クラス分け

 夢と同じく、よく晴れた日。

 今日は始業式だ。普通なら、どこかソワソワした気持ちになるのかもしれない。

 でも俺は、ビクビクしながら学校にたどり着いた。

 あの悪夢は妹にやめろと注意してから見なくなった。けれど、記憶は残ってる。

 だからこそ、現実になりそうで怖い。


 普通に人いるし、大丈夫だよな。


 夢とは違い、昇降口には人だかり。

 みんな、壁に貼られたクラス分けの紙を見てる。

 それを眺める俺の肩が、誰かに叩かれた。


「はよ、谷川!」

「あ、稲田いなだか。おはよ」

「どした? なんか変だぞ」

「いや、なんでもない」

「そう? そだ! 俺ら、また同じクラスだからな!」

「おー。よろしくな」


 稲田はいつも明るい。だからか、元気のないやつを気にかける。

 まさに今の俺がそうだ。だからこそ、まだ心配そうにこっちを見ている。


 なんか、犬みたいな顔してんだよな、稲田って。


 必要以上にキラキラした目をする稲田にそんな感想を抱けば、背後から笹森さんの声がした。


「谷川くん、稲田くん、おはよう!」

「お、おはよ!」

「はよー! じゃ、俺先行くわ!」


 嬉しいはずなのに、夢のせいで俺の肩は大げさすぎるほど揺れる。それに対して、不思議そうな顔をした笹森さんと目が合う。だから一応、笑っておく。

 すると、稲田が爽やかに立ち去った。いや、顔は完全にニヤニヤしてたけどな。俺の事情をよく知ってるからな、あいつ。


「行っちゃったね、稲田くん」

「あー、あれはほら、俺達に気を遣ってくれたってやつだ」

「えっ? あ……。そっかそっか!」


 きょとんとした顔が、ぽっと赤くなる。この表情、可愛すぎ。


 夢は夢。

 現実の笹森さんはいつも通りだ。


 そんな当たり前の事にようやく気付けて、肩の力が抜けた。


「そういや、笹森さんは何組だ?」

「私まだ探せてない。谷川くんは?」

「稲田と一緒らしいけど、何組かは知らない……。あ、あった」

「何組?」

「2組」


 稲田の名前から探して、俺のクラスはすぐに見付かった。続けて、笹森さんの名前を探す。


 同じクラスだったらいいな。


 そう思って、2組の女子の名前から目を通す。


「「あった!」」


 笹森さんと同時に見付けたようで、ぴったり声が重なった。


「やった!」


 小さな声で喜ぶ笹森さんに、俺もさらに嬉しくなる。

 すると彼女はちらっとこちらを見て、もじもじし始めた。


「どうしたの?」

「えっとさ、谷川くん、私と一緒で嬉しい?」


 周りの騒めきに消えてしまいそうなほどの小さな声だったが、俺の耳にはしっかりと届いた。

 だって、夢で言われ続けた言葉だったから。


 これは夢じゃない。


 そう自分に言い聞かせても、不安が残る。だからあの記憶を塗り替えたくて、俺はあえて夢と同じ返事をする事にした。


「笹森さんと卒業までずっと同じクラスなんて、死ぬほど嬉しいよ」


 周りには人がいるから、笹森さんの耳元に直接届ける。恥ずかしすぎるが、普通の声の大きさで言うよりはマシだ。


 あれ?


