第21話 屋上にて

 どうも、こんにちは。

 下駄箱の君に嵌められ、いつの間にか「変態」という呼び名が定着した花井陽翔です。


「やっぱり、お前は騙されていたのか」

「くそっ! なんて恐ろしい策略だ。俺の心を傷つけると共に評判も下げる。下駄箱の君はよほどの強敵らしい……」

「いや、相手が強敵というよりお前が単純なだけだと思うぞ」


 現在、俺は大地と供にトイレで作戦会議をしていた。嵌められたことに未だに動揺を隠し切れない俺とは違い、大地は冷静だった。


「……これで分かったな。下駄箱の君は陽翔を騙してた。決着をつけるぞ」


 真剣な表情で大地が呟く。その言い方は既に犯人が分かっているかのようでもあった。


「あれ? もう下駄箱の君が誰か分かってるのか?」

「まあな。毎日毎日手紙をお前の下駄箱に丁寧に放り込んでるんだ。匿名性の高いネットよりよほど簡単に容疑者は絞り込めたぜ」

「す、すげえ」

「既に容疑者の下駄箱には、犯人であれば必ず食いつくであろう餌を撒いた。勝負は今日の放課後だ。バカでアホで間抜けとはいえ、親友を傷つけられたんだ」


 ん? なんか凄い罵倒された気がするんだけど、気のせいか?


「陽翔がいくら単細胞でミジンコ以下の恋愛弱者とはいえ、悪評が無ければ1%くらいは彼女が出来る可能性があった。その1%の可能性をもぎ取った奴を親友として俺は許すわけにはいかない」


 待て。真剣な表情してるけど、今お前が一番その親友を傷つけているぞ。


「陽翔、やるぞ」

「あ、うん。でも、ちょとまて。お前、俺のこと滅茶苦茶バカにしてない?」

「絶対に許さない!」

「親友をミジンコ以下っていうお前も許せないけどな」


 そして、放課後になり、俺と大地は二人で屋上に向かっていた。

 大地曰く、犯人には屋上に来いと伝えてあるとのこと。つまり、これから屋上へ向かった先にいる人が俺を罠に嵌めた花井美陽大好き人間というわけである。


「よし、行くぞ」

「ああ」


 屋上の扉の前で大地と互いに顔を見合わせ、頷く。

 ドアノブに手をかけ、いよいよ扉を開こうと思ったところで、屋上から話し声が聞こえて来た。どこか聞き覚えのあるその声に、咄嗟に手を止める。


「陽翔、どうしたんだ?」


 すぐ後ろにいる大地を手で制し、扉に耳を貼り付ける。


「香織、来てくれてありがとう」

「いえいえ! 花井さんのお願いならどこへだってひとっとびです!」


 扉の先から聞こえてくる声。

 それはクラスメイトの花井美陽と水瀬香織の二人のものだった。


 何故、花井美陽と水瀬香織が?

 まさか、どちらかが下駄箱の君だというのか!?

 いや、落ち着け。二人の話からして、花井美陽が水瀬さんを呼び出したように思える。

 じゃあ、二人のどちらでもない……のか?


「ところで、聞きたいことってなんですか?」

「ああ、うん。それなんだけどね……香織って、陽翔のことが好きだったんだね」


「「はあ!?」」


 扉の先から聞こえて来た衝撃の言葉に、俺と水瀬さんの二人の声が扉を挟んで重なった。



***



 何故花井美陽が水瀬香織にそんなことを言ったのか。

 その理由を語るためには、花井陽翔が廊下で上裸ポージングをしていた日に遡る。

 その日の放課後、花井美陽は陽翔あての手紙を片手に下駄箱の前を行ったり来たりしていた。


(陽翔と文通することになったけど、本当に手紙出していいのかな)


