花井美陽~中三の夏~(あと登場人物紹介)

 皆さんいつも読んでいただきありがとうございます。

 今回はコメントでの要望であった登場人物紹介を簡単にしようと思います。

 ただ、それだけだと味気ないかなと思ったので、どっかで書くつもりだった花井美陽と主人公の出会いを描いた短編を置いときます。

 先に短編、後から登場人物紹介という順番になっているので好きなように読んでください。

 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


◇◇◇


 身体が重い。

 汗が止まらない。


「デュースか……最後は花井にボールを集めるぞ」

「「「はい!」」」


 先生の期待が重い。


「美陽、頼りにしてるよ!」

「美陽なら絶対決めてくれるって信じてるからね!」

「逆転して絶対に全国行こうね!」


 チームメイトの信頼が重い。


「うん」


 期待されている。

 花井美陽ならきっと決めてくれると、皆の王子様ならチームを勝利に導いてくれると皆が思っている。


「美陽、大丈夫?」

「うん、大丈夫。任せて、必ず決めてみせるから」


 別にバレーが好きなわけじゃなかった。

 身長の高さを理由に先輩と顧問の先生に誘われて、始めただけだった。

 ただ、私には思いのほかセンスがあったらしく気付けば三年生になる頃にはバレー部の主将でエースになっていた。


 男子顔負けの大エース。

 巷ではそんな風に言われているらしい。


 だからこそ、決めなくてはならない。

 それが皆から求められている花井美陽だから。


 いつもより多く出る汗を拭い、鉛の様に重い足を動かす。


「美陽!」


 ボールが私の頭上を舞う。

 チームメイトから託された最後のボール。

 このボールを決めることが出来なければ、私たちのチームの負けが決まる。


 助走をつけて、体育館の床を強く踏み抜き――。


 その瞬間、足が滑り視線が下がる。


 え……。


 私の目の前でボールが跳ねて、体育館中から歓声が鳴り響いた。




『汗で滑るなんてついてなかった』

『あと少しだったのに』

『負けたかぁ』


 試合が終わってから、私は周りの声を聞かないようにしながら逃げた。

 いつもなら先生や応援してくれた人に声をかけられるところだが、今日だけは彼らの顔が見れなかった。

 お手洗いと周りに伝え、体育館の外で一人うずくまる。


 裏切った。

 私は皆の期待を裏切ったのだ。


 花井美陽らしくない行動だと理解しておきながらも、私は期待してくれた人たちの失望の眼差しを見ることが怖かった。


「ん」


 そんな時だった、目を真っ赤に腫らした一人の男の子が私にタオルを差し出してきた。


「これ、は……」

「ったく。こっちだって負けて泣きてーのに、お前みたいなこの世の終わりみたいな顔してる奴見てると泣けるに泣けねーよ。これで涙拭きやがれ」

「……いや、それは」

「うるせえ。いいからこのタオルで顔覆っとけ。折角の可愛い顔が台無しだぞ」


 少し強引な男の子にタオルを押し付けられ、仕方なく受け取った。


「ありがとう」

「おう。ところで、その格好バレー部なんだろ? チームメイトの下に行かなくていいのか?」

「……行けないよ」

「行けない? なんでだ?」


 その時の私は半ばやけくそになっていたし、その男の子が赤の他人で花井美陽を知らないということも大きかった。

 だから、私は胸の中に溜まった思いを吐き出した。


 期待されていたこと。

 期待に応えようとしたこと。

 期待に応えられなかったこと。

 期待に応えられない自分が、期待してくれた人に合わせる顔なんてないこと。


 その全てを、タオルをくれた男子は黙って聞いていた。


「私は、皆に求められる花井美陽であるべきだった。そうでなくなった今、私の居場所はないよ」

「それはおかしいだろ」


 その男の子の声に顔を上げると、男の子は真剣な表情で私を見ていた。


「期待に応えられなくて、合わせる顔がないってのは分かる。だけど、お前は期待に応えようとしたんだろ。必死に頑張ったんだろ。なら、それで十分だろ」

「で、でも、結果がダメだったんだ」

「そういうこともある。だけど、俺たちは子供だぜ? たった一回の失敗で見捨てられるなんてあんまりだろ。それを言ったら俺なんて失敗だらけだ。主将なのに、後輩の女の子にボコボコにされることだってあるし、部員が言うこと聞いてくれねえなんてしょっちゅうあった。それでも頑張ってたらよ、ついてきてくれる奴がいた」


 確かにそういう人もいるだろう。

 でも、皆が皆そうとは限らない。


 そんな私の考えを見透かしたかのように、その男の子は言葉を続ける。


「まあ、皆が皆そうとは限らないけどな。でも、少なくともお前のチームメイトはそうなんじゃねーか?」


 その男の子がそう言った途端、まるで示し合わせていたかのように私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 その声の主はこの三年間ずっと一緒にバレーをしてきた私のチームメイトだった。