 確実に自分の顔が赤くなっているのはわかるが、笹森さんは耳まで真っ赤だった。それを隠すように、彼女は素早く手で耳を覆う。


「……ちょっと、びっくりしちゃって……」

「……ごめん」


 震える声に、やりすぎたと思って謝る。

 だけど、もっと言いたい。

 こんな顔、もっとさせたい。

 そう、俺の本能が働きかけてくる。


 まずい。


 理性が壊れそうになる俺に、笹森さんが驚いた顔を向けてきた。


「違くて! 私も、同じ気持ちだから」


 あ、無理だ。


 もっと頬が染まった笹森さんの唇の色が、濃いピンクに変化していく。それは俺がホワイトデーにあげたリップのせいだと気付いて、たまらなくなった。

 そんな彼女の唇に触れようとした瞬間、俺の手が思い切り叩かれた。


「いって!!」

「はいはーい。そこまでです」


 俺に攻撃してきたのは、杉崎すぎさきさん。彼女も1年の時、同じクラスだった。


「やりすぎだろ!?」

「えー? 谷川くんに言われたくないんですけどー? やりすぎなのは誰でしょうねぇ?」

「うっ……」


 くそっ。見られてたのか!!


 弱みを握られた気がして、なにも言い返せない。笹森さんなんて、固まったままだ。


「ち・な・み・に、わたしも一緒のクラスだからね。来年のバレンタインまでしっかり監視しまーす!」

「そんな情報いらねーよ!」


 ちくしょーー!!


 どこまでだったらセーフなんだ!? と考える俺を放って、杉崎さんはポニーテールを揺らしながら、笹森さんの手を引いて歩き出した。


「えっ! あ、いつから見てたの!?」

「全部見てたー。谷川くんもやっぱただの男だし、気を付けなよー?」

「そ、そんな事ないよ! 杉崎ちゃんの気にしすぎ!」

「笹森ちゃん、男はみんな狼だ」


 いらん情報を吹き込むな!


 これ以上自分の株を下げられる前に、俺は急いで2人のあとを追いかけた。


 ***


 ――次の日


 妹は無事に入学式を終えたようで、慌ただしく俺の部屋に入ってきた。


「ただいま、おにい! あのねあのね!」

「待て待て待て! 今こいつ倒せそうだから!」


 今までセーラー服だった妹が、俺と同じ高校のブレザーの制服を着て、はしゃいでいる。

 入学式、在校生は休み。生徒会とかは休めないけどな。普通の生徒の俺は休みを満喫する為、ゲームに勤しんでいる最中だ。


「先に着替えてこいよ」

「着替える前に言いたいの!!」

「わかったわかった! とりあえず腕を掴むな!」


 こうなると話を聞くまで諦めないからな。


 なんとかゲームを中断し、なぜか正座をしている妹に向き合う。


「なんだ?」

「あのね! あの魔法効いたの!」

「魔法って……。爽やかくんと同じクラスだったのか?」

「それそれ! やったー!!」


 嬉しそうにハイタッチを求められ、俺も笑ってそれに応える。


「魔法なんかなくても、同じクラスだったんじゃね?」

「そんな事ないよ! やっといてよかった!」

「でもな、あれは2度とやるなよ」

「うーん、でも……」

「やるなやるな。お前の想いの強さの勝利だ。だから、普通に声に出すだけでいい。それだけでいけるだろ」


 妹が同じ事をしないように、必死に話の流れを作る。そうでもしなければ、俺の安眠は永遠に失われるからな。

 その熱意が伝わったようで、妹が頷いてくれた。


「おにいの言う通りかも。言葉は魔法なら、言うだけでよさげだね」

「そうだ。じゃ、着替えてこい」

「らじゃ!」


 言いたい事を言い終えたからだろうが、妹はすぐに部屋から出て行った。


 言葉は魔法、か。

 間違いじゃないかもな。


 もしかしたら妹のおかげで、俺も笹森さんと同じクラスになれたのかもしれない。そんな事をふと考える。でも、あんな悪夢は2度とごめんだけどな。

 そして俺は、いまさら肝心な事を思い出した。


 あ。笹森さんの弟の事、聞き忘れた。


 昨日、笹森さんから自分の弟が入学してくる事を聞いた。だから俺も、妹も同じだと伝えた。


 ま、いっか。

 笹森さんの弟まで妹と同じクラスなんて事はないだろ、きっと。


 妹の入学祝いで、今から焼肉の予定だ。だから俺も気持ちを切り替えて、ゲームを終わらせる為に急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る