お返し
――ホワイトデー当日
あー、くっそ緊張する。
昨日の夜、笹森さんにメッセージを送った。
放課後、チョコのお礼を渡したいって。
そこまではよかった。
これ、喜んでくれるかな?
そういや、一緒の持ってたらどーしよ。
同じクラスだが教室で渡す勇気はなくて、場所を指定した。それは校舎裏。笹森さんが俺にチョコを渡してくれた、大切な場所。
ひと足先に到着していた俺は、事前に探りを入れなかった失態に気付いてしまった。
そこへ、柔らかな声が響く。
「お待たせ、谷川くん!」
急いで来てくれたのか、笹森さんは頬を赤く染め、乱れた長い髪を手ぐしで直している。
「そんな急がなくてよかったのに」
「私が急いで来たかったから、いいの。それに、本当に遅くなっちゃったし。ごめんね」
「そこまで待ってないから気にしなくていいよ。なにかあった?」
「……その、えっと……」
さっきよりも顔を赤らめた笹森さんが、視線を彷徨わせている。
なんだ?
よくわかんねーけど、可愛い。
挙動不審なのだが、それでも一生懸命さは伝わる。だからこそ、勝手に頬が緩む。
「言いにくい事だったら言わなくていいから」
「違うの! あのね、今日ってホワイトデーでしょ? だからね、友達に、お返し貰う時に、たっ、谷川くんと、ついに……、つ、付き合うの? とか、言われて、質問攻めされてたの……」
人の顔ってこんなに可愛い色で染められるんだとか、だんだんとうつむく笹森さんを見て思った。
あ、だめだ。我慢できなくなる。
つい、本能に従って抱きしめたくなった。
でも、そんな俺の手にはお返しのプレゼントがある。だから、踏み止まれた。
っぶね。
ちゃんと付き合ってるわけじゃないし、いかんいかん。
紙袋のカサリという音で、俺は理性を取り戻す。
だからこそ、笹森さんから教えてもらった事を整理し直す事ができた。
「……そりゃあ、大変だったな。で、なんて返事したの?」
「正直に話したよ。そしたらね、いろんな事言われて、遅くなっちゃった」
頬はまだ赤いが、顔を上げた笹森さんは悲しげな笑みを浮かべた。
「いろんな事って?」
「そんなの谷川くんが可哀想とか、別にバレンタインじゃなくても作り直して渡せば? とか、来年までに谷川くんの気持ちなんて変わっちゃうよ、とか……」
最後の言葉を言い切る前に、笹森さんが今にも泣き出してしまいそうな顔になった。
「他の奴から見たら、そう思うかもな。でも、俺達が納得してるんだから言わせとけばいいよ」
中学校では、同じクラスになった事なんて1度もなくて。
高校で初めて同じクラスになった時、そういや同じ中学だったなって、気になって。
そこから、いつの間にか好きになってた。
本当は、好きって言いたい。
付き合いたい。
でも、笹森さんが決めた事なら、俺はその考えを応援したい。
だからこそ、このプレゼントを選んでよかったと、そう思えた。
「はい。これ、お返し。開けてみてくれる?」
「……うん。ありがとう」
黙って俺の言葉を聞いてくれた笹森さんが、ほんの少し微笑んだ。
「あ、もし同じの持ってたらごめん」
「ううん。もし同じのでも、谷川くんから貰ったものはこれだけだから。一緒じゃないよ」
中身を取り出した紙袋を俺が預かれば、笹森さんは丁寧にラッピングを解きながら、嬉しい事を言ってくれる。
こういうとこが、好きなんだよな。
彼女がふともらす言葉に、いつも心が温かくなる。きっと俺はにやけ顔だろうが、笹森さんはラッピングと真剣に向き合っているので気付かない。
すると、彼女の目が見開かれた。
「これ……、私も欲しかったの」
「私も?」
「あっ。この前のお休みにね、弟と百貨店に行ったの。チョコをくれた子にお返ししたいから付き合って、って言われてね」
おっ。
笹森さんの弟も、俺と同じだったんだな。
あんなキラキラした場所、男は入りにくい。無事に買い物を済ませても、このイメージが変わる事はない。
だからこそ、親近感がわいた。
そんな俺に対して、笹森さんは話し続けている。
