水着①

 俺が妹の勉強を見てやった事で、赤点は回避された。とかさ、言いたかった。まぁ少しぐらい、役に立ったはずだ。


 しかし、爽やかくんの愛がそれを上回っていた。彼は動画まで作ってテスト範囲の要点をまとめ、さらに関連付ける歴史を教科書に載っていないものまで調べ上げていた。

 最後に愛の囁きまで入っていたのは聞くんじゃなかったと後悔している。妹も俺の耳を慌てて塞いでたしな。

『谷川さんの頭の中に、僕が残ってほしくて。テスト中、もしわからなくなったら僕の事を思いだ――』とかまでは聞こえた。うん。爽やかくん、ブレないな。


 ***


 終わりよければ全てよし、だな。


 俺は目の前のを見ながら、そう思う。夏の思い出だ。人数が多くても気にしない。

 そんな仏のような心の俺へ、稲田が振り返った。


「どした?」

「いや、なんでもねーよ」

「今日はよろしくお願いしますね、お義兄さんと稲田先輩」


 俺に対して爽やかくんが妙に気持ちを込めた呼び方をすれば、稲田が首を傾げた。爽やかくんの愛の重さを感じ取れた稲田には、今度説明しておこう。


 駅で待ち合わせをしたのは、俺と妹。それに笹森さんと爽やかくん。あとは稲田に杉崎さん。

 なぜ稲田達まで? と思ったが、俺は気付いた。この2人もくっつけたいという、笹森さんの思惑に。妹はゴールデンウィークから杉崎さんとも仲良くなったみたいだし、女子の結託だろう。


「お義姉さん、杉崎先輩、今日はよろしくお願いします!」

「私の方こそよろしくね」

「よろしくね。そんなかしこまらなくていいよー」


 妹が満面の笑みを向ければ、笹森さんも杉崎さんも同じように笑っている。


「じゃー行くか!」


 ゆるっとした感じの、丈の長い白い半袖に黒のジョガーパンツの稲田が歩き出す。裾が絞られているから、足元がすっきりして見える。


 その横にささっと、ポニーテールを揺らす杉崎さんが近付いた。彼女の私服はライムグリーンのキャミトップスっていう、肩まわりが露出してるひらひらした服。それと、アシメデザインデニムっていうショートパンツを合わせてる。裾が切りっぱなしな感じだな、これは。

 服の名前がまじでわからん。だから本人から教えてもらった。


「僕達も行こう」

「行こう行こう!」


 爽やかくんは白いワッフル生地のVネックの上に、薄いブルーの7分袖のシャツを羽織ってる。袖の切替が黒で、なんかおしゃれ。下はベージュの、少し丈の短めな余裕のある感じのパンツ。もともと爽やかくんが細身なのもあるな。


 妹は前日の夜まで服を悩みまくってた。で、決まったのは、メロウフリルっていう、細かな波みたいなデザインのフリルが袖とか服の真ん中とかにあるやつだ。これな、短すぎ。色は明るいオレンジでいいんだが、腹が若干見えてる。

 だからハイウエストのデニムのボトムパンツを合わせてるらしいが、もっとハイなのはないのか。お兄ちゃんとしては、腹巻きで隠してやりたいぐらいだ。


「谷川くん?」

「あっ、ちょっとぼーっとしてた」

「暑いからね。熱中症にならないように気を付けようね」

「そうだな。俺達も早く行こう」


 俺はといえば、爽やかくんと同じで7分袖だが、黒シャツをボーダー柄のTシャツの上から羽織ってる。下は普通のジーンズ。似合ってるのかは、わからん。

 そんな俺の横に並ぶ笹森さんは、白の袖がふんわりしたカットトップス。下はピンクベージュのミニ丈ボトムで、すらりとした足が目立つ。可愛さと綺麗さが合わさって、いつもの笹森さんより大人っぽく見えた。


