男女比1:9の学園でモテモテになる夢をイケメン女子に打ち砕かれた
わだち
第1話 彼女の名前は――
始まりは、きっとこの日。少なくとも俺はそう記憶している日がある。
それは俺が高校の入学式の翌日、まだ友達も出来ておらず一人で帰り道を歩いているときのことだった。
「なあ、お嬢ちゃん。ちょっとくらい話聞いてってくれないか? お嬢ちゃんにとっても悪い話じゃない」
「いや、私は……」
強面のサングラスをかけた白いタキシード姿の男性。今時、早々目にすることのないような見るからに怪しげな人物が、俺と同じ高校に通う女子に詰め寄っていた。
女子の表情は端から見てもはっきりと分かるほど怯えている。今にも泣きだしそうだ。
周りの大人たちは皆、強面の男性の迫力に気圧されているらしい。
入学して二日目。ここであの女子を助ければ、仲良くなれるかもしれない。そして、ゆくゆくは恋愛に発展することもあり得るかもしれない。
「あ、あの――」
「待ってくださいよ」
脳内お花畑の俺が、一歩踏み出した瞬間、俺の横を駆け抜けて一人の女性が強面の男の腕を掴む。
切れ長の瞳から放たれる視線が鋭く男に突き刺さる。
その女性の顔が整っていることも相まってか、男は狼狽えていた。
「この子、泣きそうじゃないですか」
「な、なんだお前! 関係ない奴が邪魔するんじゃ――」
「泣きそうじゃないですか」
有無を言わせぬ物言いで男を黙らせる。
明らかに空気が変わっていた。
「私は詳しいことは知らない。でも、あなたの行動がこの子を怯えさせていることと、その行動が間違っているってことだけは分かる」
「くっ……!」
そこで、男は漸く周りの視線に気づいたのか、悪態をついてからその場を離れていく。
その場に残ったのは、強面の男性から救い出された少女と、その少女を救い出した整った顔立ちの美少女、そして、乗り遅れた俺。
「大丈夫?」
「は、はい!」
「なら、よかった」
「あ、あの……お名前、よかったら教えてください」
「花井美陽。それじゃ、またね」
「花井……様……」
うっとりとした表情で早足でその場を立ち去った美少女を見つめる女子。
負けた。
勝った、負けた、そういうものではないはずなのに、何故かそう思った。
俺より早く、彼女は躊躇いなく突っ込んでいった。
かっこよかった。そして、スムーズだった。その手際、胆力、正しくイケメン。
これが始まり。
俺――
*****
私立
去年まで女子校だったこの高校には、当然ながら多くの女子が通っている。今年から共学化したものの、先輩が女子だけということが確定したこの高校を選ぶ男子は少ない。
その結果、今年の入学者の男女比は驚異の1:9。
そんな学校に俺――花井陽翔は入学した。
男が少ない故に、席の周りが女子に囲まれても仕方ない。
男が少なく珍しいのだから、美少女に好奇の視線を向けられても仕方ない。
なんならモテモテになってしまっても、仕方ないのである!!
完璧だった。
お金がかかる私立高校入学を両親に説得させるべく、必死に勉強して掴んだ特待生枠。
共学化一年目で少ない男子生徒。たくさんいる女子生徒。
全ては計算通り。後は女子と仲良くなり、キャッキャウフフの青春を送るだけ。
それだけだったのに……ッ!!
「花井さん、今週末どこか遊びに行きませんか?」
「あ、ずるい! 花井さん、私も行きたい!」
「ちょ、ちょっと! 花井さんは今週私と服見に行くのよ!」
教室の隅、一つの席の周りに集まる少女たち。
その中心にいるのは一人の少女。大人っぽさを感じる黒髪ショートのボブヘアー。切れ長の瞳に、スタイルのよいスレンダーな身体。百七十後半はあるだろう身長。
「私のために争わないで欲しいな。折角なら、皆で遊びに行こう」
男の俺でさえ見惚れるようなイケメンスマイルを撒き散らし、このクラスの女子から黄色い歓声を一身に受ける。
奴が、奴こそが、俺の夢を打ち砕いた張本人。
イケメンの方の花井こと、花井美陽である。
*****
俺、花井陽翔の朝は早い。
私立に行きたければ金を何とかしろ。
わざわざ家から電車で五駅も離れた私立高校に通いたいと言った俺に対して、両親はそう言った。
放課後デートの可能性に備えてアルバイトはしたくない。そう考えた俺は特待生枠を狙い、そこに納まった。
だからこそ、毎朝の予習は欠かすわけにはいかない。
予習を終え、朝食を食べ終えた俺が家を出る頃に妹の夏葉が階段を下りてくる。
「おにい、今日も早いね」
「ああ。朝の学校で素晴らしい出会いがあるかもしれないからな」
「まだ諦めてないの? もう一年経ってるんだよ。一年で無理なら無理だって」
「一年経って漸く俺の名前も浸透し始めて来たころだ。寧ろ本番はこれからだ」
「あ、そ。それより、おにいってモデルの花井様と同じクラスなんでしょ? ねえ、今度サイン貰って来てよ。出来たら写真――」
「いってきます!!」
夏葉の言葉を途中で遮り家を飛び出す。
恐ろしい。高校の女子に飽き足らず、可愛い我が妹まで俺から奪おうというのか。
花井美陽。やはり奴は俺のライバル!
