第15話 下駄箱の君

 翌朝、下駄箱を除いたが手紙は入っていなかった。

 そのことを男子トイレで大地に伝えると、大地は少し考え込んでから口を開いた。


「返事を用意出来なかったってことか」

「用意できなかった? 昨日は出来たのにか?」

「ああ。お前が放課後に下駄箱に手紙を入れる。その手紙の返事を書き、翌朝にその返事を下駄箱に入れる。それをするには、お前より遅く学校を出る、もしくはお前より早く学校に来なくちゃならない。昨日は何らかの理由があってそれが出来なかったってことだろう」

「なるほど」


 前々から思っていたが、やはり大地は頭がキレる。

 となると、昨日の放課後に感じたあの視線、あれも一つのヒントになるかもしれない。


「そういえば、昨日の放課後に視線を感じたんだよ」

「視線?」

「なんつーか、敵意に満ちた視線だった。でも、花井美陽が教室を出て行ったと同時にその視線も無くなったんだけどな」


 俺の言葉を聞いた大地は、唇に手の甲を当てる。

 そして、何かをぶつくさと呟いた後、口角を僅かに吊り上げた。


「なるほど。……ある程度絞れたかもな」

「絞れたって、下駄箱の君が誰かか!?」

「ああ、そうだけど……何だよ、その下駄箱の君って」

「下駄箱に手紙を入れた人のことに決まってるだろ。名前を教えてもらえなかったからな」

「あっそ」


 自分から聞いてるくせに、一瞬で興味失くしやがったこいつ。

 信じられない。


「で、絞れたんだろ? 誰なんだよ」

「んー、まだ確証は取れてないからここで言うのはやめとく。お前は、引き続き文通を楽しめよ」


 そう言うと大地は男子トイレを後にした。


 教えてくれないのか。まあ、いっか。

 放課後までに返事来るといいな。


 少しだけ返事に期待しながら教室へと戻った。

 


***


 それは正に天啓だった。

 昼休み、お弁当を食べているときに俺は閃いたのである。


 下駄箱の君は下駄箱でしか俺とやり取りが出来ない。ならば、下駄箱の前で待ち構えていれば下駄箱の君に会えるのではないか、ということである。

 そうと決まれば実行に移すだけ。

 放課後になると同時に教室を飛び出し、下駄箱の横でかがむ。そして、影からこっそりと下駄箱の様子を見始めた。


 下駄箱の様子を見始めて数十分、最初の方こそ人通りが多かった下駄箱はすっかり人気が無くなった。

 そして、遂に俺の下駄箱に動きがあった。

 俺の下駄箱に忍び寄る影が一つ。夕陽が窓から差し込み、影になっている部分はかなり薄暗いため顔は見えないが、キョロキョロと首を動かしている辺り、怪しさ満点だ。

 その影はそのまま俺の下駄箱の扉を開き、何かを入れた。


 クロだ!


