第32話 ライバル
雅と約束をした三日後の放課後、校門の前でウキウキしながら俺は雅を待っていた。
今日は剣道部が休みの日、つまり雅が依然した約束を果たしてくれる日なのである!
いやー、楽しみで仕方がない。
一説によれば、年上の男性とは魅力的に見えるらしいし、今日は年長者として若き少女たちを引っ張りたいところだ。
しかし、浮かれていることをバレてはいけない。
あくまでクールに、されど話しかけやすいようにフランクに行きたいところである。
そうこうしている内に、雅が俺の方にやって来た。彼女の後ろからは三人の女子がどこか緊張した面持ちで付いてきていた。
なるほど。
どうやら、今日を楽しみにしていたのは俺だけじゃないらしい。
女子の比率が多い学校とはいえ、当然恋に憧れる子も多いのだろう。きっと、彼女たちも先輩である俺に会えるこの日を楽しみにしていたに違いない。
「やあ」
「……なんだその笑顔は」
爽やかな笑みを浮かべながら軽く手を挙げると、雅が気持ち悪いものを見るような目で俺を見てきた。
おい、やめろ。
今日は爽やかイケメンという設定で行くんだから、そんな表情を見せるな。
「ははは、雅は変なことをいうな。いつも通りの笑顔じゃないか」
「止めた方がいいぞ」
こいつ……!
雅が軽く引いているせいで他の女の子たちだって混乱しているじゃないか。
「剣崎さん、この人は?」
雅と話していると、雅の後ろにいた女の子の一人が雅に話しかける。
俺としたことが自己紹介を忘れていた。
第一印象は大事だからな、爽やかな笑顔と明るめの口調で好印象を植え付けたい。
名前を言うのは当然として、趣味とかも言った方がいいだろう。
ユーモアがあるところを見せるために、小ボケを混ぜてもいいかもしれない。
「こいつは花井陽翔。モテモテになりたいらしくてな、あんたらに会いたいと私に頭を下げて来た私の先輩だ」
「「「……え?」」」
「ちょっと待ったあああああ!!」
慌てて雅の肩を掴み、女の子たちから離れる。
「お前、何言ってくれてんの!?」
「事実だろう」
「事実だとしても言っていいことと悪いことがあるだろ! さっきの説明だと完全に俺は下心丸出しの情けない先輩じゃねーか!」
「事実だろう」
「事実じゃないと言い切れないのが悔しい!!」
その後、雅の発言を必死に訂正しながら自己紹介したが、案の定女の子たちは俺から一歩離れていた。
ちくしょう……。俺の後輩モテモテ計画が……。
いや、まだ諦めるには早い。ここからなんとか挽回していくんだ。
「で、何処に行くんだ?」
「ああ、じゃあ――」
「け、剣崎さん! え、駅前のスイーツ店に行きませんか?」
どこか喫茶店にでもと言おうとしたが、その言葉に被せるように一人の女の子が声を上げる。
「甘いものは苦手だ」
「あ、そ、そうですか。ごめんなさい……」
おいおい、こいつ何言ってんだよ。
折角提案してくれた女の子もシュンとしちゃったじゃねえか。
全く、ここは先輩として雅を導くとするか。
「雅、お前が甘いもの苦手なのは分かるが、折角誘ってくれたんだしたまにはいいだろ。それに、スイーツ店と言えども甘さ控えめの品だってあるぞ」
「……それもそうだな」
先輩たる俺の言葉に雅も頷いてくれた。
よしよし、これにはきっと周りの女の子も俺の先輩力とフォロー力の高さにときめいているに違いない。
ほら見ろ。
女の子たちも目を輝かせて俺の方に――。
「や、やった! じゃあ行きましょう剣崎さん!」
「甘いもの苦手な剣崎さんにもおすすめのスイーツありますよ!」
「剣崎さんの好きな食べ物とかありますか?」
「いっぺんに喋るな」
女の子たちは俺の横を素通りし、雅を取り囲むように駅前に向け歩き始める。
そんな女の子たちを雅は若干鬱陶しそうにしていた。
その光景がかつて花井美陽に女の子たちを奪われていた頃の記憶と重なる。
お前もかぁああああ!!!
