第37話 来訪者

「おえっ……気持ち悪い……」

「まったく、何をしているのさ。一人でそんなに食べたらお腹が痛くなるに決まってるじゃないか」


 呆れながら花井美陽は俺の隣にわざわざやってきて優しく背中をさする。


「途中で手伝うって言ったのに、頑なに一人で食べようとするし、そんなにパフェが好きだったのかい?」

「いや、違うけど……」

「なら、なんで一人で食べきったのさ」


 花井美陽の言いたいことも分かる。


 だが、俺は男らしさを見せつけるためにわざわざ大盛りにしたのだ。

 それなのに食べきれず、挙句の果てに花井美陽に助けを請うなど俺のプライドが許さない。

 花井美陽を超えるイケメンを目指す以上、ここで花井美陽にだけは頼るわけにはいかなかったのだ。


「うぷっ」

「大丈夫かい?」

「もちろん、だいじょう……うぷっ」

「大丈夫じゃないね。もう、仕方ないなぁ」


 なんとか胃袋から食べ物が出ないようにと背もたれに体を預けていたのだが、突然俺の身体が横に倒れた。


「横になったら少しは楽だろう? 私でよければ身体を貸すから、ゆっくりと休むといい」

「あ、え……?」


 目の前には花井美陽の整った顔。後頭部にはなにやら柔らかいもの。


 さすがの俺でもわかる。

 これは俗にいう膝枕という奴だ。


「いや、何考えてんだ――!?」


 慌てて身体を起こそうとするが、花井美陽は俺の口を押さえ、静かにと言わんばかりに人差し指を立てた。


「ここは端の席だし、幸い今はお客さんも少ない。今はゆっくり休みなよ」

「いや、だけど……」

「それとも、陽翔は私の膝では不満かい?」


 卑怯な女だ。

 花井美陽ほどの美形にそんなこと言われて断れる人はそうはいないだろう。

 いつもは人当たりのいい優しそうな表情をしているのに、時折こうして大胆な行動に出る。

 おかげでこっちの心拍数は上がっていく一方だ。


 これがイケメン。これが花井美陽。

 圧倒的な差を見せつけられた気分だ。所詮俺も花井美陽の前では愛でる対象のかわいらしい子猫ちゃんに――なってたまるかぁ!!


「危ない!!」

「なっ!?」


 慌てて身体を起こし、花井美陽から距離を取る。


 あぶねえ。あと少し遅かったら完全に花井美陽ハーレムの一員にされているところだった。

 男の俺でさえメスになりかけてしまうとは、花井美陽はやはり恐ろしいイケメンだ。


「流石は師匠といったところか。だが、まだ勝負は終わっていない! 俺はまだあきらめてないからな!」


 花井美陽に堂々と言い放ち、すぐさまトイレへ向かう。

 今はまだ心臓がうるさい。ここは戦略的撤退だ!


 急いでトイレに駆け込み、個室に入る。


 おかしい。こんなはずではなかった。


 俺の計算ではパフェを完食した瞬間、「こんな胸の高鳴り、私知らない!」と花井美陽は赤面しているはずだった。

 そして


『陽翔、見事だ。私はイケメンで王子様なんて呼ばれていたけれど、君の前では私もただの子猫ちゃんに過ぎなかったよ。真のイケメンは君だ』


 と俺に賛辞の拍手をしているはずだった。

 ところが実際には子猫にされかけていたのは俺だった。


 これでは立場が逆である。


 何とかして逆転の一手を考えなければならない。

 だが、既に俺が事前に考えていた策は尽きた。


 このカフェでの作戦こそが俺のとっておきの切り札だったのだ。

 

 どうするべきか。悩んでいる間にも刻一刻と時間は過ぎていく。

 ええい、もうどうにでもなれ!

 壁ドンでも投げキッスでもやってやらあ!


 トイレを飛び出し、席に戻ろうとしたところで見慣れた後ろ姿が目に入る。

 

 あれは、雅か?

 花井美陽となんか話してるみたいだが、なんであいつがこんなところに?


 それは後輩の剣崎雅だった。

 俺にとっては中学時代に所属していた剣道部の後輩であり、花井美陽同様にイケメンなライバルでもある。


「雅」


 一先ず雅の背後から近づき、声をかける。

 

「ああ、あんたか」

「陽翔、戻って来たんだね」


 俺の存在に気付いた二人が同時にこちらを見て来る。

 雅はいつも通りの無表情で、花井美陽の方は笑顔だったが、安堵の笑みにも見えた。


「どうしてこんなところにいるんだ?」

「あんたの家にいったら、妹からここに来てるだろうと伝えられたからな」


 なるほど。

 確かに、俺は昨晩妹にデートの相談をしていたし、妹が俺の行く先を知っていてもおかしくない。


「なんか俺に用があったのか?」

「ああ。暇なら一緒に素振りでもどうかと思ったんだがな」


 そういう雅の背には確かに竹刀があった。

 

「あー、それなら悪かったな。今日は見ての通り花井美陽とデートだから、また後日でもいいか?」

「だが、花井先輩より私の方がお前を必要としているぞ?」

「っ!?」


 雅の言葉に花井美陽は目を見開くが、俺は分かっている。

 どうせ、練習相手として必要という意味だろう。


「そいつはどうも。でも、雅が俺を必要としているように、俺も花井美陽の存在が必要不可欠なんだ。今日は最初から花井美陽とデートすると決めている以上、それを曲げる気はない」

「っ!?」


 今度は俺の方に花井美陽が顔を向ける。

 さっきからせわしない奴だな。俺がトイレへ行く前のイケメンさはどこかへ消し飛んでしまったらしい。


「なら、仕方ないな」

「すまんな」

「気にするな。急に押し掛けたのは私の方だからな。一つだけ確認したいのだが、いいか?」

「なんだ?」

「私の知り合いにお前のことを紹介したいのだが、問題ないか?」


 雅が俺を紹介したい?

 別に問題は無いが、以前のように後輩の女子たちに俺が恋人に飢えている野獣のような男だと紹介されてはたまったものではない。

 ここは一度確認が必要だろう。


「一応、なんと紹介するかだけ教えてもらってもいいか?」

「かっこよくて強くて優しくて頼りになる年上の男、と紹介するつもりだ」

「もちろんいいぜ!! 寧ろそこに甲斐性もあって、恋人はとても大事にするタイプということも付け加えておいてくれ!」

「ああ、分かった」


 最高の紹介だ。更に女子に人気の雅が紹介するのだから効果は絶大に違いない。

 きっと来週、俺は一年女子の熱い視線を一身に受けるだろう。


 俺の返事に雅も嬉しそうに答え、どこかへ姿を消した。

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