第4話 告白?

 いつも通り、誰もいない空き教室で花井美陽を待つ。

 夕暮れ時で、影が長く伸びる教室はどことなくロマンチックな雰囲気を醸し出している。


「お待たせ」


 教室の扉が開き、花井美陽が姿を現す。

 教室の扉を閉めてから、花井美陽はゆっくりと俺の前に歩み寄って来た。

 ピンと伸びた背筋、モデルをしているからだろうか、歩き方一つとっても美しい。

 見れば見るほどに、花井美陽がモテる理由が良く分かる。


「それで、話って何かな?」


 静寂を破る様に、花井美陽が問いかける。

 その表情は真剣で、どこか緊張しているようにも見える。

 何を緊張しているのか分からないが、俺がすることはただ一つ。

 息を軽く吐いてから、花井美陽の瞳を真っすぐ見つめる。そして、頭を下げる。


「俺を、弟子にしてくれ!!」

「…………は?」


 随分と長い静寂から、花井美陽が出した声は気の抜けたような声だった。


「ごめん、もう一回言ってもらってもいいかな?」


 返事が無くて不安だったが、どうやら聞き逃してしまったらしい。

 まあ、そういうこともあるだろう。


 気を取り直して、もう一度頭を上げ、そして花井美陽の瞳を真っすぐ見つめる。


「花井美陽」

「うん」

「俺を、弟子にしてくれ!!」

「聞き間違えじゃなかった……」


 顔を上げると、花井美陽はガックリと肩を落としていた。

 何を想像していたのかは分からないが、俺の行動は花井美陽にとって期待外れのものだったらしい。


「はぁ。それで、弟子ってどういうことだい?」


 花井美陽が肩を落としたのも一瞬のことで、直ぐに彼女はいつもの表情に戻った。


「花井美陽、お前はモテる。俺に、その極意を、女の子に好かれる極意を教えてくれ!!」

「えぇ、極意とかないよ」

「そこを何とか!」

「本当にないんだけど……」


 困ったような表情を浮かべる花井美陽。

 くっ、やはりライバルの俺にそう簡単に極意を教えてくれないか。

 諦めかけたその時、何かを思いついたのか花井美陽が「あ」と声を出す。


「やっぱり極意があるのか!?」

「あ、いや、極意は無いけど。例えば、君はどういうことを女の子にしてあげたいんだい?」

「休日に遊び行ったり、後は一緒に昼食食べたりとか? いや、でも折角お前に教えを乞うなら、思い切って壁ドンとかもやってみたいけどな」

「なるほど」


 俺の言葉を聞いた花井美陽が口に手を当て、真剣な表情で何かを思案する。

 暫くして、答えが出たのか彼女は俺に視線を向けた。


「分かった。君を私の弟子にしよう」

「本当か!? 俺にモテる極意を教えてくれるのか!?」

「極意とかはないって言ってるだろ。でも、君が女の子と接するための練習相手になるよ。そこで、私の感想を君に伝える。その感想を元に君は女の子との接し方を学んでいけばいいんじゃないかな」

「なるほど、実践して経験値を積めってことか。分かった。それじゃ、よろしくお願いします、師匠!!」


 頭を下げてから、頭を上げる。

 花井美陽はどことなく、険しい表情だった。


「まず、その師匠をやめよう」

「そ、そんな……! でも、俺を弟子にしてくれた師匠に失礼なことは――」

「やめよう」

「はい。じゃあ、なんと呼べばいいんだ?」

「美陽にしよう。やっぱり、名前で呼ばれると女の子は喜ぶからね」

「そうなのか? でも、それって花井美陽だからじゃないのか?」

「物は試しさ。嫌がられたらそこで直せばいい。でも、名字で呼び合うより名前で呼び合った方が仲は良くなりやすいと思うよ」


 確かに、それはそうかもしれない。

 こういうところかもしれないな。俺は今まで女子たちに好かれること以上に、嫌われることを恐れていた。

 そのせいで自然と保守的な考えになっていたのかもしれない。

 「じゃない方」として影が薄いまま学園生活を過ごすならそれでいい。でも、そこから脱却したいなら思い切った変革も必要なのだろう。


「分かった。じゃあ、よろしく。み、美陽」

「うん、よろしく。陽翔」


 照れながら言う俺と違い、自然に堂々と名前を呼ぶ花井美陽。

 更に、笑顔を見せる余裕まである。

 不快感なんて欠片も無い。寧ろ、名前を呼ばれたことへの喜びさえ生まれてきそうだ。

 こ、これが花井美陽!