 難しいことを考えずに、下駄箱に手紙を放り込めばいいのだろうが、今日の昼休みの陽翔の奇行のせいで美陽はそれが出来ずにいた。

 もし、あの奇行が川平大地の言う通り、一人の女の子のためならば、自分の行動は迷惑じゃないか。

 でも、文通もしたい。


 そんな感情の間で美陽は一人揺れ動いていた。

 そのまま下駄箱の前の廊下を行ったり来たりしている中で、花井美陽は一度気持ちを落ち着かせるべくお手洗いへ行くことを決めた。

 そして、戻って来た彼女が見たのは花井陽翔の下駄箱に手紙を入れる水瀬香織の姿だった。


(え……香織……? まさか、香織は陽翔のことが……)


 気になるなら直接聞けばいい。

 だが、香織が放つナイフのような鋭利な雰囲気が美陽の足を止めた。結局、美陽は香織に声をかけることも、手紙を陽翔に出すことも出来なかった。

 友人と友人が付き合う。

 それはきっと祝福するべきことで、陽翔が望んでいたこと。それにも関わらず、美陽は自らを抱きかかえるように身体を縮こまらせ、静かに下駄箱を後にした。


 あの日から、美陽はずっと気にしていた。香織と陽翔の二人を。

 陽翔は相変わらず奇行に勤しんでいた。その陽翔の奇行を見る度、香織は口角を少し上げるのだ。

 まるで、恋愛漫画で「本当、あいつってバカなんだから」と呟く後方彼女面する女の子のようだと美陽は思っていた。


 そんな香織の姿を見る度に美陽は何故か上手く笑えなくなった。

 表情を作ることには自信のある美陽にとっては、初めての出来事だった。


 だからこそ、美陽は決めた。

 自分のこの感情にけじめを付けなくてはならない、と。そのために香織を屋上へと呼び出したのである。

 だからこそ、美陽は香織に話しかける。


「香織って、陽翔のこと好きだったんだね」



***



 水瀬香織にとって、男子とはバカで騒がしい低能な存在である。

 初めて男子をバカだと思ったのは彼女が小学生の頃。遊びで作ったお花のジュースを「ありがとう! うん、美味しいよ!」と言いながら全て飲み干した男子を見て彼女は男子の愚かさを知った。


 少し仲良くしている男子と話すだけで、「夫婦じゃん! ヒューヒュー!」と冷やかしてくる男子に虫唾が走った。

 好きだからちょっかいかけてしまったと言って、彼女の友人を「ブス」と言い続けた男子には吐き気がした。


 そんな彼らもいつかは大人になる。

 そんなことを言う大人がいたが、香織には到底信じられなかった。


 そして、中学。

 彼女の予想通り、男子の多くはバカだった。

 階段の下で女子のスカートを覗こうとしたり、じゃんけんで負けた奴があの可愛い子に話しかけにいくなどのふざけた遊びをしたり、「○○が水瀬さんのことが好きらしい」という噂が流れれば、無理矢理その○○とかいう男子と自分を絡ませようとしてきたり、それら全てが香織を苛立たせた。


 どうでもいいことでは積極的に動く癖に、頑張ってほしいときには頑張らない。

 一生懸命な奴をダサいと勘違いする。


 皆が皆そうではないと香織も理解しているが、香織の印象に強く残る男子はそういう人たちだった。

 だからこそ、香織は元女子校を選んだ。ここなら、あの低能で騒がしい馬鹿どもと関わらなくて済むと思ったから。


 そして、香織にとって理想の王子様ともいうべき少女に出会った。

 それが花井美陽。


 高校二年で遂にその花井美陽と同じクラスになれた。

 これからの一年間は凄く楽しいものになる。香織は心の底からそう思った。


 だが、そのクラスには花井陽翔がいた。

 彼女が欲しいと騒ぎ、無駄にかっこつけ、ちらちらと常に女子たちを気にしている。

 それら全てが、香織が嫌悪する男子たちと重なる行動だった。


 だから、水瀬香織にとって花井陽翔は目障りな存在であり、それ以下であることはあっても、それ以上であることは絶対にない。

 ましてや、花井陽翔を好きになることなど天地がひっくり返ってもありえない。


 それ故に、花井美陽が放った一言は水瀬香織にとって到底許容できるものでは無かった。


「香織って、陽翔のこと好きだったんだね」

「はあ!?」


 大好きな美陽を香織は生まれて初めて殴りたいと思った。

 

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