「動くなああああ!!」


 叫びながら容疑者の前に姿を現す。

 容疑者はビクッと身体を震わせて、恐る恐るこっちに視線を向ける。そして、遂に下駄箱の君(容疑者)の顔が俺の目に映る。

 その顔に俺は目を見開いた。


 黒髪ショートのボブヘアー。切れ長の大きな瞳。


「う、嘘だろ……」

「あ、やっ……こ、これは違うんだ!」


 顔を真っ赤にして、ブンブンと手を振るその人物は、イケメン美少女にして、俺のライバル兼師匠の――花井美陽だった。



 場所を移して、いつもの二階の空き教室。

 普段は堂々とした佇まいの花井美陽も、今ばかりは借りて来た猫のように身体を縮こまらせて気まずそうに視線を伏せている。

 そして、彼女の目の前には一枚の手紙。


「まさか、お前が下駄箱の君だったとはな」

「げ、下駄箱の君? それは誰だ?」

「ほう。この期に及んでとぼけるつもりか。一昨日から俺の下駄箱に手紙を入れていた人物、そいつが下駄箱の君だ。それはお前なんだろう?」

「いや、それは違うよ」

「じゃあ、どうして俺の下駄箱に手紙を入れていたんだ!」

「そ、それは……」


 目を泳がせる花井美陽。

 怪しすぎる。この怪しさが花井美陽が下駄箱の君という容疑を高めている。

 勿論、花井美陽がどうして花井美陽に近づくなという手紙を俺に送りつけるのか、という疑問は残る。

 だが、それは俺が実は花井美陽に嫌われているという一言で説明が付く。

 ついて欲しくないけど……。


 一方で、花井美陽が下駄箱の君ではないと仮定した場合にも同様に一つの疑問が生まれるわけだ。


「仮に、お前が下駄箱の君でないとする。その時、一つの疑問が浮かぶわけだ。それは、どうしてお前が俺の下駄箱に手紙を入れたか、だ。俺とお前は連絡先も交換している。連絡事項ならスマホ上のやり取りでいい」


 俺の指摘に花井美陽の肩がビクッと跳ねる。


「それにもかかわらず、手紙を送る。はっきり言おう。意味が分からない」


 花井美陽は俺から視線を逸らす。こめかみには冷や汗のようなものが垂れていた。


「一応、考えられる可能性もある。こんなご時世でも、いや、こんなご時世だからこそ手紙にすることで破壊力が増すことがな」

「そ、それは……」

「恋文、そう! ラブレターだ!!」


 胸の前で拳を強く握り、花井美陽に力強く宣言する。

 花井美陽は俺の一言にどこか緊張した面持ちになる。


 そう、ラブレターであれば花井美陽の行動にも納得できる。だが、果たしてあの花井美陽が! 最近知り合ったばかりの! 碌に女の子にもモテていないこの俺に! 告白するだろうか!?


 いや、しない!!


 あ、でも、万が一ということもあるし……いや、ない!

 現実はそんなに甘いものではない。大体、花井美陽が俺に惚れる理由が無いのだ。

 人が人を好きになるのは簡単なようで、めちゃくちゃ難しいことを俺は知っている。


 とはいえ、決めつけはよくないので一応本人に確認してみよう。

 べ、別に期待なんてしてないんだからね!


「で、どうなんだ? お前の書いたそれはラブレターなのか?」

「そ、そんなわけないじゃないか!」


 食い気味で否定された。

 ほらね。うん、知ってたよ。だから、傷ついてないから。


「あ、うん。そっか……いや、全然落ち込んでないから。告白されても返事に困ってたし? 寧ろ丁度良かったって感じよ」

「いや、明らかに肩を落としてがっかりしてるじゃないか。ラブレターだったら嬉しかったのかい?」

「当たり前だ!!」

「き、急に大声出さないでくれよ」


 おっと、思わず声が大きくなってしまった。

 だが、嘘ではない。花井美陽はイケメン美少女。

 いくらライバルといえど美少女である。告白されて嬉しくない奴などいないだろう。


「でも、そっか。嬉しいんだ」


 俺の返事を聞いた花井美陽がニヤニヤとした笑みを浮かべて俺を見つめる。

 し、しまった!

 ライバルである花井美陽に揶揄うためのネタを渡してしまった!


「違うから。お前に告白されても、席替えで隣の席が気になっていた子になったくらいしか嬉しくないから!」

「それ、結構嬉しいやつじゃないか」


 クスクスと楽し気に笑う花井美陽。

 くっ。おかしい、俺が追い詰めていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転している。

 ここは一旦話を変えた方がいい。

 逃げるわけではない。戦略的撤退だ。


「とにかく、ラブレターじゃないなら、なんでお前は俺の下駄箱に怪しげな手紙を入れていた!? 下駄箱の君ではないと言い張るならその証拠を出せ!」

「うっ……」


 俺の切り札に対して、花井美陽が気まずそうに視線を逸らす。

 やはり、この件は花井美陽にとっても触れられたくないことらしい。だが、遠慮はしない。

 下駄箱の君が花井美陽かそうでないかによって、今後の俺と花井美陽の関係性は大きく変わるのだから。


「ど、どうしても出さないとダメかい?」

「当たり前だろ」

「はぁ……分かったよ」


 観念したように、花井美陽は机の上に置かれた手紙を無言で俺に差し出した。

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