第36話 トキメキ大作戦(穴だらけ)

「はぁ、褒めてくれるのは嬉しいけどああやって叫ぶのはやめてくれよ」


 既に駅前を離れ、俺たちは本日のメインイベントともいえる映画鑑賞のために映画館に向かっていた。


「美陽が可愛いのが悪い」

「ッ!?」


 ネチネチと文句を言ってくる花井美陽を黙らせ、改めて計画を見直す。


 さすがは花井美陽だ。俺がときめかそうと思っていたのに、いつの間にか俺がときめいていた。

 やはり、花井美陽をときめかせるということは一筋縄ではいかないらしい。


 まあ、もとよりそれは分かっていた。

 だからこその映画だ。


 面白いものには人の心を動かす力がある。

 日々を全力で生き抜く人々のドキュメンタリーを見て明日を生きる活力が湧いたり、心ときめく恋愛映画を見て恋をしたくなったりした人もいるだろう。


 今日、俺はそれを狙う。

 見るのは最近話題の恋愛映画だ。詳しくは知らないが、俺の友人でもある大地曰く「まあ、うん面白かったぞ」とのことだった。

 まあ、「彼女が恋しくなったか?」という質問に対して「めちゃくちゃ」と答えていたので効果は抜群に違いない。


「よし、映画館にも着いたし映画でも見るか!」

「あ、ああ、そうだね。そういえば何を見るかは聞いてなかったけど、何を見るつもりなんだい?」

「ああ、『デッドマンズ・ラブ』ってやつだ」

「ドキドキ動悸が止まらない! 超弩級のラブロマンスって触れ込みが話題になってた映画だっけ?」


 なにその触れ込み。一気にB級感が出てきたぞ。

 まあ、大地も面白いと言っていたしドキドキするとは言っていたから俺の目的は果たせるだろう。


「じゃあ、チケットを買いに……」

「既に用意してある」


 懐から既に発券していたチケットを二枚取り出し、チケット売り場に向かおうとする花井美陽に見せる。

 これには花井美陽も笑顔だった。


「気が利くね。代金は払うよ」


 そう言うと、花井美陽は財布をカバンから取り出そうとする。


「気にすんなよ。普段お世話になってるからな。ここは俺に出させてくれ」

「気持ちは嬉しいけど、陽翔を誘ったのは私の方だから払わせて欲しいな」


 そう言うや否や、花井美陽は流れるように財布から千円札を取り出し俺の手に握らせる。

 そして、花井美陽は俺の手からチケットを一枚取った。


「よし。じゃあ、上映時間も近いし行こうか」


 ひとまず、前を行く花井美陽の後を大人しくついていく。


「チケットをお願いしまーす」

「はい」

「確認します……あの、お客様こちらはお返ししますね」

「え……なっ!?」


 受付の人から千円札を返された花井美陽が慌てて振り返る。


 くくっ、漸く気付いたか。

 俺が大人しく千円札を受け取るはずがないだろう。


「花井美陽なら必ずチケット代を無理にでも払おうとしてくる。俺の予想通りだったなぁ?」

「まさか……! 私の行動を読んで、チケットの裏に千円札をあらかじめ仕込んでいたというのかい?」

「その通り。これこそが、俺の甲斐性だ!!」


 完璧だ。

 この圧倒的な甲斐性を前にしては花井美陽も顔を赤面させているに違いない。


 そう思ったのだが、花井美陽は赤面するどころか呆れたような表情でため息を漏らしていた。


「まあ、陽翔がそこまでしてくれるならここはありがたく受け取っておくよ。ありがとう」


 そして、いつものように微笑んでから前に進んだ。

 

 あれ? ときめいてなくね?


「イケメンな彼女さんですね」

「俺とどっちがイケメンだと思いますか?」

「あはは。あ、チケット確認しますねー」


 花井美陽が立ち去ってから映画館の店員さんに声をかけられたので、試しに質問してみたのだが、何故か店員は作り笑いを浮かべ俺と目を合わせようとしなかった。


 おい、言いたいことがあるならはっきり言えよ。



***



 映画を見終わった俺たちは映画館の近くにある喫茶店にやってきていた。席に着き、注文を終えたところで花井美陽が口を開いた。

 

