第22話 下駄箱の君の正体

 香織って陽翔のこと好きだったんだね。

 陽翔のこと好きだったんだね。

 好きだったんだね。

 好き。


 誰が? 水瀬香織が。

 誰を? 花井陽翔を。


「マジで!?」

「おい! 陽翔!」


 気付けば俺は扉を開き、屋上に飛び出していた。


「陽翔!?」

「はむ――花井君!?」


 飛び出した俺を見て美陽と水瀬さんが驚きの表情を浮かべる。

 水瀬さんの「はむ」は何と言い間違えかけたのか分からないが、今はそれどころではない。

 後ろで「バカ……」と呆れてる大地を放って、水瀬さんに近寄る。

 そして、水瀬さんの前で足を止めた。


「水瀬さん、俺のことが好きだったのか!?」

「あり得ない」


 即答だった。

 どこから出しているのか分からないほどの冷たく低い声で、その目にも光は無かった。

 あれぇ? おかしいぞ?


「え!? そ、そうなの!?」


 呆然とする俺とは対照的に、どこか嬉し気に花井美陽が声をあげる。

 どういうことだ。遠回しに俺がフラれたのが嬉しいとでもいうつもりか……!?


「はい。こんなバカで、単細胞で、騒ぐことしか知らないような全身性器男を好きになるなんてあり得ない」


 え? 凄く罵倒された気がする。


「そ、それは言いすぎじゃないかな?」

「言い足りないくらいです」


 流石の罵倒に美陽も苦言を呈すが、水瀬さんは平然としていた。

 ここまで言われるとは、もしかして俺は過去に水瀬さんになにかしてしまったのだろうか。

 俺が不安に思っていると、俺の後ろから大地がゆっくりと歩み寄って来た。


「その罵倒、やっぱりお前が陽翔の下駄箱に脅迫状を送り付けた犯人なんだな。水瀬香織」


 思わず大地と水瀬さんの顔を見比べる。

 水瀬さんは顔色一つ変えずに真顔で大地を見ており、大地もまた真顔だった。

 花井美陽だけ唯一困惑していた。


「だ、大地どういうことだ? まさか水瀬さんが下駄箱の君だっていうのか!?」


 俺の言葉に大地は静かに頷く。そして、水瀬さんに視線を向けた。


「なにか、申し開きはあるか?」

「何の話か分からないけど、証拠はあるの?」

「勿論」


 大地はそう言うと、一枚の写真を水瀬さんに見せる。それと同時に水瀬さんの表情が険しくなる。

 その写真には俺の下駄箱に薄いピンク色の封筒を入れる水瀬さんの姿が映っていた。


「花井さんが勘違いしたのは、この場面の水瀬さんを見たからだ。必要があれば、実際に入っていた手紙を見せてもいいが、どうする?」

「……確かにここに写ってるのは私。でも、誰かにお願いされて手紙を入れた可能性もあるんじゃない?」

「なら、その誰かの名前を出してもらおうか」


 水瀬さんは口を噤む。つまり、誰かの名前は言えないということだろうか。

 それとも、そもそもその誰かは存在しないか。

 静寂がその場を支配する。誰もが何も言えなくなってる中、口を開いたのは花井美陽だった。


「ま、待ってくれ。話が見えてこないよ。脅迫状ってどういうことだい?」

「数日前から、陽翔の下駄箱に手紙が入れ続けられていた。内容は――」

「ちょっと待ったあ!!」


 大地が花井美陽に事情を説明したところで、大地を止める。

 これは俺の問題だ。俺の口から説明させてもらおう。


「そこからは俺が説明する。内容は、花井美陽の素敵なところについて語り合おうの会への勧誘だ」

「……へ?」


 ポカンとした表情を浮かべる花井美陽。

 何その表情、可愛いな。

 対照的に、大地と水瀬さんは怪訝な表情を浮かべていた。


「最近、俺が花井美陽と仲良くなったからな。それで、水瀬さんから勧誘されてたんだ。それ以来、交換日記みたいに花井美陽のいいところについて語り合ってたんだよ!」

「な、なにそれ……」


 恥ずかし気に頬を赤らめる花井美陽。

 よし、これでさっきまでの疑念は一旦消えただろう。


「ところで、なんか先生が花井美陽のこと呼んでたぞ。なんか滅茶苦茶大事な話があるってさ。大事過ぎてチョーヤバいから直ぐに来て欲しいらしいぞ。ほら、早く行ってこい」

「え、嘘でしょ?」

「マジのマジ、大マジだ。ほらほら、急げって」


 花井美陽の背中を押し、屋上の出口へと連れて行く。

 そして、無理矢理屋上の外に出し扉を閉めた。


 屋上から花井美陽がいなくなり、改めて俺は水瀬さんの前に立つ。

 水瀬さんは訝しむように俺を見つめていた。


「どういうつもり?」

「どういうつもりとは?」

「美陽様のことよ」

「花井美陽をそう呼ぶってことは、やっぱりお前が下駄箱の君なんだな?」


 確認の意味を込めて、水瀬さんに問いかける。


「ええ、そうよ。私があなたの下駄箱に手紙を入れ続けた張本人よ」


 水瀬さんは軽く息を吐いてから、俺を睨みつけ、そう言った。

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