第23話 人と向き合う

「私があなたの下駄箱に手紙を入れ続けた張本人よ」


 その言葉が水瀬さんの口から出てきて、俺は肩を落とした。

 まあ、そうだよな。

 さっきから水瀬さんの態度が俺に対してとげとげしかったし、俺に好意を持っているなんてことはやっぱりないよな。


「理由を聞いてもいいか?」


 水瀬さんに問いかけると、水瀬さんは「分からないの?」といわんばかりの表情で俺を見つめていた。


「……美陽様を穢されたくなかったのよ」

「どういうことだ?」


 俺が問いかけると、水瀬さんはゆっくりと自分にとって男子がどういう存在かを語り始めた。

 要約すると、水瀬さんにとって男子とは年中女を求めている性欲の獣で、やかましく、無駄にかっこつけた存在であるらしい。

 正直、その内容については同意できる部分もいくらかあった。


「だから、羽虫が美陽様を狙って変なことをするんじゃないかって思ったの」


 なるほど。

 手紙にもあったが、やはり花井美陽を心配しての行動だったようだ。

 だが、それに関しては安心して欲しい。


「なら、大丈夫だ。俺は花井美陽を師匠にしているだけ。花井美陽にいやらしいことをする気はない」

「ふーん」


 ジト目を俺に向けながら水瀬さんはブレザーのポケットに手を突っ込む。

 それから、カバーがかけられている写真を俺に見せる。

 その写真には、制服に着替えている時の花井美陽の姿が写っていた。そう着替えている時の写真。

 つまり、花井美陽の下着と綺麗な白い肌が写っていた。


 まるでリンゴが地面に落ちていくように、自然と俺の目が写真に吸い寄せられる。

 白い肌と黒の大人びた下着のコントラストが綺麗だな。これは一種の芸術とも言える。

 そんなバカなことを考えながら数秒間、俺は停止してしまっていた。


「そんなにガン見する男を信じろと?」


 動きを止めた俺に冷ややかな水瀬さんの声が降りかかる。

 その言葉でこれが罠だったことに気付いた。


「し、しまった! いや、でもそれはずるいだろ!」

「ずるかろうと、羽虫が美陽様に欲情することは明らか。美陽様を穢す前に消えてよ」

「くっ……!」

「大体、羽虫は彼女欲しいって叫んでるけど、どうせ誰でもいいんでしょ? そんな軽い気持ちの羽虫に美陽様は相応しくない」


 ここぞとばかりに責め立てる水瀬さん。

 俺も反論したいが、事実を言われている以上反論しにくい。


「モテたいモテたいって自分のことばかり。美陽様にも、周りにどう見られてるかにも気を遣えない羽虫に彼女なんて出来るわけないじゃん。もっと他の人のこと考えたら?」

「ぐぬぬ……!」


 た、確かに……。

 同意を得ているつもりでも、花井美陽を無理矢理師匠にしたり、周りの視線も気にしない行動が最近の俺は目立つ。

 その結果、変態という不名誉な呼び名も広まった。

 なんという的確なアドバイスだ。


 水瀬さんに感心している俺を水瀬さんは睨みつける。

 完全に俺は防戦一方。このまま水瀬さんに押し切られてしまいどうなところで待ったをかけたのは大地だった。


「それはどうかな」

「なに?」


 水瀬さんが大地に視線を移す。大地は余裕の笑みを浮かべていた。


 そうだ。大地は俺の親友。きっと俺でさえ気づいていない俺の長所を出して、水瀬さんも唸る発言をしてくれるはずだ!


 期待の眼差しを大地に向ける。大地はそんな俺に頼もしくウインクをした。

 やだ、イケメン……。


「確かに、水瀬さんの言う通り、陽翔は周りが見えていないバカだ」

「そうね」


 ん?


「そもそも、女子だらけのこの学校に一年以上通っていながら、未だに女の子の友達が殆どいない時点で女心を理解していないことは明白」

「全くもってその通りね」


 あれ?


「廊下で上裸になったり、突然踊り出したり、明らかに偽物のラブレターで歓喜したりする辺りからも分かるが、ガキだ」

「本当に」


 待て。

 そういえばこいつ、トイレでも俺のこと割と罵倒してたじゃねーか!

 ちくしょう! 味方だと思ってたのに!


 大地に裏切られた。

 そう思ったその時、大地が「だが」と呟いてから一呼吸置いた。


「陽翔にも目の前にいる人は見えてる」

「そんなの当たり前でしょ」

「ああ、そうだな。だが、偽物だろうと予想できるラブレターを貰った時に、手紙の差出人を思うことが出来る人間がどれだけいる? 騙されて、それでも尚そいつのことを思いやれる人間なんてそういない」

「……」

「水瀬さんもバカじゃないなら、気付いてるはずだ。あんたはこのバカに庇われた」


 大地の言葉に水瀬さんは口を噤んだままだった。


「ちょっと待ってくれ。俺が水瀬さんを庇った? いつ?」

「なんでお前が気付いてないんだよ……」


 大地がため息をつく。

 そうは言われても庇った記憶なんてない。


「水瀬さんは陽翔を騙した。それは許されることじゃない。花井さんがそれを知れば彼女は少なからず水瀬さんに悪い印象を抱くだろう。だが、さっき陽翔が俺の言葉を遮ったことで花井さんがそれを知ることは無くなった」

「あー、あれか」


 確かに、そう言われれば、庇ったともいえるように思える。


「逆に、庇ったつもりがないならなんであの時ああしたんだよ」

「いや、だって水瀬さんは花井美陽が好きなんだろ? 好きな人が悲しむところなんて見たくないだろ。俺も花井美陽が悲しむところは見たくないし」

「悲しむ? 花井さんがか?」


 大地の言葉に頷く。

 俺の言葉に水瀬さんも驚いている様子だった。


「友達が弟子に脅迫状を送ってたなんて知ったら花井美陽は悲しむだろ。しかも原因は自分にあるときてる。あいつなら勝手に責任を感じていてもおかしくない」


 それは俺の望むところではない。


「ははっ。なるほど。水瀬さんを庇うっていうより、花井さんのためってことか」


 俺の言葉を聞き、大地は愉快そうに笑い、対照的に水瀬さんは苦虫をかみつぶしたような表情になっていた。

 そんな水瀬さんに大地が更に声をかける。


「別に、水瀬さんの気持ちが間違ってるなんて言うつもりはない。だけど、陽翔は陽翔なりに真剣に花井さんを始めとして色んな人に向き合ってる。水瀬さんにそれを邪魔する権利なんてない。俺が言いたかったのはそれだけだ」


 そう言うと、大地は水瀬さんに背を向けて屋上の出口に向けて歩き始める。

 その途中で俺の肩に手を置き、「じゃあ、頑張れよ」と呟いてから屋上から出て行った。


 残されたのは俺と下唇を噛みしめ俯く水瀬さんだけ。


 ど、どうしよう……。

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