 遠い。だが、遠さを今俺は認識した。

 なら、後は一歩づつ距離を詰めていくだけだ。


「美陽、必ずお前の隣に並び立ってみせるからな」

「え……。そ、それって、どういう……」

「よし! 早速家に帰って妹で練習だ!! やるぞおおおお!!」

「ちょっ! 陽翔!」


 空き教室を飛び出し、家に帰るべく走り出す。

 今は、学んだことを直ぐにでも妹に実践したくて仕方ない。ここからだ。ここから俺の青春が幕を開けるんだ!!


 夕陽に向かって地面を強く蹴る。

 夕陽はでかく、俺の行く先で強い光を放っていた。



***



「はあ、行っちゃった」


 陽翔がいなくなった後、美陽はため息をつき、空き教室の椅子に腰かけた。そして、そのまま机の上に上体を投げ出す。


(告白じゃなかった……んだよね?)


 陽翔の用件は残念ながら告白では無かった。

 だが、最後のセリフはまるで遠回しな告白のようだと美陽は思っていた。

 そう思い至ってから、美陽は直ぐに首を横に振る。


(いやいや、弟子にしてくれなんていう陽翔のことだ。大方、私と同じくらい女の子から好かれたいってことだろう……。でも、その割には私の名前を呼ぶとき照れてたな……意識はしてくれてるんだろうな)


 別に美陽は陽翔が好きなわけではない。

 ただ、気になっているだけである。

 中学時代に出会ったことを覚えているのか。

 もう部活はやらないのか。どうしてこの学校を選んだのか。そんな疑問から目で追いかけ初めた。


(でも、陽翔モテそうだけどな。成績優秀だし、顔も悪くない。香織は野蛮だなんて言ってたけど、あれくらい元気があって裏表なく真っすぐな方が私は寧ろ好み……って、違う違う。とにかく、素直なところもいいし、早朝に花瓶の水を変えてた。花を見つめる時の優しそうな表情を見てると、彼女とか友人も大事にしてくれるんだろうなって思うし……)


 美陽は割と陽翔のことをよく見ていた。

 ただ、彼女は女の子への接し方は心得ているが、男子への接し方は心得ていない。

 おまけに、彼女は基本的に人から話しかけられることの方が多かった。

 自分から陽翔に話す勇気もないまま、あわよくば彼から声をかけてくれないかな、なんて思っていたら、一年経っていた。

 このままではまずい。

 そう考えた彼女にとって、彼と同じクラスになったことは幸運と言っていい。

 お近づきになって、あわよくば中学時代のことを覚えているのか聞こう。ついでに、お礼もして、そのまま仲良くなれたらいいな。


 そんなことを考えていたのだが、何故か彼女と彼の関係性は師匠と弟子というよく分からない関係になってしまった。

 だが、美陽は割と満足していた。


(まあ、いっか。何はともあれ話せる関係にはなったし。女の子に好かれたいってことは、特定の仲良い女の子もいないんだろうし。デートの練習なんて言って、一緒に遊びに行ってみてもいいな。それに、折角なら壁ドンとかもやってもらおうかな……ちょっと憧れてたんだよね)


 いくらイケメン女子と言われていても、美陽も普通の女子高生。

 漫画やアニメの世界でしかないようなことにも、興味はある。


「ふふ。楽しみになってきたな」


 席から立ち上がり、カバンを手に持つ。

 そして、彼女は空き教室を後にした。


(あ、でも、女の子を置いて一人で帰るのはよくないな。明日にでも、指摘しよう)


 一人の男子に思いを馳せる美陽の笑みは、端から見れば完全にただの恋する女の子のもののように見えた。

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