第31話 変化
「……なにもしなくていいんじゃないかな?」
それは俺にとって予想外の言葉だった。
「いやいや、何もしないなんて一番ダメだろ。何かしないと好感度は上がらないぞ」
「その子とは初対面なんだろう? なら、焦って何か行動を起こそうとしても、失敗する可能性だってある。寧ろ、完全に受け身になるんだ。いっそのこと自分では何も決められない優柔不断なくらいが丁度いいよ」
「そ、そうだったのか……!?」
思えば、高校一年生の頃の俺も何か爪痕を残そうと必死過ぎたところが良くなかったのかもしれない。
押してダメなら引いてみろという言葉もある通り、時には自らひくことも大事ということか。
「じゃ、じゃあ、カフェとかに入ったらメニューは……」
「勿論、自分で決めない方がいい。何なら、入る店も決めてない方がいいね」
「移動中は!?」
「自分から話すなんてもっての他。ひたすらに受け身になるんだ。盛り上げようなんて考えは大敵だね」
「プレゼントとかは!?」
「するなんて論外だよ。寧ろプレゼントを欲しがるくらいの卑しさがあった方がいいね」
「目から鱗だぜ……」
まさかこんな裏技があったとは。
流石はイケメン力を磨き上げ、数多の女子を虜のする花井美陽と言える。
しかしながら、この技を知った今の俺に死角はない。
モテモテはもう直ぐそこだ!
「ありがとな、美陽! じゃあ、俺は教室戻るわ!」
花井美陽に手を振り、スキップしながら空き教室を後にしようとしたその時だった。
「ま、待って!」
花井美陽に呼び止められ、振り返る。
まだ何かアドバイスがあるのだろうか。
そう思っていると、花井美陽は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「ごめん、さっきの嘘なんだ」
「嘘!? え、受け身でいけって奴?」
俺の問いかけに花井美陽が静かに頷く。
嘘だったのか……それにしても、花井美陽が嘘をつくなんて珍しい。
いや、花井美陽も人間だったということだろう。
ついライバルの俺を貶めようと薄暗い感情が湧いてしまったのだ。
それでも、こうして自制できる辺りは流石としか言いようがない。
「そっか」
「怒ってないのかい?」
「怒らねーよ。これまでたくさんお世話になってきてんだから。まあ、今回くらいは花井美陽に頼らずに自分の力でなんとかしてみせるさ」
「……もう私は用済みかな?」
寂しげに花井美陽はそう問いかけてきたが、そんなはずはない。
だって、まだ俺はモテモテになっていないのだから。
「そんなわけねーだろ。それに俺は――」
おっと、これは言うわけにはいかない。
花井美陽から吸収した技で花井美陽すら魅了することが最終目標なんて本人に言えるわけない。
「俺は?」
「なんでもない。まあ、まだまだ花井美陽から学ぶことはたくさんあるってことだ。それよりもう直ぐ朝礼始まるし教室行こうぜ」
半ば強引に話を切り上げ、空き教室を後にする。
花井美陽は俺が出てからも暫く、空き教室にいたみたいだが、それでも朝礼前には教室に戻って来ていた。
その時の表情はどこか覚悟が決まったもののようにも見えた。
***<花井美陽>***
「みっともないな……」
陽翔が出て行った後、美陽は一人虚空に向けて呟いた。
「立場を利用して、陽翔が好かれないようなアドバイスを送るなんて最低だよ」
陽翔から相談を持ち掛けられた時、美陽は受け身になるべきと言ったがそのアドバイスの裏には「陽翔にモテて欲しくない」という私欲が含まれていた。
陽翔が立ち去る直前で訂正はした。
それでも、友人でもある花井陽翔の幸せを心から願えない自分の醜さに美陽は自己嫌悪に陥っていた。
(こんなこと今までは無かったのに……)
美陽自身、陽翔がラブレターを貰った時に切ない気持ちになったことはある。それでも、陽翔の邪魔をしようと思ったことは一度も無かった。
変わっている。
美陽がそう感じるのは陽翔の行動だ。
確かに、陽翔の行動は積極的なものになりつつある。
その変化が美陽と陽翔の関係性を大きく変えることになるかもしれないと美陽は考えていた。
「……私も頑張らなきゃ」
一つ決意を固め、美陽は空き教室を後にした。
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お久しぶりです。
また投稿していこうと思うので、よろしければ是非読んでください。
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