家から徒歩十分の駅から電車に乗り、聖歌高校へ向かう。
途中にこれといった出会いはない。現実はそう甘くない。
高校へ着いた俺はまず図書館へ向かう。
早朝、図書館で知的な美少女と出会う。こんなロマンティックなことはない。
誰もいなかった。
一先ず、十分だけ本を読んで誰かが来るのを待つ。
誰も来なかった。
図書館へ向かった後、俺は教室の花瓶の水を入れ替える。その時、愛おしそうに花に向けて微笑むことを忘れてはいけない。
細かいところだが、こういうところを見てくれる人が必ずいる。そして、彼女たちはこう思うだろう。
『花井君ってあんな表情も出来るんだ……キュン!』
よし、我ながら完璧だ。
後は……。
振り返ると、そこには女子ではなく、俺のクラスメイトにして数少ない男子生徒の川平大地がいた。
「お前、そんな表情も出来るんだな。キモいぞ」
「お前じゃねえよ!!」
思わず怒鳴り声を上げてしまった時に、クラスに女の子が一人入って来た。
その子は明らかに突然叫び声をあげた俺に奇異の視線を向けていた。
「山中さん、おはよう。悪いね、アホの方の花井が変な声出しちゃってさ」
「おはよう、大地君。ううん、大丈夫。うちの弟もそういうところあるから。その、男の子って大変だよね。なにか巨大な組織と戦ってるんでしょ?」
「山中さん、それは一部の男子だけだよ。俺は違う。まあ、陽翔は現実と日々戦ってるんだけどな」
「あ、そうなんだ……頑張ってね」
大地と談笑した山中さんは、苦笑いを浮かべ自分の席に着き、俺から視線を逸らす。
ああ、やっちまった。
二年生になって心機一転頑張ろうと思ってたのに……!
「大地ィ……」
「おいおい、なんでそんなに怒ってんだよ」
「お前がいなければ、俺は山中さんと談笑して付き合っていたかもしれないのに!!」
「談笑はともかく、付き合うは話が飛躍しすぎだろ」
クツクツと楽し気に笑う大地。
こいつはいつもこうである。俺をおもちゃか何かだと思っているのか、俺の様子を見て楽しんでいる。
おまけにこいつは女の子からの人気が高い。
しかも、彼女持ちである!! 羨ましいことこの上ない。
「それにしても、一年経っても毎日花瓶の水替えとかしてんだな」
「当たり前だろ。こういう地道な努力が評価されるんだよ」
「そんなに女の子にモテたいのか?」
「そりゃそうだろ。仲良くなりたいし、出来るなら彼女だって欲しい」
「そんなにいいもんじゃないぜ」
かー、ぺっ。
出たよ、モテる奴特有のセリフ。まあ、言いたいことは分からなくもない。
モテモテになって告白されても、その大半はフることになる。誰かを悲しませてしまうことを喜んでやる奴なんていないだろう。
だが、それでも誰にも相手されないより何倍かマシだ。
「まあ、大地はそれでいいだろ。彼女もいるしな。でも、俺は違う。イケメンじゃない方の花井、冴えない方の花井、とあちこちの女子から言われるんだぞ!? ロッカーに手紙が入っていると思ったら、隣の花井と間違えてたなんてベタな展開も山ほど味わってきた。もう限界なんだよ! 俺だってイケメンな方の花井になりてえよ……」
この一年で嫌と言うほど味わってきた。
花井、と呼ばれる時は俺ではない。花井美陽の方なのだ。
このままじゃ、俺は残りの二年間も「じゃない方の花井」になってしまう。せめて、男友達以外にも陽翔呼びしてくれる人が何人か欲しいと思うことだって普通なことだ。
「お前、結構思いつめてたんだな」
大地がポカンとした表情を浮かべる。
俺を何だと思っているのだろうか。
「俺だって少しは考え込むっつーの。それにしても、俺と花井美陽や大地で何が違うのかね」
「まあ、確かにな。「じゃない方」とは言われるけど、顔だってそこまで悪くない。性格は、下心ありとはいえ花瓶の水替えをするくらいにはいい。勉強だって出来たよな?」
「学年一位だ」
「サラッとすげえことやってんな」
確かに、こうして確認してみると俺って意外とハイスペックじゃないか?
