第17話 子曰く
何故か花井美陽と文通することが決まった翌日、花井美陽の下駄箱に手紙を放り投げてから、自分の下駄箱を開ける。
そこには一枚の封筒が入っていた。
僅かな高揚感を感じつつ、封筒を開けると、そこには見慣れた書きなぐったような文字で相変わらずの罵詈雑言が書いてあった。
『私たちとミハル様では生きる世界が違う。告白など恐れ多いこと、できるはずがない。だから、羽虫もミハル様に関わるな。ミハル様を穢すな。これ以上ミハル様に近づけば、羽虫に高校生活中絶対に彼女が出来ない呪いをかける。
P.S やだ』
どうやら友達にはなってくれないらしい。
残念だ。友達が増えるかと期待したのに。
いや、それよりもだ。
恐ろしいことが書いてあった! 高校生活中に彼女が出来ない呪いだと!?
そんなこと出来るはずがないと笑い飛ばしたいところではあるが、もし本当にそんなことになれば俺の高校生活は終わる!
しかも、呪いというのは現代日本では不能犯とされ、法で裁くことが出来ない。
まさか、この学校に呪術師がいたなんて……。
いや、もしかすると高校一年生の頃から既に俺は呪われていたのかもしれない。
きっとそうだ。そうでなきゃ、俺が高校一年時に彼女が出来なかった理由が説明できない!
「それは、高校一年の頃お前が斜に構えてたからだろ。何かとかっこつけてたし、孤高ぶってたし、「名乗る名は無い! キリッ!」とかしてた奴と付き合いたいと思う奴なんてそういないだろ」
俺は呪われているかもしれない。
そう大地に伝えたが、大地は冷静に事実を伝えて来た。
あー、やっぱり? やっぱり、あれがダメだったんだなぁ。
「それにしても、呪いか。まあ、呪いなんて言ってはいるが、実際のところ陽翔の悪評を流すところじゃないか?」
「おいおい、それって誹謗中傷ってやつで、立派な犯罪になるんじゃないのか?」
「ああ。だが、そこまで踏み切ればあっちだって後戻りは出来ない。尻尾を掴めばこっちのもんだ。解決は近いぜ」
「待て、解決は近いって言ってるけど、そうなったらばら撒かれた俺の悪評はどうなるんだ?」
「……解決は近いぜ!」
「答えろよ!」
「まあ、今でも悪評まではいかないけど、普通に女子から距離置かれてるし誤差だろ」
「全然違うよ!?」
俺のツッコミをどこ吹く風で、大地はトイレを出て行った。
解決は近いというが、悪評を流されるなどたまったものではない。確かに、犯人を捕まえればある程度悪評は収まるが、悪評が流れたという事実は無くならない。
その悪評によって、俺が今以上に周りに避けられるようになったら、意味が無い。
これは、花井美陽から離れることも視野に入れるべきか……?
悩みながら過ごしている内に時間は過ぎていき、気付けば放課後になっていた。
花井美陽から離れるか、否か。
離れなければ、花井美陽とは仲良くできる。だが、悪評は広まり、彼女が出来る可能性は激減するだろう。
離れれば、下駄箱の君をこれ以上刺激せずに済む。
そもそも、花井美陽は俺のライバルだった。ひょんなことから関わる様になたが、無理に関わる必要が無いというのも事実。
今後の俺の高校生活を考えた時に、花井美陽を選ぶか、未来の彼女を選ぶかのどちらかと言われれば、未来の彼女だ。
それに、悪評が広まって尚、花井美陽が俺から離れない保証はない。
下駄箱の君も言うように、花井美陽は多くの人にとって憧れの存在だ。その花井美陽が悪評に塗れた俺と変わらず仲良くしてくれるだろうか。
「ここらが丁度いいのかもな……」
「なにがですか?」
しみじみと呟いた直後のその声に、思わずギョッとする。
横を見ると、そこには俺の反応にビクッと震える風香さんがいた。
「あ、急に声をかけてすいません」
「あ、ああ、いや、大丈夫。それよりどうかしたの?」
「いえ、思いつめた様子でしたので気になっただけです」
「そんなに?」
「まあ」
風香さんはいつもと変わらぬ平坦な口調でそう言った。
それから、彼女は身体を少し俺の方に向けた。
「なにか悩み事ですか?」
「え、まあ……」
「私でよければ、相談にのりますよ」
髪を耳にかけ、やや照れ臭そうに風香さんはそう言った。
正直、驚いた。
風香さんは人と馴れ合わない人だと思っていたから。
俺の動揺を感じ取ったのだろう。風香さんは苦い顔になり、視線を少し下げた。
「やっぱり、迷惑でしたか?」
「いやいや! 嬉しい! ただ、少し意外だと思ったっていうか……」
「……花井君には勉強を教えていただいたお礼をまだしてませんでしたから。力になれればと思っただけです」
その言葉を聞いて、何となく分かった。
風香さんは冷たい人で、人を避けているように見えるが、実際は義に厚い人なのだろう。
「それで、どうするんですか? 私もいつまでもここにこうしているわけにはいかないんですが……」
「ああ、頼む頼む! 相談に乗ってくれ!」
「でしたら、早くお願いします」
この態度も人によっては嫌な感じと思うのだろう。
だけど、相談を受けないとは言っていないし、お願いすればきちんとそれに応えてくれる。
なんだ、ただのいい人じゃないか。
「なにを笑っているのですか?」
「いや、なんか風香さんって優しいなって思って」
「これはただのお礼、当たり前のことをしているだけです。それより、早く悩みを言ってはどうですか」
口調自体はいつもと変わらぬ平坦なそれだったが、その頬はほんのりと紅くなっている気がした。
夕陽のせいかもしれないが、風香さんのその姿が俺には魅力的に映った。
「まあ、悩みっちゃ悩みなんだけどさ。風香さんだったら、親しくしてる奴との関係性を終わらせなかったら、自分の悪評を流されるってなったら、どうする?」
「中々、特殊な悩みですね」
風香さんはそう言うと、唇に人差し指を当て考え込む。
ふと周りを見ると、教室内にいた人はもう殆どいなくなっていた。夕陽が窓から差し込む教室で、美少女と二人きり。
花井美陽と経験したことがあるとはいえ、不思議と心臓の鼓動が大きく聞こえる。
暫くすると、風香さんは顔を上げた。
「……すいません、分かりませんでした」
そう言うと、彼女は頭を下げた。
「ああ、いや、いいんだ。寧ろ悪いな。変なこと聞いちまって」
「いえ、ただ少しだけ花井君が羨ましいですね」
「羨ましい?」
「ええ。自分の評価と天秤にかけて悩むほど親しい人がいることが、羨ましいです」
風香さんはどこか遠い目をしながらそう言った。
言われてみれば、確かになんで悩んだんだろうか。
花井美陽はライバルで、ただの敵だったんだから、離れるくらい大したことのないはずだったのに。
「子
風香さんがポツリと呟いた。
「論語です。好きになるべき人、嫌うべき人を正しく判断するのは難しいという意味です。花井君にとってその親しい人は好きになるべき人なのかどうか、利益や感情抜きで考えてみてはどうでしょう。好きになるべき人なら、簡単に離れるべきではないと思います」
それだけ言い残して、風香さんは鞄を肩にかけ教室を後にした。
誰もいなくなった教室で一人、背もたれに体重を預け、天井を見上げる。
利益や感情抜きで。
「難しいなぁ」
その日は結局答えが出ずに、俺は大人しく家に帰った。
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