第14話 ラブレターなわけない

『羽虫に名乗る名はない。ミハル様に近づくな。ミハル様の名を穢すな。ミハル様の迷惑になってることに気付け鈍感羽虫。


 P.S ラブレターなわけないでしょ』


「ラブレターじゃないのかよ……」

「いや、分かってたことだろ」


 翌日、緊張しながら下駄箱を開けると、驚くべきことに返事は来ていた。ただ、その返事は俺が期待していたものとはまるっきり違った。

 昨日同様、男子トイレで俺から受け取った手紙を読んだ大地は額に手を当て呆れたような表情を浮かべている。


「まあ、でも返事が来るってことは対話の余地ありってことだろ。もう一回手紙送ろうぜ」

「いや、P.Sの部分しか会話になってないだろ。殆どお前が一方的に文句言われてるだけだぞ、これ」

「多分シャイなんだよ。大体、仲良くもない相手に警戒するのは普通だろ?」

「じゃあ、何でお前は見知らぬ差出人にフレンドリーに手紙書いてんだよ」

「仲良くなりたい奴とはフレンドリーに接する。花井美陽から学んだからな!」


 親指を突き出し、ニコッと爽やかスマイルを大地に向ける。

 それを見た大地はバカを見るような目を向けていた。


 花井美陽直伝のスマイルが通用しない……? こいつ、出来る!

 まあ、大地に通用しても嬉しくはないんだけどな。


「お前、この手紙の主と仲良くなりたいのか?」

「折角の機会だしな。女の子だったら嬉しいし」

「お前ってやつは……敵意に鈍感っつーか、なんつーか。まあ、いい。お前がそう言うなら俺は無理には止めねーよ。でも、そういう奴は暴走する危険性があるってことを覚えとけよ。一応、俺は俺の方で探ってみるわ」

「おう」


 俺の返事を聞くと、大地はトイレを後にした。

 大地から返された手紙をブレザーのポケットにしまい、俺もトイレを後にした。


***



 放課後になり、教室を出て行く生徒を横目に俺はノートから切り取った紙の前で腕組みをしていた。

 考えているのは勿論、下駄箱の君への返信である。

 名前を教えてもらえなかったので、とりあえう下駄箱の君と呼ぶことにした。古風でカッコイイ。

 きっと、下駄箱の君も気に入ってくれるだろう。


「どうすっかなー」

「何をしているのですか?」


 悩んでいると、隣の席にいた三鷹風香さんに話しかけられた。


「手紙貰ってさ、その返事考えてるんだ」

「文通ですか。今時、珍しいですね」

「だよな。まあ、やってみると結構楽しいぜ。相手に思いはせながら書くってのは中々いいもんだな」

「そうですね。少しだけ、その気持ちは分かる気がします」


 風香さんは微笑みながらそう言った。

 クールで笑うことの少ない風香さんが見せる微笑みは相変わらず途轍もない破壊力を持っていた。


「と、ところで、何か用事あった?」

「いえ、ただ気になったので話しかけただけです。邪魔して申し訳ありませんでした」


 そう言うと、風香さんは鞄を持って教室を後にした。


 しまった! 折角風香さんから話しかけてくれたのだから、もっと会話するべきだった。

 くっ……! 俺のバカ!


 自らの失態に頭を抱え落ち込んでいると、肩を叩かれた。振り返ると、そこには花井美陽の姿があった。


「やぁ。手紙の返事って聞こえたんだけど、それって昨日のラブレターのことかい?」

「まあ、そうだな。でも、ラブレターじゃなかったけどな」

「そうなのかい?」

「そうだけど、何でお前ちょっと嬉しそうなんだよ?」


 人の不幸は蜜の味、なんて言葉があるが、花井美陽もどうやら大衆と変わらないらしい。

 いや、昨日からその予兆はあったか。


「あ、ご、ごめん。そういうつもりはなかったんだけど……」

「そんな気にすることねーよ。俺がお前の立場でもそうなるだろうしな」

「え……そ、それって、どういうことかな?」

「どうも何も、ただでさえ俺よりモテるのに、俺よりも先に恋人が出来たら羨ましくて仕方ないだろ」


 いや、でも、花井美陽に恋人が出来たら花井美陽を好きだった奴がこっちに流れてくる可能性もあるんじゃないか?

 そう考えると、寧ろ花井美陽に恋人を作ってもらった方がいいのかもしれない。


「ああ、そういうことか」


 納得したような、若干残念がるような表情で花井美陽はそう呟いた。


「ところで、ラブレターじゃないなら何の手紙を書いているんだい?」

「ああ、文通始めようと思って」

「文通? この時代でかい?」

「まあな。寧ろこの時代だからこそ特別感あるだろ」

「た、確かに。よかったらアドバイスとかしようか?」


 花井美陽の提案はありがたいものだ。

 だが、俺の文通相手は花井美陽に好意を抱いていると予想できる。その花井美陽に勝手に自分が書いた文章を読まれるのは恥ずかしいだろう。

 モテるために気を遣うということは重要。


「ありがたいけど、遠慮しとく。これは、俺と下駄箱の君の間でのやり取りだからな。他者を交えるのはよくない」

「そっか……」


 どこか寂し気に花井美陽は呟く。

 その姿に心が少しだけ痛むが、こればかりは譲るわけにはいかない。


「花井さん、一緒に帰ろ!」


 教室の入り口の方で水瀬香織が花井美陽を呼ぶ。


「ほら、水瀬さんが呼んでるぞ」

「そうだね、じゃあ、私は帰るよ。またね」

「おう、また」


 こっちに軽く手を振りながら、水瀬さんの下へ向かう花井美陽。

 その姿をボーっと眺めていると、一瞬、背筋に寒気が走る。

 侮蔑、敵意、そんな感情が入り混じった視線。それは俺の下駄箱に入れられた手紙から滲み出るものと酷似しているように思えた。

 だが、それを感じたのもほんの一瞬。花井美陽の姿が教室から消えるころにはその視線も感じなくなっていた。


 ま、そんなに気にする必要ないか。

 その後、一人で考え抜き、なんとか手紙を書きあげた。


『親愛なる下駄箱の君へ

 ミハル様って、花井美陽のことだよな? 花井美陽のこと好きなのか? 好きなら、告白とかしないのか?


 P.S 恋人になることも視野に入れて、友達になりませんか?』


 その手紙を下駄箱に入れてから帰った。

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