説教している。しかしここは水着売り場。先ほど大声を出した俺は、目を付けられているはず。
だから、覚悟しろ。帰ってからが本番だ。
そう決めたら、笑顔になれた。妹も笑ってる。今だけは見逃してやろう。
「妹には俺があとから説明しとくから。取りあえず笹森さんは、水着、選び直す?」
「う、うん……」
赤く染まった頬に手を当てていた笹森さんが、すぐにカーテンを閉めた。
すると小声が聞こえてくる。
「私達、まだ付き合ってもいないし、そんな事意識してるわけじゃないから……! 変な事考えさせちゃってごめんね!」
「気にしなくていいから! 変な事でもないし……」
ごめん。俺は考えちゃってる。
好きな人との先は、ふとした事で想像してしまう。これを知られたら幻滅されそうだから言えない。でもいつかはそんな未来が待っていると、期待だけはしておいた。
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