第16話 手紙の内容

 花井美陽が差し出した手紙を受け取り、封を開ける。それから中に入っていた二つ折りの手紙を開く。

 手紙には少し丸みを帯びた可愛らしい文字で文章が書いてあった。


『花井陽翔くんへ


 こんにちは。花井陽翔くんと仲良くなりたいと思って手紙を送らせてもらいました。よろしければ、お返事ください。

 待ってます。


 belle soleil より』


「なんだこれ?」


 読み終えた俺が顔を上げると窓の外に視線を向ける花井美陽の姿があった。

 よく見るとその耳は赤くなっていた。


「まさか、これ、お前が書いたのか?」

「なんのことかな?」

「いや、誤魔化すなよ。宛名のところ、これ一見分かりにくいけど、フランス語で美しいって意味の単語と太陽って意味の単語が並べられてる。で、お前の名前の漢字は美しいの「美」に太陽の「陽」。完全にお前だろ」

「な、なんで君がフランス語を……!?」


 恋人が出来た時に「君は俺の太陽だ」とか「そなたは美しい」と言う時に是非使いたいと思い、中二の頃に調べていたおかげだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 

「まあ、それはどうでもいいだろ。それで、なんでこれ書いたんだよ。スマホでやり取りすればいいだろ」

「ははは、そ、そうだね。何やってるんだろうね。忘れてくれよ」


 そう言うと花井美陽は手紙を俺から奪い取ろうとする。だが、そうはさせない。


「返してくれないか?」


 花井美陽が手を伸ばす。

 その手を見ながら俺は頭脳を高速回転させる。


 何故、花井美陽はこんな手紙を書いた?

 何かがあるはずだ。何も無いのにこんなことはしないはずだ。


 一昨日、昨日と花井美陽としたやり取りを思い返す。

 そう言えば花井美陽はやけに俺の手紙を気にしていた。

 そうか! 分かった! 分かったぞ!!


「なるほどな。そういうことだったのか」

「急にニヤニヤしてどうしたんだい。その、気持ち悪いというか不気味だよ」

「いや、俺は愛されているなと思ってね」

「あ、愛――ッ!? ち、違うよ!」

「え? 違うのか?」

「当たり前だよ!」

「何だよ、弟子への師匠愛あふれる手紙だと思ったのに」

「へ……師匠愛?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる花井美陽。


「おう。てっきり、俺が文通始めたから、おかしな手紙送らないように練習相手になってくれようとしてたと思ったんだけど、違ったか?」

「あ、え……」

「でも、違ったなら何で手紙を送って来たんだ? まさかとは思うけど、ただ俺と手紙のやり取りしたかっただけとか?」


 俺の問いかけに花井美陽は顔を伏せた。



***



 私は追い詰められていた。

 事の発端は陽翔が手紙を貰ったことだ。

 ラブレターではなかったらしいが、私の中で「羨ましい」という感情が湧くのにそう時間はかからなかった。


 これでもモデルをやっているため、ファンレターというものを貰ったことはある。

 だが、文通をしたことはない。

 様々なSNSアプリが流行ったこともあり、今では文通という文化はかなり廃れている。

 だけど、実は私は文通や交換日記というものに憧れている。

 何というか、ロマンチックな気がするから。


 だから、手紙を書いて陽翔の下駄箱に入れてみた。

 文通出来たら楽しそうだな。そんな軽い気持ちだった。

 一応、名前は本名以外を使ってバレないようにした……が、陽翔は見破って来た。


 そして今、何故手紙を書いたのかと問い詰められている。


 息を深く吐いて、落ち着きを取り戻す。

 ここで普通に「文通がしてみたかった」と答えればそれで終わりだ。

 だが、それでいいのだろうか。思えば、ここ最近何かと陽翔にはしてやられている。

 私が勝手に舞い上がっているとも言えるが、それでも陽翔のせいだ!

 たまにはやり返さなくては気が済まない。


 覚悟は決まった。顔を上げ、陽翔を真っすぐ見つめる。


「陽翔と、他でもない君と文通がしたかったから。……そう言ったら、どうする?」

「めちゃくちゃ喜ぶ」

「なっ!?」


 慌てて顔を伏せる。


 な、何のつもりだ、この男!

 真顔でめちゃくちゃ喜ぶなんて言って……。

 落ち着け。ここで狼狽えたらまた前と同じだ。余裕を保て、余裕を。


「なら、文通するかい?」

「いいぞ。じゃあ、この手紙は貰うな。また返事書いたらお前の下駄箱に入れとくわ」

「あ、うん」

「それじゃ、また」


 そう言うと陽翔は教室を出て行った。


 言っちゃった……。

 結局、文通することになったんだよね。結果オーライなのかな?

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