「な、なんで……」

「行ってやれよ。周りの人間が好き勝手に期待してくるなんてよくあることだ。でもさ、中にはちゃんと必死に頑張ってる等身大のお前を見てくれる人がいるんじゃねーの?」


 その言葉と供に、その子は私の背中を押す。

 それと同時に、チームメイトに私の姿が見つかってしまった。


「もー! 美陽、心配してたんだからね! 表彰式だってあるんだから、早く行くよ!」

「あ……その、ごめん」

「なにが?」

「私のせいで負けてしまって……」


 私が呟くと、チームメイトの子は私の額を思いっきりデコピンした。


「いたっ。や、やっぱり怒ってるよね?」

「ちっがーう!! 負けたのはチームの責任でしょ! 美陽一人で責任なんて絶対に背負わせてやんないから!」


 プンプンと頬を膨らませるその子を見て、今更ながら私は気付いた。

 期待されることが多かったけれど、私を心配してくれる人も確かにいたのだ。

 プレッシャーの大きさに、いつの間にか私はそっちばかりに目がいっていた。

 でも、それだけじゃないんだ。


「ありがとう」

「チームだから普通でしょ! それより早く行くよ!」

「あっ、ちょっと待って」

「どうしたの?」


 足を止めて、あの男の子の方へお礼を伝えるべく男の子がいた方に向かう。

 だが、いつの間にかあの男の子はどこかへと立ち去って行った。

 暫く男の子の姿を探していると、建物の影から二人の男の子の声が聞こえて来た。


「おい、陽翔。さっきの連絡はなんだったんだよ」

「まあ、ちょっとな。助かったぜ、ありがとな」

「いや、まあ俺も女子バレー部の子と喋れて嬉しかったからいいんだけどな」


 隠れながらこっそり顔を出すと、さっきまで私と話していた男の子とその子の知り合いと思しき男子が会話をしていた。


 連絡……まさか、私のチームメイトを呼んだのって……。


「あ、そうだ! それより剣崎がまだ泣き止まねーんだよ。お前の名前呼んでるし何とかしてくれ!」

「マジで? それなら行くかぁ」

「そうだそうだ! ほら、さっさと剣崎を泣き止ませて皆でパーッと打ち上げ行こうぜ!」


 その会話を最後に二人の男子はどこかへ行ってしまった。

 残されたのは私の手元に残るあの男の子から貰ったタオルと、彼の知り合いと思しき男の子が呟いた名前。


「陽翔……か。お礼、言いそびれちゃったな」


 手元のタオルをギュッと抱き寄せる。


 別に大したことをされたわけじゃない。

 ただ私が沈んでいるときにタオルを渡して話を聞いてくれた。

 そして、私に大切なことを気付かせてくれた。


「美陽ー、そろそろ行こうよ」

「うん、今行く」


 待たせていたチームメイトの子に返事をし、その場を後にする。


 大したことをされたわけではないけれど、私はこの日を一生忘れない。

 だって、そうだろう。

 王子様と言うには少しぶっきらぼうだったけれど、泣いているときに手を差し伸べてくれる、そんな素敵な人に出会えたんだから。



◇◇◇


<ここまでの登場人物紹介>


 主人公

 花井陽翔はると

 高校二年生。黒髪黒目。短髪。

 容姿は中の上くらい。放課後、女子に勉強を教えてあげるというシチュエーションを叶えるために勉強は頑張っている。

 中学時代は剣道部主将を務めていたため、運動は人並みには出来る。

 女の子に囲まれ、モテモテになることを夢見て元女子校である私立聖歌学園に入学。

 だが、同学年のイケメン女子花井美陽にことごとく女の子の視線を奪われたことで花井美陽を嫉む。

 実際のところ主人公がモテない理由は、女子に対する経験が足りないだけ(主人公の友人調べ)。

 花井美陽を嫉むものの、花井美陽の持つイケメン力に注目し彼女に弟子入りする。

 以降、花井美陽をライバル視しつつ、モテモテになるテクニックを磨いている。


 中学生の時に花井美陽と面識があるが、覚えていない。



 花井美陽みはる

 私立聖歌学園に通うイケメン女子。黒髪ショートのボブヘアー。

 ややつり目で、身長は170を超える。モデルを務めるほどの抜群のスタイルと、整った顔から男女問わず大人気。

 ただし、そのイケメン力から男子たちの劣等感を刺激することも多く、見た目の割に男子から告白されることは少ない。

 一方で女子人気は絶大であり、他校の女子から告白されることもある。

 だが、本心では一人の女の子として少女漫画のような恋愛に憧れている。


 中学時代に花井陽翔と面識があり、当時のことをずっと覚えている。

 花井陽翔が弟子になってからは、彼の唐突な行動に動揺することが増えた。

 主人公の奇行に悩まされる被害者その1。

 


 三鷹風香ふうか

 主人公の隣の席に座る美少女。

 表情が余り変わらず、笑っているところを滅多に見れないと言われている。

 自身に愛嬌が無いことを自覚しており、仲のいい友人が殆どいないことを寂しく思いつつも仕方ないと考えている。

 素気ない自分に対しても、毎日毎日飽きることなく笑顔で挨拶する主人公のことを変な人と思ってはいるが、嫌悪感は抱いていない。

 主人公の奇行に悩まされる被害者その2。



 水瀬香織かおり

 花井美陽をこよなく愛する過激派少女。

 主人公を脅迫し、その知略をもってして主人公に対する学園内の評価を地の底に叩き落とした。

 馬鹿な男子たちが嫌いで、馬鹿な男子の典型例と言える主人公を嫌悪していたが、最近は見直しつつある。

 だが、花井美陽をメスにするのでやっぱり嫌い。



 川平大地だいち

 主人公の友人。数少ない学園内の男子。

 可愛い彼女がいる。

 見ていて飽きないため、主人公には好感を抱いている。



 花井羽月はづき

 主人公の妹。

 花井美陽の大ファン。ブラコンではないらしい。



 剣崎みやび

 高校一年生。黒髪ポニーテール。やや鋭い目つきが特徴の美少女。

 中学時代の主人公の後輩。

 中学時代に色々あり主人公を慕っている。

 なんとしても主人公に剣道をして欲しいらしいが、その真意は未だ謎。



 御剣優希ゆうき

 剣道部主将。明るく元気。

 圧倒的ヒロイン力で主人公の中のヒロインレースの上位に躍り出た。

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