「面白い映画だったね」

「そうだな」


 映画の内容は、一度も恋人が出来ないまま死んだ主人公がゾンビとして蘇り、自分を倒しに来たゾンビバスターの美女に恋をするというものだった。

 アクションコメディの要素が強いかと思えば大量のゾンビが人を襲うホラーシーンがあったりと色々な意味でドキドキする映画だった。


「あの主人公、少し陽翔に似てたね」

「それは俺がイケメンってことか?」

「違うよ」


 なーんだ。ゾンビとはいえ主演を務めるのはイケメン俳優だったから、てっきり俺がそのイケメン俳優に似ているとかいう話かと思った。


「恋人が欲しくてゾンビになる執念とかそっくりじゃないかな」


 む。そこは否定できない。

 そういわれると確かに、モテモテを夢見てわざわざ元女子校を選んだ俺と映画の主人公の精神には近いものがあるのかもしれない。


「もし陽翔がゾンビになるようなことがあったら私が倒しに行くよ」


 からかうように花井美陽が言う。


 なるほど。弟子の不始末は師匠が拭うということか。

 やはり花井美陽は責任感が強いな。


「バカ言え。ゾンビになんてならねーよ。あと一年もたたないうちに俺はモテモテになる予定だからな」

「そうだね。陽翔がモテモテになるかはさておき、ゾンビにはならないかもね」


 映画の話はこんなところでいいだろう。

 それより、そろそろ本格的に花井美陽ときめき大作戦の最終フェーズに入るときだ。


 既に映画を見たことで花井美陽の心臓は揺れ動きやすくなっている。

 勝負に出るにはここしかない。


「すいませーん」

「はーい」

「このジャンボマックスパフェ一つお願いします」


 店員さんを呼び、大盛りのパフェを頼む。


「陽翔、このパフェ五人分って書いてあるけど食べきれるのかい?」

「当たり前だろ。俺はいっぱい食べる系の男子なんだ」


 もちろん、これも作戦の内だ。

 俺のリサーチによると、女子は男子がガツガツ食べる姿に男らしさを感じてときめくというのだ。

 だったら、全国のフードファイターはモテモテになっていないとおかしいと思うが、細かいことは気にしてはいけない。

 更に、甘いものを美味しそうに食べているところにもときめくらしい。


 そこで俺はひらめいた。


 そうだ。甘いパフェをガツガツ食べよう。


 しかし、パフェとはガツガツ食べるようなものじゃない。パフェをガツガツ食べようものならパフェは飲み物のように一瞬で無くなってしまうだろう。

 そこで大盛りのパフェというわけである。


 これならガツガツとパフェを食べることが可能だ。

 五人分というところが少し不安だが、この時のために朝も昼も食べていないのだ。

 今の空腹状態ならいける。


「お待たせしました。ジャンボマックスパフェです」


 のほほんとした店員さんの声とは対照的に俺の目の前に大きなパフェがドカンと置かれる。

 見ているだけでも胸やけがしそうな圧倒的なクリームにこれでもかと盛り付けられたバニラアイス。

 そして、容器の底の方には所狭しと言わんばかりにスポンジ生地やコーンフレーク、ゼリーが詰まっていた。


「陽翔、本当に大丈夫なのかい?」


 パフェを前におののく俺に花井美陽が心配そうに問いかける。


 本音を言えば、俺は甘いものが大好物というわけではない。それでも、全ては花井美陽の心臓を鷲掴みにするためと思えば、苦しくはない。


「花井美陽、そこでしっかりと見ておくと言い。この俺の溢れんばかりのイケメン力をな」

「え? う、うん」


 スプーンを片手に深呼吸を一回。そして、大きくを目を見開く。


「いただきます!!」


 先ずはアイスとクリーム。

 甘みの暴力によろめいてしまいそうになるが、怯まず口にドンドン運んでいく。

 ただ食べるだけじゃダメだ。ガツガツ食べないといけないのだから。


 カツ丼を書き込むように重い容器を持ち上げ、口にアイス、クリーム、スポンジ生地などなどをかきこんでいく。


 これにより、花井美陽の心臓もドキッとすること間違いなしだ。


 更に、男性が重い物を持っている瞬間にも女性はときめくという記事をネットでみ見たことがある。

 つまり、ここでパフェの容器をさり気なく持ち上げることで、花井美陽の心臓がドキドキし始めるのである。


 まだ俺の攻勢は終わらない。

 一通りかきこんだところで、容器を机の上に置き口の中に入っているものを呑み込む。

 そして、花井美陽に向けてありったけの笑顔を向ける。


「甘くて、うんまーい!」

「そ、そっか。それはよかったね……」


 これには流石の花井美陽も動揺を隠しきれず、引きつった笑みを浮かべていた。

 恐らく、自分の心臓が突如高鳴り始めたことに脳が付いて行ってないのだろう。

 恋とはそういうものだ。最初は「なにこの感情? 知らない!」と動揺してしまうものなのである。


 しかし、いつも余裕そうな花井美陽がこれだけ動揺している様子を見るに、俺の作戦は大成功と言える。

 なら、後はパフェを完食するだけだ。

 

 容器を盛り上げ、パフェをかきこむ。

 口の中をスッキリさせるために、フルーツも食べ、すかさず「うんまーい」と微笑みを花井美陽に向ける。


 とにかくこれを繰り返す。

 もってくれよ、俺の胃袋!!

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