カップル誕生

 妹と一緒に、かなり早く家を出た。まだまだ寒いが、チョコが溶けない安心の気温である。


 待ちに待ったバレンタインデーだ。

 しかし今は妹のチョコを守る任務を成功させるぞ!


 昨日、妹のチョコ作りを見守りつつ、必要な道具を渡したり洗い物を引き受けたりなどして、1日がかりで完成させた。やはり緊張していたのもあり、やり直して時間もかかった。

 それでも妹だけで作り上げた、爽やかくんに贈るチョコレートだ。どこも欠ける事なく、見た目も味も堪能してもらいたい!


 だから細心の注意を払う。

 しかも、去年も早朝に渡したからと、朝イチでチョコを渡して告白する予定だ。

 だから、妹の動きがぎこちない。こればかりはしょうがないので、俺が頑張ればいい。


「あっ!!」

「ん? あれは……!」


 無事に電車から降りて、通学路を歩く。チョコはかなり大きいので俺が運び、妹には周りを見てもらっていた。

 しかし、妹が立ち止まる。俺にも理由がすぐにわかった。


「おはようございます!」

「おはよう!」


 こんな早くから会うなんて!


 うちの高校は朝の7時から開いている。だからそれに間に合うように、俺と妹は家を出た。

 そして、爽やかくんには7時30分に調理室で待ち合わせと伝えている。なのに、彼と笹森さんは笑顔で手を振っている。


「なっ、なんでいるの?」

「待ちきれなかったのと、姉さんのチョコの護衛なんだ」


 でかっ!


 妹が爽やかくんに尋ねれば、彼が持っている大きな箱が目に入る。俺と爽やかくんは同じ任務をこなしている最中なのだろう。

 しかし、妹のチョコは縦に長いが、笹森さんのチョコは横に長い。ホールケーキの容れ物みたいに見えるが、中身は笹森さんの愛情がたっぷり閉じ込められているはずだ。


「笹森さんも調理室の冷蔵庫使うの?」

「そうなの! 谷川くんへ渡すのは放課後って決めてるから」


 くっ!!


 俺の質問に、頬を染めた上目遣いの笹森さんが答えてくれる。その反応に、俺の心臓は鷲掴みにされた。


 ついに、ついになんだ!!


 今日までよく我慢した。

 その努力が報われる瞬間を想像して、幸せを噛みしめた。


 ***


 上手くいくと知っていても、妙にソワソワする。それは笹森さんも同じようで、彼女の場合は教科書を何度も出し入れしていた。


「どうなっただろうな」

「どうなったかな?」


 俺が声をかければ、笹森さんは心配そうに廊下を見た。


 みんなで調理室へ向かい、笹森さんのチョコを冷蔵庫にしまってから、急いで自分達の教室を目指した。それから30分は経つ。

 あの2人の場合、すぐに結果を報告してきそうだが、スマホは静かなままだ。


 爽やかくんもようやく彼氏になったし、甘いひと時を過ごしているのかもしれない。


 チョコだけにな。なんて下らない事を考えれば、廊下からすごいスピードで足音が近づいてきた。


「おにい! お義姉さん!」


 ガラッとドアが開けば、顔を真っ赤にした妹が教室へ入ってきた。


「無事、お付き合いする事になりました!」

「やったな!」


 お祝いを告げれば、「おめでとう!」と笹森さんも涙ぐむ。

 しかし妹は、立ち上がった俺達の背に隠れた。


「なにしてんだ?」

「あ、あのね、もう無理!!」


 笹森さんと顔を見合わせれば、遅れて爽やかくんが登場した。


「姉さん、お義兄さん。これからも谷川さんを大切にします。だから、こちらへ引き渡してくれますか?」


 幸せそうな笑みを浮かべる爽やかくんが、俺達の目の前で足を止める。だからお祝いの言葉を伝えた。

 けれど、妹が震えているのがわかり、この状況がさらに理解できなくなった。


「なにをしたの?」


 聞きにくい事を、笹森さんが率先して尋ねてくれる。爽やかくんに限ってまさかだとは思うが、欲求もあるだろう。我慢した分、暴走したのかもしれない。

 だから返答次第で、爽やかくんから守らねばならないと、覚悟を決める。


「写真を撮りたかったんだ。チョコと一緒には撮ったんだよ。そのあと、2人だけでも撮りたくて……。その時、僕が――」


 頼む。

 フォローできる範囲の事であってくれ!


 神妙な顔で笹森さんに答える爽やかくんを信じたい。だから、祈るような気持ちで続きを待った。


「谷川さんの肩を抱き寄せてしまって。ごめんね、谷川さん」


 ………………は?


「肩、だけ?」

「はい。つい……」


 本当に申し訳なさそうな顔をする爽やかくんに対して、俺は力が抜けそうになる。


 運動会でお姫様抱っこされたくせに、まだ触れ合うのはだめなのか。

 ならば、荒療治だ。


 肩ぐらい、減らない。それに悪気があった訳じゃない。むしろ、これで謝ってくれる爽やかくんに感謝しろ! そんな気持ちのまま、俺は振り向く。


「お前がちゃんと話を聞け。あとな、恥ずかしいからって逃げるな。傷付くだろ?」

「わ、わかってるんだけど……」


 真っ赤なままの妹を前へ押し出し、爽やかくんと向き合わせる。笹森さんが目配せして、少し離れた。しかし、俺はやらなきゃいけない事があるので、その場に残る。


「謝らなくていいよ。あたしもね、徐々に慣れていくから。ごめんね」

「いいよ。嬉しくなっちゃった時、僕も気を付けるから」


 これで解決なのだろうが、俺はあえて心を鬼にする。


「爽やかくん、両手広げて」

「え? こう、ですか?」

「そうそう」

「おにい、どうしたの?」


 爽やかくんは戸惑いながらも、素直に動いてくれた。しかし妹は俺を見上げる。

 その瞬間、妹の背を強く押した。


「受け止めてくれ!」


 俺の声に反応したのか、爽やかくんが驚き顔で妹を包み込む。


「谷川くん、やりすぎじゃ……!」


 最初に反応したのは笹森さん。焦った声が聞こえるが、俺は前だけを見る。


「どんなに叫んでもいい。だから、逃げるなよ?」


 今後、不意に触れただけで逃げ回ったら爽やかくんが大変だ。なので慣れるしかない。

 それに、妹は嫌なわけではないのだ。


「谷川さん、大丈夫?」


 爽やかくんの顔がどんどん赤くなるが、妹は湯気が出そうなぐらい耳まで染まっている。

 けれど、腕の中でびくりと肩を揺らしただけで、妹は耐え抜いた。


「ぎゃーーーーーっ!!!」


 たっぷり10秒は固まっていたように思えた。

 しかし、絹を裂くような声とは程遠い叫びを発し、妹は白目をむいた。

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