谷川さんちのご兄妹〜日常編〜
ソラノ ヒナ
ホワイトデー
相談
俺は今、悩んでいる。
寝転んでいる自室のベッドはこんなにも柔らかいのに、俺の頭は固くて、いい案が浮かばない。
悩みの原因は、ホワイトデーに渡すプレゼントだ。
まさか俺の好きな笹森さんから本命チョコを貰えるなんて、思ってなかったし。
まぁ、両想いのまま、来年のバレンタインまでお付き合いどころか、告白すらだめだけどな……。
シンプルなチョコじゃなくて、すごいチョコを作ってリベンジする。その時に私の気持ちを伝えるからと言った笹森さんを思い出し、俺の胸が苦しくなった。
はぁ……。
付き合いたい。
手とか繋いで、登下校したいじゃん。
『谷川くん、おはよ! そ、その、今日も、好き、だよっ!』
俺だって好きだよ!!
思わず自分の妄想に虚しい返事を叫ぶ。
悲しい事に、笹森さんの姿はハッキリと浮かぶんだ。
大きな目をキョロキョロさせて、さらっとした長い髪を落ち着きなく触る。顔は真っ赤で、反対の手はブレザーの裾をぎゅっと握っている。
普段は穏やかで、なおかつ前髪を分けているから綺麗な印象が強い。だけど、照れている笹森さんは可愛さの塊だ。
落ち着け、俺。
来年だ。来年までの辛抱だ。
そうしたらこんな妄想しなくとも、現実になるんだ。
だからきっと我慢した分、笹森さんと過ごす時間はチョコ以上に甘くなるはずだ!
それに、笹森さんの気持ちを無視したくない。
こんな気持ち誰にもわかんねーよな……って、笹森さんと同じ事を妹から言われた爽やかくんも、きっと同じか。
妹は妹で、ほぼ俺が作ったチョコを渡した事を反省し、好きな奴からの告白を断った。
そして笹森さんと同じく、来年は自分でキャラチョコ作りをして、告白し直しだ。
まったくもって、乙女心というやつがわからん。
これを理解しないと、付き合ったあとも大変なんだろうか?
………………だめだ。考えてもわからん。
あー、同じ立場の爽やかくんと、同志として語り明かしたい。
3人寄れば文殊の知恵じゃないが、1人よりは2人で話した方がわかる事もある。だから俺は、妹の好きな相手の爽やかくんを思い浮かべる。
確か……、さらっとした髪で、少し長めだったな。
で、目はきりっとしてたけど、優しい感じ。あれはいつも微笑んでるな。たぶん。それぐらい、爽やかで柔らかい表情だった。
あれはモテるの、わかる。
写真でしか見た事のない爽やかくんの顔を、なんとか頭に描く。
そういや妹と同じ中学だから、俺の後輩だったんだな。
そう考えた時、いきなりドアが開いた。
「おにい、この漫画の続き貸して」
「お前さ、年頃の男子の部屋なんだぞ。ノックぐらいしろよ」
「え? ここはおにいの部屋だよ」
「そういう意味じゃねーよ!!」
親しき仲にも礼儀あり! とかグチグチ言いたいところだが、今の俺にそんな気力はない。
なんで兄妹なのに、こんなに考え方が違うんだ?
似ているのは容姿だけ。
妹も俺もくせっ毛。俺は伸びてくると寝癖がひどい。今ぐらいの短さがベストだ。対して妹は肩までの長さなのに、上手くセットできている。これは謎だ。
あとは猫目に大きめな口。
身長は俺の方が高いから、兄妹って言わなくてもわかってもらえる。これが逆転していたらと思うと、恐ろしい。こいつを姉にされるのは願い下げだ。俺は170センチぐらいだが、妹は160センチないから、追い抜かれる心配はない、はず。
そういや、笹森さんと妹は同じぐらいの背の高さだな。
……違う。
俺が今考えなきゃいけないのは、ホワイトデーの事だけだ!!
