新入生

悪夢

 俺は今、寝不足だ。

 じゃあ寝ろよって話なんだろうが、眠るのが怖い。

 なんでかって言われたら、悪夢を見るから。

 変な夢ならたまに見る。怖い夢もそうだ。でもな、こんな連続で見る事なんてなかった。


 昼寝は平気なのに、なんで夜だけ……。


 ベッドに寝転びながらも、眠る気にもならず、スマホをいじってる。だから、嫌でも今の時間が目に入る。

 もうすぐ、深夜2時。

 春休みに入ってから始まった、悪夢。

 しかもその中に必ず登場するのが笹森さん。


 俺の、笹森さんが好きって気持ちが強すぎるのか……?


 そう考えざるを得ないほど、夢の中の笹森さんが普段と違った姿を見せてくる。だからそれを、嫌でも思い出してしまった。


 ***


 よく晴れた日。

 普通なら人で溢れかえっている昇降口には、誰もいない。


 始業式なのに、変だな。


 俺はそう思いながらも、クラス分けの紙を確認する。

 そこには、また同じクラスが確定した事を教えてくれるように、俺と笹森さんの名前だけがくっきりと浮かび上がっていた。


 よっしゃ!

 もうクラス替えもないし、高校生活は最後までずっと一緒だ!


 喜びを伝えたいが誰もいない。だから、弾んだ気持ちのまま階段を駆け上がる。「よっ!」とか言いながら昇り終え、小走りで自分の新しい教室に到着する。


 今日からまた、笹森さんと同じクラス。

 神様、ありがとう!!


 そんな事を考えながら、思い切り教室の扉を開く。

 すると、こちらに背を向けた笹森さんが、教室の真ん中に立っていた。


「笹森さん、1番乗りだな!」


 好きな人のうしろ姿ってやつは、なんでこうも可愛いのか。


 胸をきゅっと掴まれる感覚に身を任せれば、これがときめきなんだと納得する。

 そんなふわふわした気持ちで笹森さんに近付けば、彼女はゆっくりとこちらへ振り向こうとしていた。

 しかし、ピタリと動きを止めた。

 まだ、顔は見えない。


「谷川くん、私と一緒で嬉しい?」


 笹森さんの声に感情がない気がして、なんだか機械がしゃべってるみたいだった。


 なんだ?

 なにか、変だ。


 笹森さんの違和感に、俺の返事が遅くなる。


「返事してよ」

「……あ、うん。嬉しいよ」

「本当に?」


 もしかして、同じクラスで嬉しいって最初に伝えなかったから、拗ねてるとか?


 そう自分を納得させ、大きな声を出す為に思い切り息を吸う。


「笹森さんと卒業までずっと同じクラスなんて、死ぬほど嬉しいよ!」


 これを言わなかったから、不安にさせた?


 そう、俺は続けて言うつもりだったんだ。

 でも、言えなかった。

 だって、笹森さんが振り返ったから。

 血走った目をして。


「嬉しいっ! 同じクラスだけじゃないよ? 卒業しても、その先も――」


 そしていきなり、笹森さんの大きな目だけしか見えなくなった。

 表情なんてわからない。真っ黒な2つの眼球しか、見せてもらえないから。


「ずーっと、一緒だよ」


 もはや笹森さんの声じゃない。

 でも、知ってる気もする。

 ただ、笹森さんじゃないならこれは誰だ?

 俺は誰と話してるんだ!?


 その瞬間、俺は情けない声を上げながら飛び起きた。


 ***


 夢を思い出して、俺は思わず身震いする。


 だめだ。

 電気つけよ。


 母親にバレるとうるさいから、明かりは消してた。いい加減寝ろ! って怒られたしな。

 でも今はそんな場合じゃない。

 なんだか、嫌な予感がする。


 なんなんだよ、いったい。

 俺、なんかしたか?


 ベッドから起き、机の上にあるリモコンを取りに行く。

 春休みは普通に友達と遊んだだけ。廃墟とか、そんな変な場所には行ってない。じゃあなんで?

 そんな事を考えながらリモコンを掴んだ瞬間、ゴトンと、隣の部屋から音がした。


 このタイミングでやめろよ!!