我ながら中々の優良物件。それなのに、何故……?
「まあ、一つは分かってるけどな。お前のよくないところ」
「な、なんだと!? 教えてくれ!」
大地の制服にしがみつき、懇願する。
余りの必死さに大地は引き攣った笑みを浮かべていた。
「いや、そう。そういうところ」
「え?」
「必死過ぎるつーか、真面目過ぎるっつーか。何ていうか、固い。特にお前が女の子と話すときな。多分、異性ってことを意識しすぎてるんだと思う」
「そ、そんな……」
確かに、大地の言う通り俺は女の子と意識している。めちゃくちゃに意識してしまっている。
それが良くなかったのか?
「まあ、意識するのは仕方ないけどさ。多分、あっちにそれが簡単に伝わってるのが問題なんだろうな。もうちょい、隠す努力をするべきだと思う。まあ、要は女の子への接し方を見つめ直すべきってことだな」
「なるほど……女の子への接し方か」
「それこそ、花井美陽とかの接し方を見て見るといいんじゃねーの。同性だからっていうのもあるだろうけど、あそこまで女子に好かれるんだ。それなりの理由があるんだろ」
言われてみれば確かにそうだ。
今までは花井美陽がイケメン女子だから、という理由で流していたが、あそこまで人気なのもおかしい。
見た目以外にも何らかの理由があると考えた方がいいだろう。
「大地、アドバイスありがとな」
「気にすんな。お前が花井さんと関わるのを見るのも楽しそうだしな」
そう言うと大地は自分の席へと戻っていった。
花井美陽がモテる理由。そこに、俺の現状を打破する鍵がある。
大地と話している内に、気付けば教室内にもチラホラと人が増えていく。教室内に甘い香りが漂い始めたところで、ガララと音を立てて教室の扉が開く。それと供に、教室中の視線が扉の先にいる人物に集中する。
「おはよう、皆」
ニコッ。
そんな効果音が聞こえてきそうなほど綺麗な笑顔。その瞬間、クラス女子が一斉に笑顔を振りまいた人物――花井美陽の下に駆け寄っていく。
「花井さん! おはようございます!」
「おはよう、花井さん! 今日も凄く綺麗だよ!」
「花井さん、今日も私たち下民の前に姿を現していただき、感謝感激です!!」
一部を除き、殆ど全てのクラスメートが頬を赤らめている。
こ、これが花井美陽! 校内にファンクラブも出来ており、その上、花井美陽は全ての人の共有財産とまで言われた存在!!
だが、これで分かった。
花井美陽がモテる理由、それは笑顔だ。
あの爽やかな笑顔と柔らかな顔。
まるでおとぎ話に出てくる王子様のような美しさ。それが、花井美陽を憧れの存在へと昇華しているに違いない。
そうと決まれば練習だ。
丁度良く、隣の席の三鷹風香さんがやって来た。
「おはよう、三鷹さん」
ニコッ。
「あの、気持ち悪い笑顔を朝から向けてこないでください」
それだけ言うと、三鷹さんは数センチだけ俺から机を離した。
な、なるほど。
まあ、いきなり上手くはいかないよな。
三鷹さんはクールで口調がきつめということで有名だ。
だが、逆にいえば三鷹さんが俺の笑顔で頬を赤らめた時、その時こそが俺が完璧なイケメンスマイルを習得した時と言える。
「三鷹さん、俺はいつか必ず君を照れさせてみせる」
ニコッ。
「……」
三鷹さんとの距離が更に数センチ離れた。
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