第3話 呼び出し

 ライバルとの実力差を前に絶望した昼休み、そして午後の授業が終わり、放課後になった。


「三鷹さん、また明日」

「……さようなら、花井君」


 相変わらず三鷹さんとの机の距離は空いたままだが、挨拶は返してもらえた。

 爽やかイケメンスマイルは程遠いが、多少マシになったと言ったところだろう。

 去り行く三鷹さんの背中を見届けた後、俺も帰り支度を始める。

 放課後まで花井美陽の行動観察をしても良かったが、今回学んだことを実践しなくてはならない。主に妹相手に。

 花井美陽に心を奪われかけている妹の心を取り戻す。それが俺の第一目標だ。


「ごめん、ちょっといいかな?」


 カバンを纏めて、席を立とうとした時、肩を誰かに叩かれる。

 いや、その声の主を俺はよく知っている。俺に限らず、この高校の二年生は殆ど皆知っているだろう。


「花井、美陽……ッ!」

「そ、そんなに見つめられると照れちゃうんだけど……」


 頬をかきながらそんなことを呟く花井美陽。

 くっ。不覚にも可愛いと思ってしまった……! イケメンなだけでなく可愛さまで持ち合わせているとは、末恐ろしい。

 

「なにか用か?」

「ああ。今日一日、私の方を見てたよね? 何か用でもあるのかなって」


 ニコッ。

 柔らかイケメンスマイルを俺に向ける花井美陽。

 くっ。後光が差して見える! 直視できない!


「それで、どうなんだい?」


 花井美陽が問いかける。


「いや、別になんでも――」


 ――いや、待てよ。

 いっそ、花井美陽に教えを乞うのはどうだ?

 勿論、花井美陽は俺にとってライバルだ。

 だが、それと同時に俺の前を歩くお手本となる存在でもある。

 いずれ、花井美陽の隣に並び立ち、そして、追い越すために教えを乞う。そういう貪欲な姿勢が時に必要ではなかろうか。


 覚悟を決め、花井美陽の切れ長の瞳を真っすぐ見つめる。


「花井美陽、話したいことがある。二階の空き教室に来てくれないか?」

「……へ?」


「「「ギャアアアア!!」」」


 花井美陽の背後から悲鳴が上がる。


「え、あ、は、話しってここじゃダメなのかい?」

「ダメだ。お前だけに聞いて欲しい」

「ほ、本当に私でいいのかい?」

「寧ろ、お前じゃなきゃダメだ」

「わ、分かった」

「よし! ありがとな! それじゃ、俺先に空き教室に行ってるから!」


 珍しくどこか狼狽えているようにも見える、花井美陽を置いて教室を飛び出す。

 放課後、二階の空き教室は自習用に開放されている。

 だが、自習する人は皆無だ。

 自習している女子に優しく勉強を教えるという目的のために、毎日通い詰めている俺が言うのだから間違いない。


 俺が出て行った後の教室が何やら騒がしくなっていることを気にも留めず、急いで空き教室に向かった。



***



 花井陽翔が出て行った後の教室は阿鼻叫喚という言葉が相応しい様相となっていた。


「あんの男ぉ! 花井さんに告白するなんて許せない……ッ!」

「花井さんは皆のもの、花井さんは皆のもの」

「花井さん、まさか行くつもりなんですか!?」

「まあね。分かったって言ったし、断るのも失礼だと思うしね。それに、まだ告白とは決まっていないよ」


 涼しい顔でそう言う美陽だったが、彼女の心臓の鼓動は僅かに早くなっていた。

 花井美陽は女の子に慕われ、同年代の男子からも告白されることが少なかった。

 それ故に、彼女は自分は男にモテないと思っている。

 実際のところ、花井美陽の男子人気は高い。だが、花井美陽の姿に男たちが自信を無くしたり、花井美陽は女性が好きという噂が流れたりしたせいで諦める男が多いのだ。

 そういう事情もあり、彼女は恋愛に憧れを抱いている。


「は、花井さん……?」

「それじゃ、皆また明日。気を付けて帰ってね」


 鞄を手に取り、軽く手を振りながら花井美陽は教室を後にする。

 残された花井美陽を愛する女子たちは、ポカンと口を開け硬直していた。


「「「いやああああ!! 花井さんが男の毒牙にいいいい!!」」」


 そして、暫くしてから一斉に悲鳴を上げた。


 背後から響く悲鳴など気にも留めず、花井美陽は自身を呼び出した男子――花井陽翔に思いを馳せる。


(彼は、覚えていないんだろうな)


 中学時代、花井美陽は一人の男子に救われたことがある。

 その男子こそが花井陽翔なのだが、陽翔はそれを覚えていない。

 好きというほどではないが、何となく気になる存在。

 そんな相手に呼び出された。

 今までにない高揚感を感じつつ、彼女は空き教室への道を急いだ。



*****


 今日、もう一話投稿します。

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