「すーっごい悩んでたの。それだけチョコをくれた子が好きなんだなってわかって、なんだか微笑ましかったんだ。でもね、私がお手洗いから戻ってきたらこのリップにするって決めてたの」
「弟くんも頑張ったんだな。何が決め手になったんだろうな」
「『今日の僕はついてる。姉さんの運までもらってるのかもしれない』って言ってた」
「なんか、謎めいてるな、弟くん」
このティントリップにした理由はわからないが、きっと弟くんが贈る相手も喜んでくれるだろう。
そんなに悩んで決めたんだ。想いがたくさん込められているからな。
「たまに不思議な事、言ってるかも。あとね、弟はオレンジの花びらにしてたんだ。谷川くんはピンクにしてくれたんだ。綺麗……」
家族を想う顔をしていた笹森さんだったが、目を細めれば、またほんのり頬が色付く。
「じゃあさ、弟くんが選んだなら、メッセージ付きなのも知ってるよね? それが俺の想いです」
そう。俺はこれを伝えたかった。
どんな反応が返ってくるのか、静かに待つ。
すると笹森さんは、花の色についての意味を読み上げた。
「このピンクの花には、『幸福・感謝・恋の誓い』という意味が込められています……」
「そっ。それが俺の気持ち。笹森さんといる時に感じる気持ち。いつもありがとう。だから、俺の気持ちはずっと変わらないから」
友達から言われた言葉が少しでも薄まるように、はっきりと伝える。それぐらい、俺は笹森さんが好きだから。
けれど、笹森さんは泣き出してしまった。
「……あり、がと……」
「ごめん。俺、変な事言った?」
俺が渡したプレゼントを握りしめる笹森さんの目を濡らすものを、指で拭う。
しかし涙は流れ続けるから、赤く染まる柔らかい頬を両手で包んで、親指で彼女の下まぶたを優しくなぞり続ける。
「ちょっとね、不安になって。でも、谷川くんがそう言ってくれたから、嬉しくて……」
「泣くほど? じゃあまた不安になったらそれ見て。それでも不安になるなら、また俺が直接伝えるから」
そこまで不安なら、付き合う方がいいんじゃないのか?
それなら友達も変な事を言ってこないだろうと、俺は期待を込めて笹森さんに問う。
「笹森さんは友達にそこまで言われて、なんて答えたんだ?」
その返答次第で、俺は笹森さんに告白する。
好きだからこそ守りたい。そう思うのが男ってもんだろ。俺は、笹森さんの笑顔が好きなんだ。つらい顔をさせるぐらいなら、無理にでも付き合う。
名残惜しいが彼女の頬から手を離し、そう決意した。そんな俺の顔を見て、笹森さんがすごくいい笑顔を浮かべた。
「告白は1度しかできないから、思い出に残るものにしたい。私は谷川くんを思いっきり喜ばせたいから手は抜かない! って伝えたの。そしたらね、みんな納得してくれて、応援してくれたの!」
そっちかーー!!
笹森さんにもその友達にも裏切られた。いや、俺が勝手に期待してただけだが。
言われた内容は嬉しすぎるが、これじゃ告白できん……。
意気消沈した俺へ、笹森さんは追撃を食らわせてきた。
「それにね、来年のバレンタインまでに告白したり付き合ったりしないようにって、みんなが祈ってくれてるんだよ! だからね、来年のバレンタインチョコ、谷川くんの想像以上のものを作るから。待っててね!」
そう言い切った笹森さんのうしろの方、正確には校舎の角から、なにかが崩れ落ちた。
笹森さん、友達多いんだな……。
クラスの女子や、他のクラスの子の姿まで見える。
たぶんだが、こっちを覗こうとしすぎてなだれが起きたんだろうな。だからか、みんな気まずそうに半笑いを浮かべ、静かに校舎の向こう側へ消えた。
でもきっと、まだ様子を窺っているはずだ。
「……そっか。みんなが、告白も付き合うのも来年って、祈ってるのか。うん。バレンタインチョコ、楽しみにしとく……」
俺、泣いていいよな?
嬉しそうにうなずく笹森さんを見ながら、俺は心の中で号泣した。
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