 ***


「俺らはおまけだよなー」


 稲田がそう呟けば、爽やかくんが苦笑した。男3人、すぐに水着を選び終わって、ちょうど近くにあったベンチに座って女子達を待ってる。


「女子の方が種類あるからな」

「2人は選びに行かなくていいの?」

「笹森さんはもう決めてるっぽかったしな」

「谷川さんがどんな水着を選ぶのか楽しみなんです」


 あれだけ種類があったら悩むだろ、普通。その点、男は少ないから選びやすい。それもあって俺が稲田へ返事をしたら、稲垣から質問が飛んできた。

 俺も爽やかくんもすぐに答えたが、それは稲田も一緒じゃないか? なんて考えて、つい、聞いてしまった。


「稲田は杉崎さんの選ばないのか?」

「え? 俺がなんで杉崎さんの選ぶの?」


 なんで? 俺がなんでって聞きたいぐらいだ。


 てっきり好きな子の水着は気になるものだと思ったが、反応がなんか違う。もしかして、女子が選ぶものに口出ししない主義、なのか?

 稲田の気持ちが今ひとつわからない。けれどそんな俺の視界の端に、杉崎さんが入り込む。


「男共ー! お披露目の時間だよー!」


 呼びかけの言葉、もう少しどうにかならないのか? なんて心の中で呟く。

 それと同時に、俺達はベンチから立ち上がった。



「そーいや、杉崎さんは水着決まったの?」

「わたしのはこれー」


 試着室の前へ案内されながら、稲田が話しかける。すると、杉崎さんが近くにあるハンガーラックからビキニの水着を取った。

 上はくすんだ白で、肩ひもタイプ。フリルのような生地が二の腕と胸の部分を繋げるようなデザインだ。

 下は濃い茶色でハイウエスト。左側には長いリボンが飾られている。


 かなり大人っぽい雰囲気だが、今日の私服同様、肩を強調するようなデザインが好きなのか? とも思えた。

 そんな事を考えながら、当日が楽しみだと、男3人で杉崎さんに感想を伝える。すると彼女はお礼を言いながらにんまりして、試着室へ向かった。そして妹と笹森さんに声をかける。


「さぁて、まずは子猫ちゃんから!」


 妹の子猫ちゃん呼びが定着しているが、それについては誰も言わない。稲田ですらそう呼び始めたからな。


「じゃーん! どうかな?」


 照れてはいるものの、回転する妹はビキニを着ていた。上は首の後ろで結ぶタイプの赤。下にはもう1本ラインがあって、それは背中でリボンを作ってる。

 そして、ハイビスカス柄のふわりとしたショートパンツを合わせていた。


「すごく似合ってる。元気に走り回る谷川さんを、僕もしっかり追いかけるから」


 うん? 俺達が行くのはプールだよな?


 まるで砂浜できゃっきゃうふふするような爽やかくんの感想に、俺は思わず口を出す。


「走っちゃだめだろ。抱きしめてもいいから止めてくれて」


 確かに妹は周りをよく見ずに歩く。あろう事か、走る。それは否定できないので、爽やかくんに託す。もうな、遊ぶ時まで気を張っていたくない。

 それにな、少しでも爽やかくんとの触れ合いに慣れるチャンスだろ。


「人が多いですもんね。谷川さんは必ず守ります」


 どんな受け取り方をしたのか謎だが、爽やかくんは快諾してくれた。妹は顔を真っ赤にしてしゃべれなくなってるけど、放置だ。これはお前の試練なんだよ。頑張れ!


「さすが、相思相愛ですね。こちらは成立です!」

「杉崎さん。ここはただの水着売り場だ」


 訳のわからない杉崎さんのステージに巻き込まれる気はなく、俺はすぐにつっこんだ。

 すると彼女はこちらへ近付いてきた。かなり真剣な顔をしてだ。


「谷川くん。君だけが頼りだ。笹森ちゃんの目を覚ましてあげて」

「は?」


 小声で告げられた言葉に、俺は戸惑うしかなかった。

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