この瞬間、俺にとって剣崎雅は花井美陽に続くライバルとなった。
*
モテモテになりたい。
その願いが決してかっこいいものではないことは百も承知である。
そのためだけに元女子校に入学した俺を笑う奴がいることも分かっている。
それでも、その願いを叶えるために俺は戦ってきた。
笑われようと、同級生のイケメン女子に女の子の人気を奪われようと、悪評を流されようとへこたれなかった。
そんな中、差し込んだ希望の光。
それが後輩の剣崎雅だった。
こいつをダシに一年生の人気をゲットしよう。
そんな卑怯な考えがよくなかったのだろうか。神はまたしても俺に試練を与えて来た。
「剣崎さん、この抹茶アイス美味しいですよ!」
「こっちの甘さ控えめのケーキも美味しいですよ! 是非食べてみてください!」
「わ、私の紅茶もよかったら飲んでください!」
「自分のあるからいい」
俺の目の前には頬を少し赤らめて雅にアピールするうら若き乙女たちと、俺の真横でそんな女子たちの誘いを断る雅の姿があった。
なんだこれ?
おい、雅。何故お前がモテモテになっている。
今日は俺と一年女子が運命の出会いを果たす日じゃなかったのか?
お前はただの紹介役のはずじゃなかったのか!?
俺の気持ちなんて露ほども理解していないであろう雅は呑気にほうじ茶を飲んでいる。
そんななんでもない仕草に対しても後輩の少女たちは「かっこいい……」と恍惚とした表情を浮かべていた。
なんでだよ!!
湯呑で茶飲んでるだけだろ!!
このままではいけない。
俺だって花井美陽というイケメン女子からあらゆるモテテクニックを学んできたのだ。
素気ない態度の雅など、直ぐに俺の優しさで追い抜いてくれる!
「ねえ、俺のいちごパフェよかったら一口食べる?」
目の前にいる女の子にスプーンですくったいちごを差し出す。
勿論笑顔も忘れない。
いちごは数ある果実の中でも人気の高いものだ。この誘いはきっと喜んでもらえるはず――!
「あ、結構です」
「あ、え、はい」
片手を突き出され、はっきりと断られた。
わ、わぁ。
先輩相手にもはっきりノーが言えるなんて素敵な人だなぁ。
きっと、さっきの子はいちごがあまり好きではなかったのだろう。
気を取り直して、他の子にもいちごを差し出してみよう。
「いりません」
「剣崎さんと話したいので邪魔しないでください」
無表情で断られ、俺の心が砕け散る音が鳴り響いた。
ちくしょう……。
なんで素気ない雅ばっかり……! 冷たい方がモテるなんておかしいだろ!
「おい」
シクシクと心の中で涙を流していると、肩を叩かれた。
「なんだよ? 俺は雅は女の子とイチャイチャしとけよ」
「それはお前がしたいことじゃないのか?」
お前のせいで出来てないんだよ!!
おっと、危ない危ない。
つい雅にあたってしまうところだった。
この件に関して別に雅は悪くない。だって、ただモテてるだけなんだから。
「ま、まあ、たまにはパフェを食うことに集中するのも悪くないさ」
「声震えてるぞ?」
「うるせえ」
「まあ、そんなことはどうでもいい。そのいちご、いらないなら私が食べるぞ」
雅は半ば強引に俺の手を取りスプーンを自らの口に近づけていちごを口に入れた。
「……甘いな」
「いや、お前甘いの苦手って言ってなかったか?」
「たまには甘いのも食べたくなる」
「それなら、さっき別の子に差し出されたの食えばよかったじゃねーか」
「いちごの気分だった」
よく分からんやつだ。
そんなにいちごが食べたかったなら最初からいちごの何かを頼めばよかっただろうに。
まあ、別にいいけど。
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