第33話 剣崎雅②

「なら、もう一口食べるか?」


 雅がいちごを食べた後、俺は再び雅にスプーンを差し出す。


 他の子に差し出しても断られるだろうし、女子ウケを狙っていちごパフェにしたが、そこまで俺も甘いものが得意というわけでもない。

 雅が食べたいと言うなら食べさせてやった方がいい。


 そう思ったのだが、なぜか雅は俺を睨みつけてきた。

 いや、なんで?


「あ、あの! わ、私食べたいです!」

「ず、ずるい! 私も食べたいです!」

「私に食べさせてくれたらこのケーキちょっとだけあげてもいいですよ!」


 おお、よく分からんが急に女の子たちが俺のいちごパフェを欲しがりだした。

 なるほど、これがモテ期か。


「まあ、そう焦らないで。ちゃんと三人分の量はあるから」

「ダメです! 一口目じゃないと意味ないんです!!」


 ん? 一口目じゃないと意味がない?


 はっ!! こいつら、まさか雅が口をつけたから欲しがってんのか!?

 結局雅かよ!


「もう、お前があーんしてやれよ」


 いちごパフェとスプーンを雅に渡す。

 流石にこんなにも雅大好きって態度を見せている子たちを相手に口説く自信はない。

 寧ろ貴重な雅との遊び時間を楽しんでほしい。


「面倒だ。それに注文したのはお前だろう。さっさと食え」

「いや、でも……」


 チラリと女の子たちの方を見る。

 だが、女の子たちは全く気落ちした様子はなかった。


「剣崎さんがそう言っているんですから、早く食べた方がいいですよ」

「私たちのことは気にしないでください」

「食べてください」


 雅に好意を寄せているからか雅の発言に賛成を示す三人。


 ふと気になってスプーンを持ち上げ左右に揺らす。

 すると、それにつられて後輩の女の子たちの目も左右に揺れる。


 これ、面白いな。


 大きくスプーンを動かせば彼女たちの首まで動く。こうしていると猫じゃらしで猫をあやすときのような楽しさと全能感を感じられて来た。


 ここで、この一口が欲しければ連絡先くださいってお願いしたら貰えるのだろうか。


「遊んでないで早く食べろ」


 俺がよからぬことを考えていると察したのか、雅が脇腹をつついてくる。


 おっと、危ない危ない。

 俺が目指しているのはモテモテの男だ。

 物でつって連絡先を得ようというのはモテモテがすることではないな。


「ああ」


 雅に返事をしてから、意を決してスプーンに口を付ける。


「「「ああっ……」」」


 雅大好きガールズ、すまない。


 三人の後輩の視線から逃げるように急いでパフェを食べた。





「雅さん、好きな食べ物はなんですか?」

「肉」

「そ、そうなんですね……」

「肉が好きだとしてもせめて料理名で答えろよ。この料理うめーって思ったことくらいあるだろ」

「む、そういえばあんたに驕ってもらった商店街のメンチカツは美味かったな」

「そうそう、そういうのでいいんだよ」

「そのメンチカツってどこのですか?」

「どこだ?」

「俺じゃなくてお前が答えろよ……」


 パフェを食べ終えた後はそんな感じで暫く雑談してから、解散となった。

 まあ、雑談と言っても後輩の女の子たちが雅に質問して雅が素気なく返す。それを俺がフォローするというよく分からない形だったが。


「「「今日はありがとうございました! また一緒に遊びたいです!」」」


 別れ際、女の子たちは雅の方に丁寧に頭を下げてそう言った。

 

 やっぱり雅だよなぁ。

 結局今回、俺は何も出来なかったなぁ。


 そう思っていると、後輩の女の子の一人が俺の方に寄って来た。


「先輩もありがとうございました」

「うぇ!?」

「ふふっ、何をそんなに驚いているんですか?」

「いや、だって君らは雅を慕ってるんだろ?」

「そうですよ。でも、いつもあんまり喋らない剣崎さんが今日はたくさん喋ってくれました。いつもより表情も柔らかかったですしね。それは、先輩のおかげじゃないですか?」

「俺? いや、それはないだろ。雅の俺に対する態度見たろ? 敬意の欠片もないぞ」

「それは、先輩への信頼の表れだと思いますよ。剣崎さんは不器用なんだと思います」

「そうか?」

「そうですよ。もし次剣崎さんと遊ぶことがあったら、よかったら先輩にも来て欲しいです」


 その子はそう言うと、ニコッと微笑んだ。


 あ、可愛い。好き。


 この子の笑顔が見えた。これだけで今日の価値はあったと言っていいかもしれない。


「あ、先輩よかったら連絡先交換しませんか?」

「よろこんで!!」

「うわっ。急に大声出すからびっくりしましたよ」

「あ、悪い」

「ふふっ。気にしないでください。はい、これで交換出来ましたね。なにか聞きたいことがあったら連絡させてもらいますね!」

「ああ、何でも聞いてくれ!」

「なんでもってことは、あんなことやこんなこともいいってことですか?」


 あ、あんなことやこんなこと!?

 それってどんなことですか!?


「お、おおおおう。勿論だぜベイベー」


 テンションがおかしくなった。これは引かれたかもしれない。

 だが、その子は明らかに動揺している俺を見ても楽しそうに笑うだけでひいたり軽蔑したりすることは無かった。


「ふふふ、先輩って面白いですね。それじゃ、また会いましょう!」

「お、おう」


 走り去って行く女の子の背中を見送ってから、交換した連絡先を見る。


「菊池恋歌れんか……。いい名前だ」

「なにニヤニヤしてるんだ?」

「うおっ!?」


 振り返るとそこにはジト目の雅がいた。


「……よかったな。女の子に好かれて」

「いや、まあ嬉しいけど。なんでお前不機嫌そうなんだ?」

「ふん」


 不機嫌さを隠そうともせずそっぽを向く雅。

 こうなるとこいつは中々めんどくさい。


「なに怒ってるのか分からないけど、とりあえず帰るぞ」

「……ああ」


 俺が歩き始めると、雅が俺の服の裾を掴み付いてくる。


 こういうところがあるから、俺はこいつを気にかけてしまうんだと思う。

 剣崎雅は口調の割にはそこまで強い人間ではない。

 多分、同年代の子と比べてもこいつは子供っぽい部類に入る。


「雅、友達出来たか?」

「あんたには関係ないだろ」

「まあ、そうだけどさ、さっきの子たちとかお前と仲良くなりたがってたじゃん」

「どうだかな」

「警戒心強いなぁ」


 俺が前を行き、その少し後ろを雅が付いてくる。

 それは中学の頃と殆ど同じ光景だった。

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