第34話 現在地

 モテモテへの道は遠い。

 されど、菊池恋歌という少女の連絡先を幸運にも俺は入手した。


 個別に入手した連絡先としては、隣の席の三鷹風香さん、師匠兼ライバルの花井美陽以来の快挙である。

 しかも、今回はあちらからの申し出だ。少なくとも嫌われていないことは確定だろう。


 だが、ここで慢心してはいけない。

 結局のところ人と人の関係性なんてものはどれだけ頻繁に関わるかにかかっている。

 例えスマホの中でのやり取りでも毎日連絡していれば自然と親しみを持つようになるはずだ。

 その一方でしつこいと思われないようにしなくてはならない。


 初日はあちらからお礼のメッセージが来たから、それに返信するだけでよかった。

 だが、二日目となる今日は俺からメッセージを送るべきだ。

 さて、どうするか……。


「なにをそんなに難しい顔をしているのですか?」


 昼休み、机の上でスマホと睨めっこしていると、風香さんに話しかけられる。

 サラサラした髪と透き通るような美しい声は正に癒しである。

 俺の変な噂が流れている時も風香さんはいつも通りだったからな。あれはかなりありがたかった。


「後輩の子になんかメッセージ送ろうと考えてるんだ」

「この間、花井君を迎えに来ていた子ですか?」

「いや、別の子」

「後輩に慕われているんですね」

「え、そう見える? もしかして、後輩からモテてるように見えるか?」

「いえ、そこまでは言ってません」


 バッサリと切り捨てられた。

 それにしても、風香さんのテンションは変わらない。

 この様子を見る限り、嫉妬というものは皆無らしい。 

 まあ、今は脈無しだが、これからの頑張り次第で変わってくるだろう。


 ここで天啓がひらめいた。


「まあ、とりあえず色々悩んでるんだ。なんかいいアイデアある?」

「アイデアですか?」

「そうそう。風香さんだったら、どんなメッセージ送られたら嬉しいかとかな」


 これなら後輩とのメッセージへのアドバイスを聞けると共に、風香さんが好む話題について知ることが出来る。

 正に一石二鳥の天才的な問いと言っていい。


「そうですね……。私だったら特に用事がないときは放っておいてもらえると嬉しいですね」


 どうしようもないじゃん。

 

「送られるとしたらで考えてもらえないか?」

「……強いて言えば演劇とかの話題でしたらまだ話しやすいかもしれませんね」


 これは少し意外だった。

 でも、演劇か。


「なんの演劇が好きなんだ?」

「定番ですけど、ロミオとジュリエット、ハムレットなどは好きですね」


 演劇とかに詳しくない俺でも聞いたことのある名前だ。

 だが、残念ながらこの話は今の俺には広げられそうにない。


「そうなんだな」

「はい。ですが、これは私の話です。後輩の子には自分で考えた方がいいのではないですか?」


 風香さんはそう告げると、自分のお弁当を取り出す。

 話はこれで終わりということだろう。

 まあ、俺としても購買に昼ご飯を買いに行かなくてはならないしここらが丁度いい終わりどころだ。


「風香さん、ありがとう」

「いえ、結局大したアドバイスは出来ていませんから気にしないでください」

「いや、こうして毎日の様に話してくれるだけで感謝しかない。ただでさえ、俺のよくない噂が流れてて俺を避ける人も多いしな」

「噂は噂です。私は花井君はおかしな人だとは思いますが、真っすぐな人だと思ってますよ」


 風香さんは俺の方にチラリと視線を向けながらそう言った。

 その表情はいつもより少しだけ柔らかかった。


 え、なにそれ。凄い胸がドキってしてしまった。

 くっ……花井美陽も雅も風香さんまで俺の心臓をときめかせてきやがる。

 違う、俺がときめかせたいのに!!


「あ、ありがとな! でも、負けないからな!!

「は?」


 ポカンとした表情の風香さんに背を向け、早足で俺は教室を飛び出した。



***



「やあ」


 購買で総菜パンを購入し、廊下を歩いていると花井美陽に遭遇した。


「よっ」

「ちょっといつもの場所で話さないかい?」


 花井美陽からの誘いとは珍しい。

 しかし、断る理由もない。


 花井美陽の誘いを了承し、二人で空き教室へと向かう。

 空き教室には誰もおらず、花井美陽は椅子を二つ用意して俺に座るよう言ってきた。


「で、話ってなんだ?」

「この間後輩と遊びに行くと言っていただろう? どうなったのかなと思ってね」

「あー、あれね」


 雅という新たなライバルの出現により、思ったより上手くはいかなかったが、それでも新しく一人の後輩と連絡先を交換できたのだ。

 十分成功と言っていいだろう。


「一人だけだが、連絡先は交換できたな。とはいえ、俺は完全に雅のおまけだったけどな」

「そ、そうなんだ」


 花井美陽が僅かながらも動揺を見せる。

 それから彼女は少しだけ思案するように視線を下げてから顔を上げた。


「ねえ、陽翔。デートに行かないかい?」

「デート?」

「うん。どうかな?」


 少し冷静になって考えよう。

 花井美陽が俺をデートに誘ってくる理由は何だ?


 考えられることは二つ。

 一つはシンプルに俺とデートがしたいから。

 だが、その可能性は限りなく0に近い。何故なら、先日あった水瀬さんとの一件の際に他でもない花井美陽本人が「陽翔のことを好きになるわけがない」と発言していたからだ。


 となると、消去法でもう一つの理由になる。

 それは、俺の修行のため。

 もしかすると花井美陽は俺の師匠として、後輩と遊びに行ったにも関わらず一人しか連絡先を交換できなかった俺を情けなく思ったのかもしれない。


 そう考えると、さっきの動揺は『えっ、こいつ連絡先一個しか交換できなかったの? はぁ、私から何を学んできたんだか』という呆れの感情だった可能性がある。


 そんな情けない俺のためには師匠はより実践に近い修行の機会をくれると言っているのだろう。

 断る理由は無いな。


「是非よろしく頼む」

「なら、決まりだね。そうだね、とりあえず今週の日曜日なんてどうかな?」

「休日か?」

「うん」


 休日まで俺のために時間を作ってくれるなんて……!

 俺はなんていい師匠を得たんだ。必ずや花井美陽の期待に俺は応えなくてはな!


「お前がいいなら俺も問題ない。ちなみにどこか行きたいところはあるのか?」

「いや、まだ決めてないよ」

「なら、俺に考えさせてくれないか? 必ずお前を楽しませてみせる」

「じゃ、じゃあ、お願いしようかな」

「ああ、任せろ」


 これは俺の修行だ。

 ここまでの経験を活かして見事なデートにしてみせる!

 

 その後、花井美陽と雑談を交わしてから教室に戻った。

 放課後は部活、風香さんとの会話を楽しむために演劇を見る時間も作りたい。連絡先を交換した後輩の菊池にメッセージを送って、週末の花井美陽とのデートに向けてデートプランを建てる。


 忙しくなってきたが、去年の女の子と碌に遊ぶことも出来なかった頃より遥かに充実している。

 全ては花井美陽に弟子入りしてから変わったことだ。


 俺の修行のためかもしれないが、今度の週末は花井美陽にお礼の品かなにかをプレゼントしてもいいかもしれないな。


 週末のデートへの期待を胸に、午後からの授業に耳を傾けた。

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