リベンジバレンタイン

妹のチョコ作り

 笹森さんと将来の夢を決めた日から、時間が足りなくなった。

 お互いの家でチョコ作りをしたり、自分達が通うと決めた専門学校のイベントに参加したりもした。


 笹森さんのご両親からはなぜか可愛がってもらい、『いつ来てもいいから。娘は任せたよ』と応援してもらっている。


 そして今まで気付かなかったが、近所にあるショコラティエのお店も見つけた。

 ただのケーキ屋さんだと思っていたのだが、今でもコンクールで受賞している人が夫婦でやっているのを知って、いろいろ教えてもらっている。


 目標がはっきりしたからか、必要な知識や情報が得られやすくなったように思える。


 でも今さら気付いたが、クリスマスも一緒にケーキ作りをしたし、初詣もお互いの夢が叶いますようにとお願い事を伝える仲にまでなっている。


 が、彼氏彼女が過ごす甘い空気はなかった気がする。俺には男としての魅力ってあるのだろうか? と心配になるが、これは付き合ってから挽回するしかないのかもしれない。


 なので2月に入り、妹のチョコ作りの練習に集中する日々を送っている。


「おにい! でーきーたー!!」

「やったな!!」


 パァン! とキッチンでハイタッチする。

 それぐらい、妹の地球儀チョコには苦戦したのだ。


「あとはこれを、前日にも作れるようにしなきゃ!」

「そうだな。でもな、これだけじゃだめなのか?」

「だめ! 中身は惑星チョコ詰めるんだから!」


 まぁ、小さいから大丈夫か……?


 世界地図を描くからと、大きな風船を使って作った地球儀チョコ。その中にまだ細工をしようとする妹は可愛らしい。

 でもどれくらいの量を考えているのか、それが問題だ。


「地球儀と違って作りやすいだろうが、数はどうするんだ?」


 地球儀チョコは薄すぎると割れる。何度も試行錯誤して、ベストな厚みを探した。だが、中身は空。そこへ惑星チョコを入れた時、簡単に壊れてしまうかもしれない。

 だから、壊れない個数を早く試しておきたいのだ。


「あのさ、太陽系だけでいいと思う?」


 ん?


 本物の惑星をモデルにしようとしているのに気付き、腕を組む。

 いつもならひと段落した時、父親と母親が妹の試作品を堪能している時間だ。けれど、今日は本番のように作らせると伝えれば、気を遣って外へ出かけてくれた。

 だから、つっこみ役は俺だけ。


「リアルな惑星作る気か?」

「ううん! もうそこまで練習する時間ないし、色だけそれっぽいのにするよ」

「それなら8個だよな?」

「そう! 問題はそれだよ!!」


 まるで大事件が起きたような言い方をした妹だが、俺はこれからいったいなにを聞かされるのかが気になり、ごくりと喉を鳴らす。


「あのさ、冥王星って元々惑星扱いだったよね? だからさ、数に入れようかなって。でもそうするとね、他にも認知されてる準惑星があって、それも入れよっかなって思ったんだ」


 いや、今の太陽系の惑星だけでいいだろ。


 こだわりすぎれば、ものすごい時間を要する。だからはっきり意見を伝えようとしたのに、妹が喋り続ける。


「でもさ、認知されていない惑星もあるんだよ。それも作ってあげないと、仲間外れっぽくない?」

「仲間外れって、お前な。どれだけの数になるんだよ」

「天の川銀河だけでもね、200〜400億の星が推定されてるんだって! だからそれ以上かな!」

「作れるわけねーだろ!!」

「めっちゃ小さくしたらいけるかもしれないじゃん!」


 あああーーー!!!


 今すぐ不可能を可能にしようとする妹の脳みそに小さな惑星チョコをぶち込んでやりたい。そうしたら訳がわからない事を言われても『頭の中、チョコだもんな』って、軽く流してやるのに!

 でも心の叫びを押さえ込み、冷静を装う。えらいぞ、俺!


「あのな、もし仮に小さな惑星チョコを詰め込んだとしても、中身を食べる爽やかくんが大変だろ? それに穴明けたらそこから一気にこぼれるだろ」

「そうかな? 星が流れ出てくる仕掛けもロマンがあると思わない?」

「思わなねーよ!!」


 俺の努力は虚しく消え去り、心のままに却下を言い渡す。

 すると、妹はなぜか頷いた。


「まぁ、そこまで作る時間がないって、あたしだってわかってるって!」

「お、おう……」


 作る時間よりもできると思う発想力は物語作りに向けろよ。


 イラッとしつつも、急に現実に戻されたような気分になり、言葉を飲み込む。

 それなのに、けらけら笑っていた妹が真剣な顔で、ビシッとこちらを指差した。


「やっぱり1番の問題は、仲間外れができちゃう事だと思わない? そんな悲しいチョコをもらって、爽やかくんは喜んでくれると思う!?」


 振り出しに戻った!!


 仲間外れはよくない。でもわざとではない。

 妹の優しさが妙なところに発揮されてしまった。お兄ちゃんは真っ直ぐに育ってくれた事を誇りに思うぞ。

 しかし、この話題は無理やり終わらせるしかない。埒が明かないからな。


「言ってる事は間違いじゃない。だけどな、チョコは想いを込めて作ればいいんだ。そうすれば、悲しいチョコなんて存在しない!!」


 どうだ!?


 きっと、この勢いで妹は流される。そうに決まってる。

 半ば投げやりだが、うちの妹はこれで丸め込めるのだ。それが証明されたように、妹の目が輝いた。


「そうだよね。あたしが作るのはチョコだもんね。惑星じゃないもんね!」


 よっしゃ!!


 俺の考え通り、妹は納得してくれた。

 それにしても惑星を作る立場に立とうとしていたとは。そんなのは神様に任せておけばいい。


「つーわけで、惑星チョコは8個な」

「らじゃっ!」


 ぴしっと敬礼した妹が、惑星チョコを作るために動き出す。

 けれど俺にはずっと、ある疑問があった。


「あのさ、やる気になってるとこ悪いんだけど、その大きなチョコ、学校のどこに保管しとくんだ?」


 前日に作るのまではいい。我が家の冷蔵庫もスペースは確保した。

 しかしバレンタイン当日は平日だ。

 運ぶのは手伝えても学校に置く場所なんてあるのだろうか?

 それをずっと考えていた。

 

「あ、このチョコはね、調理室の冷蔵庫に入れておいてもらえるの! なんと、1番をゲットしたのです!!」


 ピースサイン付きで、妹が笑顔で説明してくれる。でも、意味がわからないものもあった。


「1番ってなんだ?」

「なんかね、先生にチョコの相談をした子だけにしか教えてないらしいんだけど、毎年調理室の冷蔵庫は貸してるんだって。でもね、先着順なの! で、おにいのおかげで早めに相談できたんだよ! ありがとね!」


 うちの学校らしすぎる。


 先生達は生徒達と一緒に行事を楽しむ傾向にある。でも、ここまで協力的だったとは。

 それなら心配ないかと、ようやく俺もほっとした。

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