デパコス

 結局、俺はネットで調べた。いや、前から調べていたんだ。

 だけどな、『ホワイトデー・お返し』で検索していた。

 それを、ちょっと変えた。

『ホワイトデー・彼からの贈り物』ってワードにした。

 まだ付き合っていないが、両想いなら彼氏みたいなもんだろと、開き直って。これを入力するのが恥ずかしかったが、俺は覚悟を決めたんだ。


 少しぐらい奮発して良い物をあげたい!


 その想いは瞬時に砕かれる。


『あんまり高額なものだと、引く』


「はぁ!? まじかよ!!」


 金かけた方がいいんじゃ――。


 ベッドの上で寝転びながら、スマホへ問いかける。すると、別の言葉が目に入った。


『喜ばせたいって考えてくれた時間が嬉しい。だから金額じゃなくて、私の好きなものとか、想いが込められてるのがわかるものがいい』


 へぇー。なるほどな。

 女子ってそんな風に考えてくれてんだ。


 きっと笹森さんもその内の1人だろうなと思ったら、いつの間にかにやけていた事に気付いた。


 ***


 休日に、俺は妹と一緒に化粧品売り場へ来ている。

 いろいろ調べた結果、いいなと思えたのがデパートコスメだったから。リップなら値段も高くないし、ほら、こんな場所、ただの男子高校生には入りにくいし? 

 だから、妹の存在が心強い。

 

 くっそ眩しい。

 なんだここは。

 すべてがキラキラしてるぞ。


 こんな場所に縁がないどころか興味すらなかった俺は、早々に後悔しそうになった。


「ねーねーおにい、あれ、可愛いね!」

「あ、あぁ、そうだな」


 だけど妹は違った。

 変なところはあるが、やっぱりお年頃なのだ。

 そんなはしゃぐ妹を見ていたら、緊張がほぐれた。


 笹森さんに喜んでほしい。

 そのために、新世界を楽しめ!!


 俺は勇者にでもなった気分で、未知の領域へ足を踏み入れる。どこを見ても光があふれているが、妹という魔法使いと共に歩き続け、目的地へ到着した。

 するとすかさず、女神が話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。本日はなにをお探しですか?」

「えっとですね、このリップ、ありますか?」

「こちらはいくつかの種類がありますので、ご用意しますね。よろしければおかけになってお待ち下さい」


 うそだろ。

 俺の妹がこんなまともな会話ができるはずがない。


 スマホを見せながら話す妹に、失礼な感想を心の中で呟く。

 妹は可愛い。でも少し変わってる。

 だってな、チョコ作りに黒魔術を使用しようとしてたんだぞ? だから魔法使いって設定にしたんだ。

 それなのに、女神という店員さんときちんと会話している。この事実に衝撃を受けた俺は愕然としたまま女神に導かれ、祭壇のようなカウンターを拝む為に用意してあるみたいなイスに腰かける。座り心地は抜群だ。


「可愛いのたくさんあるね。あっ! あのグロスもいいね。でもティントリップの方が色落ちしないから、おにいの選択は間違いじゃないよ」

「……ありがとな」


 今だけは、兄妹の立場が逆転している。


 そうだ。

 いつだって妹は俺を元気付けてくれる存在だ。

 だからこそ、感謝しないとな。


 いつも振り回されっぱなしで忘れていた大切な想いを思い出して、俺は笑顔を向けた。


 ***


「ありがとうございました!」

「いえいえ。今の時期、男の子は頑張らなきゃですからね」


 妹が眩しい笑顔でお礼を言えば、女神は俺にウインクしてくれた。


 今日選んだリップは、体温で色が変わるガラス細工のような透明のティントリップ。中には花びらが入っている。その色の意味が書かれたメッセージカードを添えて、ラッピングしてくれた。

 こんな場所が初めてだって向こうもわかっているはず。それなのに、最後までとても丁寧に説明してくれた本物の女神のようなこの人には、感謝しかない。


「ありがとうございます。頑張ります」


 俺の知らない妹の姿も見れたしな。


 妹と女神から勇気をもらい、俺は力強くうなずいた。



「喜んでくれるといいね!」

「ありがとな、付き合ってくれて」

「いーよー。あたしも花びらが入ったあのティントリップ、欲しかったなぁ」

「今からでも買いに戻るか? 今日のお礼に買うぞ?」

「ううん。いらない。あたしも好きな人からプレゼントされたいなって、思っただけ!」


 化粧品売り場を歩きながらそんな事を言う妹に、俺はなんだか子離れする親のような気持ちを味わった。


 いっつもよくわからん事ばかり言ってたから、俺がしっかりしなきゃって思ってた。

 でも妹は、ちゃんと成長してたんだな。


 もう、そこまで世話を焼かなくてもいいかもしれない。

 そんな想いを胸に、これからは見守る事に徹する時間を増やそうと、そっと決意する。

 その瞬間、俺の左耳が男のささやき声を拾った。


「花びらが入った、ティントリップ……」

「あっ! ちょっとトイレ行ってくる!」

「おいっ! 前見ろ前! ってかトイレはそっちにあるのか!?」


 右隣りにいた妹がいきなり走り出し、俺も慌てて追いかける。


 こういうところは変わんねーのかよ!


 いつも通りの妹に心の中でツッコミながら、どこかホッとしている俺がいた。


 そういや、なんかめっちゃ爽やかな声がしたけど、俺と同じようにホワイトデーのお返しに悩んでた奴でもいたのか?


 妹の好きな爽やかくんにぴったりの声だったなと、ふと思った。

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