第18話 羽虫の決意
部屋へ帰り、ベッドの上で寝ころびながら天井を見上げる。
言ってしまえば、俺が花井美陽と関わることを選んだのは自分の利益のためだ。仲良くなりたいから、なんていう純粋な理由じゃない。
打算で始まった関係。なら、終わりも打算的なものでもいい。
ただ、それは俺の理屈。花井美陽はどうなんだろう。
何故、彼女は突然話しかけられ、師匠にしてくれなんて言われたにも関わらず了承してくれたのだろう。
考えられる可能性があるとすれば二つ。
一つは花井美陽にも利益があるということ。
もう一つは、花井美陽が俺と仲良くなりたいと思っていたということ。
前者ならその利益が何か俺には想像もつかない。
後者はそもそも俺との関りが薄いから、ほぼないと思っている。
考えれば考えるほどに分からなくなってくる。
いっそもう本人に聞いてしまおう。
枕もとのスマホに手を伸ばし、花井美陽の連絡先をコールする。
小気味よいメロディーが流れ、少ししてからスマホから声が聞こえた。
『もしもし』
静かで、柔らかな声。
紛れもなく花井美陽の声だった。
「あー、俺だよ俺」
『うーん、生憎とオレオレ詐欺をするような人は私の友達にいないかな』
「いや、スマホの画面に名前出るだろ。俺だよ、花井陽翔」
『ああ、陽翔か。こんな夜にどうしたんだい? 私の声が聞きたくなったとか?』
電話越しでも花井美陽の挑発的な笑みが目に浮かぶ。
少しだけドキッとするが、それも一瞬だ。花井美陽ならそう言うことを口にしてもおかしくない。
「まあ、美陽と話がしたくなったんだよ」
『……電話でっていうのは珍しいね』
俺の声色と言葉から何かを感じ取ったのか、美陽の声が少しだけ低くなる。
流石の察しの良さだな。
「まあな。単刀直入に聞くけど、なんで美陽は俺のお願いを聞いてくれたんだ?」
『……君と仲良くなりたかったから。それだけじゃ足りない?』
「いや、足りなくはないけど……」
『腑に落ちないわけだ』
「まあ」
花井美陽の吐息の音が聞こえる。
何かを悩んでいるのだろうか。
それにしても、随分と素直に応えてくれるんだな。
『例えば、一人で泣いてる時にハンカチを差し出してくれる人がいてさ』
「ん? あ、ああ」
何の話だ?
いや、花井美陽はここで無駄な話をするような人間ではない。
『差し出す人は覚えてないんだよ。でも、差し出された人は覚えてる。自分も忙しいのに、何も言わずに横にいてくれたことも、最後にほんの少しだけ背中を押してくれたことも。それがその子には嬉しかった。それだけの話だよ』
緩やかに、花井美陽はそう語った。
結局、彼女は最後までその差し出した人と差し出された人の名前を出すことはしなかった。
「そっか」
『うん』
明るい声で花井美陽はそう言った。
「ありがとな」
『うん』
通話を切り、スマホの画面を見る。
花井美陽の文字をなぞり、考えた。
振り返っても大したことはしていない。精々、花井美陽の写真集を購入して、喫茶店に二人で言ったくらい。
それきりのことで花井美陽という人間を理解出来たとも思わないし、評価出来るとも思えない。
ただ、隣から花井美陽がいなくなると考えた時、一抹の寂しさを感じる。
それだけが、紛れもない事実で、俺でも理解できる真実だった。
「答えは出たな」
身体を起こし、勉強机の前に座る。ペンと一枚の紙を用意する。
思いのままにペン先を滑らし、一枚の手紙が出来上がる。
その手紙を四つ折りにし、ブレザーのポケットに入れておく。それから、布団に入り、部屋の電気を消した。
今日はよく眠れそうだ。
***
茜色の光が差し込む下駄箱。
花井陽翔の下駄箱の前で一人の人物が立っていた。その人物の手には、一枚の紙。
その紙を開き、彼女はその内容を読み始める。
『下駄箱の君へ
花井美陽とは離れない。これからも仲良くする。
最悪、高校で彼女出来なくても、大学で作れるならいいという事実に気付いた。
呪いでもなんでもかかって来い。言っておくが、今俺は世界の呪いについて研究しているから、そう簡単に呪いは通用しないぞ』
手紙を読み終えた彼女は手の中の紙を握りつぶす。
「羽虫め……ッ!」
そう呟くと、彼女はカバンの中から一枚の封筒を下駄箱に入れる。
彼女は予め二枚の手紙を用意していた。片方は花井陽翔が彼女の要求を受け入れた時のため。
そして、もう片方は花井陽翔が要求を拒否した時のため。
「飛んで火にいる夏の虫ってね。羽虫は羽虫らしく、みっともなく潰れてもらうから」
淡々とどこまでも冷酷に彼女は呟く。
全ては花井美陽のため。偏った感情が陽翔に牙を向く。
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