 危うく叫び出しそうになった俺は、乱暴にリモコンのボタンを押して電気をつける。

 そして冷静になれば、隣の部屋の妹が原因だと思えて、気が抜けた。


 今日もすごいな。


 俺達兄妹の部屋は、壁を挟んでお互いのベッドが置いてある。だから、寝相の悪い妹が壁にぶつかる音がよく聞こえる。


 そういやあいつも、春休みに入ってから寝不足っぽかったな。

 でもなんか、妙に機嫌がいいんだよな。


 自分と同じような気がしたが、それなら元気なはずがない。それに妹が同じような夢を見ていたら、それこそ恐ろしい。


「今日はもう、朝まで起きとくか」


 音がない夜が怖くて、つい声を出す。じゃあ歌でも聴くかと思ってイヤホンを探そうとした時、声がした気がした。


 気のせい気のせ……い、じゃない。


 ぞくりとしたが、声は隣からだ。


 なんだよ、寝言かよ。


 そう思ったが、どうやら寝言ではないらしく、ずっとしゃべり続けている。


 妹、だよな?


 これがもし妹じゃなかったら? なんて考えたせいで、俺は部屋を飛び出していた。


 まさか、俺が寝なかったから妹の方に行ったのか!?


 悪い予感なんてはずれろ! そう強く念じて妹の部屋へ乗り込む。

 無事ならいい。勘違いした妹に殴られるぐらい、甘んじて受け入れる。

 でももし苦しんでいたら、助けなきゃいけない。

 俺の行動理由は、ただ、それだけだった。


 あれ?

 普通に寝てる?


 特に変わった様子もなく、薄暗い部屋の中で妹の寝息が聞こえる。

 しかし、囁き声もする。


 なにか、いるのか?


 ごくりとを唾を飲み、声がする場所を探す。

 そして、それはすぐに見付かった。


 スマホ?


 妹のスマホの明かりがついている。それを手に取り、耳を近付けた。


『ずーっと、一緒だよ』

「うわぁっ!!」

「ふへっ!?」


 まさかの言葉に、俺はスマホを放り投げる。それは寝ている妹の体の上に落ちた。

 そして変な声を出した妹が、がばりと起きた。


「うー。なに? なんでおにいがいるの?」

「や、あの、悪い。なんか声がしたから、その……」


 寝ぼけた妹が目を擦り、首を傾げる。

 そしてポンと手を叩くと、妹はすぐ、枕元にあるリモコンで明かりをつけた。


「声、おにいにも聞こえてたの!?」

「俺にも?」

「あのね、本当は自分で言わなきゃいけないんだけど、もう眠くてさ。だからね、録音して2時になったらアラームとして5分間、音声が流れるようにしたんだ」


 まさか……。まさか、なのか?


 妹の言葉の意味がわかりかけたが、きちんと本人から言わせる事にした。


「お前さ、呪いとかかけてんの?」

「はぁっ!? 違うし!! 魔法だから! 言葉は魔法。わかる?」

「わかんねーよ!!」


 ふざけんなよ!!


 今までの悪夢の原因が妹のせいだとわかり、俺の我慢の限界もピークに達しそうになる。しかしそれでも、なんとか堪えた。


「……ちゃんと説明しろ」

「おにいがさ、黒魔術はだめって言ったじゃん? だからね、他の探したんだよ! そしたらさ、言葉は魔法って書いてあるサイト見付けたんだよね。そこにね、『永遠に離れない方法』が載ってたの! あたし、どーしても爽やかくんと同じクラスになりたいからやってみたんだ!」


 屈託なく笑う妹は、俺の怒りに気付かない。


「どんな方法だ?」

「えっとね、好きな人の写真を枕の下に入れて、どうなりたいか声をかけて、最後にずっと一緒だよで終わらせる。それを午前2時から5分間、繰り返すの! そしたらね、離れられなくなるんだってさ!」


 お前それ、立派な呪いじゃん。


 そのツッコミを呑み込めば、別の言葉が出た。


「お前それ、本人に言い続けろよ!!」

「えっ!? そんな恥ずかしい事、言えるわけないじゃん!」

「なんなんだよ! そこで恥じらうな!!」


 寝不足もあって、俺は短気になっていた。

 だから忍び寄る足音に気付けなかった。


「うるさい! 何時だと思ってんの!!」

「「ごめんなさい……」」

「お、お母さん。君が1番うるさ――」

「なに!?」

「ごめんなさい!」


 背後から突然母親の怒鳴り声がして、反射的に俺と妹は謝る。それを止めに来た父親がやんわり割り込んできたが、怒れる母親に勝てる者はこの谷川家に存在しない。

 だから敗北者達には、絶望の説教タイムが訪れた。

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