平然と部屋の中へ入ってきた妹を見ながら、ベッドから体を起こす。
そして、本棚を漁る妹に救いを求めた。
「次から気をつけろ。でだ、ちょっと聞きたい事がある」
「なにー?」
こちらを見る事なく答えた妹に、俺は恥じらいを捨てる。
「あのさ、女の子って好きな男からプレゼント貰うなら、どんなのが嬉しい?」
自分で好きな男とか言っちゃう俺に、ゾワゾワした。なにこれ、恥ずかしすぎてキモチワルイ。1人だったら枕に顔を押しつけてワーワー言いたいところだが、妹がいるので我慢だ。
そんな俺の努力なんか知らない妹が「うーん」と悩み、漫画を探す手を止めた。
「首輪とか?」
「は?」
聞き間違いか?
あまりのパワーワードに、俺はしばし考える。
「お前、指輪って言ったのか?」
「えっ? 首輪だよ、く・び・わ! おにい、ちゃんと聞いてよー!」
うん?
今どきの女子って束縛系が好きなの?
いやなんかそういうの、クラスの女子が話してるのが聞こえてくる事もある。
でも、拘束道具必須なの?
えっ? 俺がおかしいのか?
あまりにもあっけらかんと言い放った妹の言葉が正しいように思えて、うろたえた。
でも、真実を知りたい。
だから俺は、禁断の扉を開いた。
「首輪贈られたら、嬉しいわけ?」
少しだけ、俺の声が震えた。だってな、首輪ってなんだよ。言葉にしてみてわかった。
どう考えても、おかしい。
いつもならすぐに気付く。なのに、ホワイトデーの事で悩みすぎて頭が回ってない。つーか、首輪とかとんでもない言葉のせいで脳みそが狂わされたんだ。
そう納得した俺は、激しく後悔していた。
相談する相手、間違えたんじゃね?
そんな俺へ、お目当ての漫画を引っ張り出し終えた妹が笑顔を向けてきた。
「そうだよ! あのね、えっと……、あっ!」
漫画の山をうまく抱えて立ち上がった妹の目が輝く。
「『これをつけて逃げられなくして、どこかに閉じ込めてしまいたい。それぐらい、俺はお前を愛してる』って言えば、なお良し!」
「は?」
妹の理想か? 女子の理想なのか?
これ、世の男子が言うわけ?
言うわけねーだろ!!!
なんだそれ!?
俺はもっと健全なお付き合いをするんだ!!
疲れも吹き飛ぶほど、妹の言葉は俺の心を刺激した。だから、その想いをはっきりと口にする。
「それ、爽やかくんから言われたいの?」
「爽やかくん?」
「あ、お前の好きな奴の事」
つい、勝手につけたあだ名で呼んでしまった。ま、これは大した問題じゃない。
重要なのは、妹の返事だ。一言一句も聞き逃さないよう、俺は心を鎮める。
「あたしの好きな人がそんな事言うわけないじゃん!」
「じゃあ今のセリフはなんだよ!?」
穏やかな海のようだったはずの俺の心は、一瞬にして大荒れだ。
でもこれがいつもの妹ワールドだからしかたない。声を荒げたのは許せ。
しかし妹は気にしていないようで、笑顔のままだ。
「あ、今のセリフね、クラスの女子の間で流行ってる漫画のセリフ! 無口なんだけど彼女溺愛しすぎて行動に出ちゃった彼氏の話! みんなキャーキャー言ってるから、おにいも言ってみなって!」
「言わねーよ!!」
こいつ!
俺になにさせようとしてんだよ!!
なんなの!? 俺の青春終わらせてーのか!?
とは言えず、大きく深呼吸してやり過ごす。
そして、優しい声を出すように努めた。
「お前さ、爽やかくんにそんな事言われたらどーすんだよ。ドン引きだろ?」
「絶対言わないし。自由なあたしが好きだからそのままでいて、って言われたもん」
たとえばの話を一蹴すんな!
少しは想像力を働かせろよっ!!
それにな、自由にもほどがあるんだよ!!
言っちゃ悪いが、爽やかくんはこんな妹のどこに惚れたんだ?
いつか会えたら、聞いてみたいもんだ。
いったいなんの話しをしていたか思い出せなくなった俺は、いつか妹の彼氏になる男子の人生の選択を心配した。
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