第2話 あーん
花井美陽。
「花井さん、今日の体育のバレー凄かったね! 男子より上手くて、かっこよかったー」
「はは、ありがとう。一応、中学でやってたからね」
「へー、そうなんだ。高校ではバレーやらないんだね」
中学時代はバレー部に所属、現在はどの部活にも所属していない。
「うん。他にやってみたいこともあるからさ」
「え!? 何それ何それ!?」
街中で勧誘されモデルを始める。
お弁当は母親の手作り。卵焼きは甘めが好き。
「ふふ、それは秘密」
「「「キャー!! 気になるー!!」」」
高校でやりたいことがあるようだが、不明。
「お前さ、怖いぞ」
「え? 俺?」
昼休み。いつもの花井さんグループの談笑に耳を傾け、情報を集めながら弁当を食べていると大地に声をかけられる。
「うん、お前。ジッと花井さんたちの方見つめながら何かメモしてて、まるで花井さんの熱烈なファン、もしくは、ストーカーみたいだ」
「なっ!? 何てこというんだお前! これは研究だ。花井美陽を超えるために、花井美陽を知る。俺は奴のファンでもストーカーでもない!」
「あー、うん。まあ、そうだろうけどよ」
大地に返事を返し、再び花井美陽たちの会話に耳を傾ける。
「は、花井さん? どうしたの? そんなにジッと私のお弁当見つめて……」
「あ、ああ、ごめんね。その唐揚げ美味しそうだなって」
まるで子供のようなことを言いだす花井美陽。
だが、それが女子の胸に響いたらしい。
「あの! よ、よかったら食べてください!」
「いいの?」
「はい! 寧ろ、花井さんに食べていただけるならこの唐揚げも本望です!」
「それは大げさだと思うけど……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言うと花井美陽はお弁当の唐揚げに箸を伸ばし。
口に入れる。
ふっ。人のお弁当のおかず、それもメイン級のおかずを奪い取ろうとは、なんと卑しい奴なのだろう。
これは真似しなくていいな。こんなことして好感度が上がるはずがない。
花井美陽、とんでもない奴かと思ったが、大したことないな。
完全に俺が油断し切った瞬間、花井美陽は俺も、そして、女子たちも想像しえない行動に出た。
「じゃあ、お礼に私の好きな卵焼き上げる。あーん」
「「「!?」」」
卵焼きを箸でつまみ、自然な動作で唐揚げの持ち主の口に卵焼きを運ぶ花井美陽。
その動きに、唐揚げを渡した女子は勿論、その周り、俺でさえも固まっている。
恐らく、動けなくなっている女子と俺の思いは一致していた。
あ、あ、あーんだとおおおお!!
一度は憧れる実際にやったら滅茶苦茶恥ずかしいであろう行動ランキングトップ3に入る、あの、「あーん」だとおおお!?
「あ、え、その! は、花井さん?」
「あれ、お礼のつもりだったんだけど、もしかして卵焼き嫌い?」
ブンブンと首を横に振る唐揚げガール。ツインテールの髪がでんでん太鼓のように何度も顔に当たっていた。
「そっか、なら、あーん」
「あ、あーん」
そして、そのまま唐揚げガールは卵焼きを口にした。
「どうかな?」
花井美陽が問いかけ、唐揚げガールは俯きながら小さな声で「幸せです」と呟いた。
その顔は真っ赤だった。
「あれ? どうしたの。そんなに俯いてたら綺麗な顔が見えないよ」
そう言いながら、花井美陽は唐揚げガールの顎をクイッと上げた。
「「「キャアアア!!」」」
女子たちから黄色い奇声が上がる。唐揚げガールの顔は真っ赤を通りこして、真っ白だった。
「私、死んでもいい……」
そう言い残して唐揚げガールは燃え尽きた。
周りの女子たちは静かに合掌しており、花井美陽だけが突然燃え尽きた唐揚げガールに困惑していた。
「あはは! いやー、面白いな。あの女の子って、陽翔?」
一部始終を目撃した大地は笑っていたが、俺は笑えない。
恐ろしい、花井美陽。奴の実力の一端が確かに垣間見えた。
「唐揚げを欲しがったのは全て、自然な流れであーんをするための布石。いや、唐揚げを欲しいと言ったことも、今思えば、ギャップ萌え狙いだった? そして、最後の顎クイッ……! 俺に、あそこまで自然な流れで出来るか……? 出来ない……ッ! 俺には、出来ない……ッ!!」
己と花井美陽の実力差に絶望し、机を叩く。
「お前、バカすぎだろ……ッ!」
絶望する俺を見て、大地は腹を抱えて笑っていた。
こ、こいつ……人が真剣に考えているというのに。
「てめえ! 人が真剣になってる横で笑いやがって! こうなったら、お前で実験してやる! てめえのサンドイッチに挟まれたハム寄越せ!」
「ちょっ! お前、ふざけんな!」
「うるせー! てめえのハム食ったから、俺のウインナーも食いやがれ! あーん!!」
「おい! 止めろ! ちょっ、まじで見られてるからやめ――」
「ほら、照れるか!? 俺に惚れたか!?」
「惚れるわけねーだろ!」
***
「何だかあそこの男子騒がしいよね」
「うん。俺のウインナーがどうとか、惚れたかとか……凄くそそるよね」
「え? 今なんて?」
「なんでもないよ」
「そ、そっか……。それにしても、やっぱり男子って野蛮でバカって感じ。花井さんもそう思いますよね?」
「……」
「花井さん? どうしたんですか、男子の方をじっと見つめて」
「いや、なんでもないよ。香織の気持ちも分かるけど、そんなに男子を悪く言うこと無いんじゃないかな」
「そうですかぁ? まあ、花井さんがそう言うなら……」
花井美陽、十六歳。
彼女の視線が花井陽翔に向けられていたことを、彼はまだ知らない。
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