夏休み・前編
テスト勉強
今回ばかりは、俺にもどうしてやる事もできん。
期末試験の勉強を妹に頼られ中だ。昔からテストの時はこうだった。今回は爽やかくんが協力してくれてるのに、それでも俺の部屋にやってきた。
けれど妹はテーブルに肘をついて、語り続けている。
「今回さぁ、恋をテーマに調べたんだよねー」
「お前さ、何回も言うけど、テスト範囲だけ勉強しろよ」
「でもさぁ、歴史の裏側ってやつ、知りたくない?」
「今じゃなくてもいいだろ!」
毎回妹はテスト範囲に合わせて、教科書に載っていない歴史も調べる。いろんな出来事を結び付けるのが楽しいらしい。
しかしだ。
そのせいで、テスト範囲の勉強が進まない。むしろ、忘れる。だからこそ、俺が何度も勉強を見る羽目になってた。
「今調べなくて、心残りができたらどうすんの?」
「心残りができる出来事が起きる予定でもあるのか?」
「たとえば……、ほら、太陽がいきなり分裂したら、地球が蒸発するっしょ? そしたらさ、この歴史を知る事はなくなっちゃうじゃん!」
歴史を知るどころの話じゃねーよ!!
妹の脳内には、俺の想像が追いつかないほどの壮大な宇宙が広がっているらしい。だがな、そんな事が万が一にも現実になったら、心残りは歴史云々じゃない事ぐらいわかれ。
だから俺は心を鬼にした。
「お前さ、歴史総合から目を背けてるだろ?」
「そっ、そんな事ないしぃー」
無意味に教科書をペラペラめくり始めた妹が、鳴らない口笛を吹く。昔から口笛吹けないもんな。でもな、そんなわかりやすい動揺するぐらいなら、早く勉強しろ!
「今までの暗記と違うんだろ? 爽やかくんだって手伝ってくれてんだろ? だったらやるしかないんだよ!」
「だってー! 今まではいろんな歴史を合わせて調べるだけでよかったんだよ!? なのになんであたし達から必修が変わっちゃったの!? おにいは変わんないのに!」
いや、調べなくていいんだがな。
もうそれは言ってもしかたない事なので、黙っておく。好奇心旺盛なのは良い事だしな。テストの点数に影響出るのは考えものだが。
それに、歴史総合は今年の高校1年生から必修になって、俺達2年生は今まで通り、日本史・世界史でわかれてる。
だから、勉強方法も解答も違う。
「俺も一緒に勉強するから、頑張れ。それにな、お前のその、歴史を合わせて覚えるのは歴史総合に向いてるだろ? よく考えろ。日本と世界の歴史を関連付ける為に、存分に調べられるんだ。お前なら、やれるだろ?」
そう考えると、これは妹の得意分野になるんじゃないか?
そんな願いを込めて、妹を鼓舞する。
すると妹は首を振った。なぜだ。そんなに歴史に自信がないのか。初めての教科だから、気持ちがわからないでもない。
どうしたらいいんだ……。
他の言葉を考え始めれば、妹がため息をついた。
「おにいはわかってない。関連付ける歴史はあたしが見つけて調べたいの。用意されたものだけに目を向けるってさ、視野、狭くなるっしょ?」
俺の頭の中で、ブチっと音がした気がした。本当にそんな音がしたらやばいけどな。でも確実に、俺の我慢の限界は超えた。
だから笑顔を作って、目の前の妹の顔をつかむ。
「おにい、どしたの?」
きょとんとした顔の妹よ。思い知れっ!!
「お前は中二病みたいな事ばっか言ってないで、この頭に詰め込め! お前の頭の中には宇宙が広がってんだから、そこにいくらでも放り込め!!」
「痛い痛い痛いー! ギブギブギブー!!」
妹のこめかみに拳をグリグリしてやる。いつもより手加減しない。屁理屈こねてる奴にはお仕置きだ! なにが『おにいはわかってない』だ。だったら俺や爽やかくんに頼らずに勉強しろよ!
自分の勉強もしなきゃならんのに、この言われよう。
許すまじ!
でもやはり兄妹である。そろそろ解放してやろう。少し気の晴れた俺は、涙目の妹を見てそう思った。
「一緒に勉強してくれる人に感謝しろ」
「うぅっ……。感謝、してるよ。でもでも今回は赤点取りそうで……」
「お前なぁ……。そんな事考えんのは、納得できるまで勉強してないだけだ。だから勉強するしかないんだよ」
「わかってる。わかってるけどさ! でも今回は絶対に赤点取りたくないの!」
「今回じゃなくても取りたくねーよ」
妹の不安はわかるが、それを消すには勉強するしかない。他に方法があるなら、いくらでも教えてやる。でも俺達は天才でもなんでもないから、勉強し続けるしかない。
けど、なんで今回は、なんだ?
そんな疑問が浮かんだ俺に、妹がテーブルに手をついて身を乗り出してきた。
「そうだけど! 今回は特になの! だってね、夏休みにプール行くから! 沈んだ気持ちのまま行きたくないんだよー!」
「予定あるのか。じゃあなおさら、頑張れ!」
「おにいもね!」
「俺はいつも通り頑張るだけだ」
急にキラキラした目を向けてきた妹に対して、笑ってやる。目標があれば頑張れる。きっと今回も大丈夫だろう。
俺の心配までし始めた妹を見て、安心した。だから妹も笑顔を向けてきたと思った。が、違った。
「おにいも一緒にだよ!」
「は?」
妹が訳のわからない事を言い出せば、テーブルの上に置いてある俺のスマホが鳴る。
あ、笹森さんからだ。
なにが書かれているかと思って見てみれば、俺は目を疑った。
『もう子猫ちゃんから聞いたかな? 夏休み、みんなでプール行こうねって約束。でね、期末試験が終わったらみんなで一緒に水着も買いに行きたいと思ってるんだけど、谷川くんは予定空いてる?』
プール……。水着……。みず、ぎ……。水着!!
まさかのお誘いに、俺の頭が混乱する。しかし重要な言葉はちゃんと拾えた。
夏休みにプール。プールだな。うん。プールと言えば水着。これは当たり前だ。水着……。どんな水着だろうか。
「おにい、プールそんなに嬉しい?」
「お、おう……」
一緒に俺のスマホを覗き込む妹に声をかけられて、想像の笹森さんは消されてしまった。しかもにやけてる顔、見られたし。
でもいい。俺もやる気が出た。
「買い物も楽しみだよねー!」
「そうだな。だからな、今から俺がしっかり勉強見てやるから、絶対に赤点取るなよ!」
「やった! おにい様、よろしくお願いします!」
赤点なんて取らせるか!
こうして、夏の思い出を作るべく、俺達の戦いが始まった。
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