第13話 ラブレター?

 例えば、下駄箱の中に手紙があったとしよう。

 ピンク色の封筒、差出人の名前はない。

 俺だってバカじゃない。分かってる。

 このネット社会でそんな前時代的なことは滅多に起こらないと。

 それでも! 期待せずにはいられない!


 何故なら、それが漢だから!!

  

『ミハル様の傍から消え去れ。羽虫』


 下駄箱の中にあった手紙を閉じて、俺は深く息を吐く。

 もう一度手紙を開くが、書いてあることは何も変わらない。


「なるほど、かなり斬新なラブレターだな」

「絶対違うだろ」


 背後から聞こえた声に、振り向くとそこには大地の姿があった。


「お、お前! いつの間に!?」

「ついさっき。お前がニヤニヤしながら手紙見てるから気になって覗いてみれば……何だそれ?」

「斬新なラブレターだ」

「現実から目を背けるな」


 大地は呆れたような表情で俺を見ると、手紙を勝手に俺の手から奪いとる。そして、まじまじと見つめてから真剣な表情を浮かべる。


「どこからどう見てもラブレターじゃねえよ」

「いや、ラブレターだろ」

「なんでだよ」

「分からないか? この手紙の差出人はきっと俺が花井美陽と話しているところを見て、嫉妬したんだ。だから、俺に花井美陽と離れて欲しいと思っている。つまり、俺のことが好きすぎて、俺に他の女の子と仲良くして欲しくないんだな」

「驚いた。八割あってるのに、残りの二割が致命的に間違ってる」

「違うのか?」

「違うに決まってるだろ。好きな人を羽虫呼ばわりする子がどこにいるんだよ」

「きっとツンデレという奴だな」

「デレが無いだろ」


 俺の発言を真っ向から否定しにかかる大地。

 いや、俺だって分かってる。だけど、九割ラブレターじゃないとしても、まだラブレターの可能性は0じゃない。

 なら、俺はその一割にかけたい。


「で、どうすんだよ?」

「どうするとは?」

「いや、その手紙の差出人探すのか? それとも、そいつの言う通り花井美陽と距離を置くのか?」

「その二択なら差出人を探すだな。ラブレターをくれたんだ。返事を返さないとな」

「絶対にラブレターじゃないだろうが、その意見には俺も賛成だな」

「ああ。返事をするのは大事だよな」

「そっちじゃねえよ」


 いつまでも下駄箱で立ち止まっているわけにもいかないので、一旦手紙をしまい二人で教室へ向かう。

 教室には既に八人のクラスメートがいた。普段ならこの時間は三、四人しかいないから珍しい。


「陽翔、男子トイレ行こうぜ」

「了解」


 大地に誘われ、男子トイレに向かう。

 この学校にある男子トイレは二つだけ。一階と二階に一つずつだ。

 男子トイレに入った俺と大地は、改めて手紙を開いた。


「今どきこんな手紙書く奴がいるとはな」

「ああ、古風だけど俺は嫌いじゃないぜ。やっぱり、ドキドキするしな」

「いつまでお前はラブレターを貰った気でいるんだ。脳内お花畑かよ」

「いいだろ! 大体、そう思わねーとやってられねーよ! なんで、花井美陽と俺が一緒にいて、俺が嫉妬されなきゃいけねーんだ! 逆だろ!!」

「それだけ花井美陽が人気ってことだろ」

「ちくしょう! やっぱりあいつは俺のライバルだよ!!」


 壁に手をつき俯く。

 本当に、なんでこうなった? 花井美陽から女の子と仲良くなる方法を学ぼうとしていたのに、逆に敵意に溢れた手紙を貰うことになるなんて。


「とりあえず、差出人を見つけないとな。こんなくだらないことお前のためにも、手紙を書いてる奴の為にもさっさと辞めさせるべきだ」

「そうだな。もしかしたら、ラブレターの可能性も残ってるしな」

「それだけはない」


 こういうことを面白がりそうな大地が真剣な表情なのは気になるが、まあ、何か思うところがあるんだろう。

 それにしても差出人を探すか。


「筆跡からは難しそうだな」


 大地が手紙の文字を見て呟く。大地の言う通り、手紙の文字は線を何重にも重ねて書いてあり、これという特徴が掴めなくなっていた。


「どうするか……」


 腕組みをし考え込む大地。

 何を悩んでいるかは知らないが、ここは俺にいい案がある。


「大地、俺に任せてくれ」

「何か考えがあるみたいだな」

「ああ、完璧な作戦だ。犯人は明日にでも動かざるを得なくなるだろう」

「よし、お前に任せてみるぞ」

「任せろ」


 軽く胸を張り、俺はニヤリと笑みを浮かべた。



***


 放課後、俺は一人で教室に残っていた。

 カバンの中から取り出したノートの一ページを切り離す。そして、ペンを片手に思いを綴る。


『こんにちは、美しき一輪の花よ。

 まだ名も知らぬ花の名前をよければどうか教えてはくれないだろうか?


 P.S 今日くれた手紙はラブレターですか?』


「うん、完璧だな」

「何を書いているんだい?」

「うおお!? は、花井美陽!!」

「そんなに驚かなくても……。で、何を書いているんだい?

「ちょっ! 見んじゃねえ!」


 俺が制止するも、花井美陽はひょいと紙を手に取り俺がしたためた文に目を通す。


「……こんにちは、美しき一輪の花よ……本当に何を書いているんだい?」


 困惑した表情で問いかける花井美陽。

 どう答えたものだろう。手紙を見せるのが早いんだろうが、ああいう手紙が届いたことを知れば、多少なりとも花井美陽は気にするだろう。

 何より、手紙の差出人はそれを嫌がるだろう。


「ラブレターの返事だよ」


 パッと頭に浮かんだことを返しておく。

 まあ、まだラブレターの可能性も0ではないから嘘ではないだろう。

 適当な解答のつもりだったが、何故か花井美陽は目を見開き固まった。


「とりあえず手紙返してくれ」

「あ、ああ……そ、そっか。ほ、本当にラブレターなのかい?」

「多分」

「そ、そうか……。わ、悪かったね、手紙は返すよ。そ、それじゃ私は帰るから」

「おう、またな」

「また」


 らしくもなく動揺した様子で花井美陽は教室を出て行った。

 どうしたというのだろうか。

 あ、もしかしてあれか。ライバルの俺に彼女が出来るかもって焦ってるのか。

 確かに、花井美陽ってモテるけど誰かと付き合ったって話は聞かないもんな。

 これは、もしかして俺が花井美陽を超える日もそう遠くないかもしれないな。


 少しだけウキウキした気持ちで、書いた紙を下駄箱に詰める。

 そして、手を合わせ神に祈る。


 どうかラブレターでありますように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る