その個性も魅力のひとつ

 ――帰宅後


「「はぁ……」」


 自宅のソファに座る俺と妹のため息が重なる。


 あれ?

 前にもこんな事があったよな?


 そう思いながらも、俺達が買いに行ったティントリップの店の紙袋を抱える妹の顔を覗き込む。


「なにがあった?」

「……これ、リップだって」


 ガサリと、紙袋を突き出された。


「それさ、欲しいって言ってたじゃん。なのになんで怒ってんの?」

「…………の」

「なに? よく聞こえない」


 紙袋が震え出し、妹の怒りが爆発寸前なのがわかる。だからなだめようと優しい声を出すように意識した。

 それがだめだったのか、妹の顔が険しくなった。


「これ! 選んだって!」

「そうだろうな。選んだからあるんだろ?」

「違う! 1人じゃなくて、1人じゃなくて……!」


 1人じゃない?


 嫌な予感がした瞬間、妹の怒りが爆発した。


「うっ、浮気されたの!!」

「待て待て待て。とりあえず、深呼吸しろ。そうだ。うん。まだまだゆっくり。そうだ」


 浮気ってな、そもそも付き合ってないだろ。

 じゃなくて、どうしてこう極端なんだよ!


 妹の背中をさすりながら、正気に戻らせる言葉を探す。


「とにかくだ。なんて言われたか、話せるか?」

「……自分にはセンスがないから、頼れる人と行ってきたって。でも、決められたのは、あたしのおかげだって、言ってた。頼れるって、化粧品選ぶならさ、女の人しか、いない、よね?」


 痛みに耐えるような声を吐き出す妹の背中をなで続けるが、俺には答えがわかった。


「……あのな、それ、姉じゃね?」

「へっ?」

「俺だってお前と一緒だったじゃん。爽やかくんも姉と一緒だったんだろ」

「……あ」


 ぽかんと口を開けた妹に、俺は念を押す。


「不安になるぐらい好きなのはわかる。爽やかくんも言葉が足りなかったのかもしれない。なら、安心するまでちゃんと聞け。こんな風に怒ったところで、何も解決しないだろ?」

「……でも、嫌われちゃわない?」


 なに言ってんだこいつ。

 家での発言を爽やかくんに聞かせてやりたい。


 普段の妹のむちゃくちゃな考えを、つい爽やかくんに暴露してやりたくなった。けれど、爽やかくんは妹を受けとめてくれる気がした。


「あのな、お前のその決めつけるクセ、やめろ。お前言ってただろ。自由なお前が好きだからそのままでいてって。その言葉を信じろ。爽やかくんはそんな簡単にお前の事嫌いになんかなんねーよ」

「そう、なのかな?」

「それは直接……、いや、これに書いてあるんじゃないか?」


 もしかしたらと、妹の手から紙袋を取り、プレゼントを手渡す。


「ほらこれ、メッセージ付きじゃん。読んでみたら?」


 いったいなにが書かれているのか、俺の方が気になってくる。けれど急かさずに、妹の開封を待つ。

 そして出てきたメッセージカードを見て、妹が読み上げた。


「『純粋・愛らしさ・魅力』って……」

「おっ? 純粋で愛らしいのがお前の魅力なんだな」


 妹のイメージによく合う、オレンジの花びらが閉じ込められたティントリップ。爽やかくんは想像以上に、妹の事をよく見ているのかもしれない。


 あ。笹森さんの弟くんもオレンジって言ってたな。

 元気なタイプが好きなんだな。


 世の男子はこうして頑張っているのかと思うと、励まされる。

 気付けば、俺の気分は回復していた。


「よかったな」

「う、うん。よかった……」

「あのな、何度も言うけど、そこまで不安なら付き合えよ」

「それはしない!」


 妹も笹森さんも、なんでこんなに意思が固いんだ!


 付き合えば解決する事を、あえて修行でもしているのだろうか? そう思えるぐらい、乙女心は複雑なのだけがわかった。

 そんな返す言葉に困った俺へ、妹が嬉しそに笑う。


「だってね、あたしのチョコと告白を待つ時間が楽しいって、言ってくれたんだよ! その間に、もっと僕を好きになってもらえるように頑張るね、だって! すっごい嬉しかった。だからね、あたしも頑張るんだ!」


 うそだろ!?


 同志だと思っていた爽やかくんが俺より上手うわてで、男としての格の違いを見せつけられた気分になった。


「付き合うまでにも、たくさん愛を育む!」

「……そうか。オメデトウ」

「あれ? そういえばなんでおにいは元気ないの?」


 いまさらかよ……。


 正気に戻った妹が心配し始めたが、今の落ち込みは爽やかくんのせいだとは言えず、話題を変える。


「そうか? 俺は元気だ。そういやさ、お前と爽やかくんって高校は一緒なのか?」

「そだよ。だからね、4月からおにいと同じ高校だよー!」


 爽やかくん、後輩になるのか。


 そう考え、俺は尋ねる。


「そういえば、爽やかくんの名前はなんて言うんだ?」


 後輩になるなら名前ぐらい知っとこ。


 そんな軽い気持ちで聞いた俺に、妹は笑い出す。


「爽やかくんは爽やかくんだよ!」

「は?」

「おにいに写真を見せたら『爽やかくん』ってあだ名付けてたって、言っておいたよ!」

「はぁっ!? おまっ、それ言うなよ!」


 見ず知らずの男からそんなあだ名を付けられたところで嬉しくない。なのに、妹の口から暴露されて、俺は焦る事しかできない。


「え? 別にいいっしょ。本人、すごく喜んでたし」

「……マジで?」

「うん。『お義兄さんにそんな風に言ってもらえるなんて、すごく嬉しい。だから僕は、爽やかを極めるね』って笑ってた」


 心なしか、お兄さんに重い響きを感じたぞ?

 それになんか、俺とは属性が違う気が……。


 やはりモテる男子は違うのかと、懐の深さに感謝しつつ、この妹を好きになっただけあって、変わってもいる。

 こうして俺の脳内で、爽やかくんのイメージが更新された。

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