第9話 メッセージ

 荷物を詰めた鞄を肩にかけ、図書館を出ると、目の前に風香さんがいた。


「風香さん……?」

「花井君、よかったら連絡先交換しませんか?」


 風香さんはスマホを片手にそう問いかけてきた。

 とりあえず、頬をつねる。ちゃんと痛かった。


「え、ええええ!! い、いいのか?」

「はい、よければ今日みたいに勉強のヒントをまた頂きたいので。その、こっちこそ利用するみたいになるので、申し訳ないのですが、本当に構いませんか?」

「いくらでも利用してくれ!」


 直ぐにスマホを取り出して、風香さんの目の前に差し出す。

 風香さんは見慣れたメッセージアプリを起動し、俺が画面に出したQRコードを読み取る。それから、間もなく三鷹風香という名前のアカウントが俺のメッセージアプリに表示された。


 おお……。

 女の子のアカウントだ……。グループとかじゃなくて、ちゃんと個人で貰ったアカウント。しかも、風香さんからの申し出で貰ったアカウント。

 女の子側から誘われたのは花井美陽に続いて二人目だ。


「ありがとうございます。また明日、学校で」

「いやいや、こっちこそありがとな。また明日、風香さん」

「ふふっ。普段の気取った表情より、そっちの自然体な花井君の方がいいと思いますよ」


 風香さんは風に靡く髪を耳にかけながら微笑んでいた。

 そして、彼女は俺に背を向けて図書館を後にする。その背中を暫く俺は呆然と見つめていた。


 滅茶苦茶綺麗だ、とか、可愛い、とか思うことはたくさんある。

 だが、それ以上に……ッ!


「くそっ! かっけぇ……!」


 去り際に一言残して去っていく。

 かっこよすぎる。花井美陽ばかりをマークしていたが、まさか三鷹風香さんも俺のライバルになり得る存在だというのか……!?

 いや、まだそうと決めるのは早い。だが、マークはしておくべきだろう。


 迫りくる脅威を予感しつつ、俺は家への道を歩み始めた。



*****



 帰宅し、夕ご飯を食べ終えた後、俺はベッドの上で沈黙するスマホを前に腕を組んでいた。

 風香さんと連絡先を交換してからもう直ぐ四時間半、これまでに俺のスマホが通知音を鳴らしたのは二回。両方ともとある全国チェーン店の公式アカウントからのメッセージだ。

 何故だ。何故来ない。

 確かに俺と風香さんは連絡先を交換したはずだ。

 ……俺から送るべきか? だが、何と送る?


『いつでも利用してくれよな! まあ、その代わりと言っては何だけどさ……へへ……な?』


 気持ち悪い!!

 頭の中に浮かんだその文面を慌てて振り払う。我ながら驚きの気持ち悪さ。

 お前が女子に好かれない理由の一端を垣間見た気がする。

 そんな声がどこかから聞こえてきそうだ。


 どうするか……そ、そうだ!!

 今こそ花井美陽を頼る時、以前花井美陽と連絡先を交換した時、あいつから最初のメッセージを送られたことがある。

 そのやり取りを参考しよう!

 急いでスマホを起動し、最早必須アプリになりつつあるメッセージアプリを開く。

 トーク履歴から花井美陽の文字は直ぐに見つかった。そのまま、花井美陽とのやり取りを見る。


美陽:改めて、これからよろしく

陽翔:おう

美陽:言い忘れてたけど、暫くは忙しくなるから放課後には会えないと思う

陽翔:そうか。まあ、気にすんな

美陽:何か話したいことがあったら、こっちで受け付けるよ。何時でも聞いてくれ

陽翔:おう


 終わりである。

 おいおいおい! 何だこれ!? 全然気づいてなかったけど、俺滅茶苦茶素気ないな!

 バカか! もっとちゃんとメッセージ送れよ!


 いや、そうだ。この時は確か緊張してて何て返せばいいか分からなかったんだ。結果、シンプルになりすぎた。

 だ、ダメだ。今の俺では風香さんからメッセージを送られても素気ない返事しか出来ない可能性が高い。

 どうすれば……。


 頭を抱えていると、スマホが通知音を鳴らした。

 ビクッと肩を震わせて、ゆっくりとスマホに目を向ける。花井美陽とのトーク画面、そこに新たなメッセージが来ていた。


美陽:明日の放課後、空いてるかい?


 勿論空いている。こうやって聞いてくるということは十中八九なにかするのだろう。

 丁度いい。俺も花井美陽に聞きたいことがたった今出来たところだ。


陽翔:空いてるぞ

美陽:なら、良かった。じゃあ、二階の空き教室で待ってる

陽翔:分かった


 直ぐに返信を返し、スマホを置く。

 一先ず、風香さんへのメッセージは保留だな。花井美陽とのトークもこれで終わり、そう思った瞬間、スマホが通知音を鳴らす。


美陽:ところで、甘いものは好きかい?


 トーク画面にはそんなメッセージがあった。

 何の意味があるんだろうと思いつつ、とりあえず返事を返す。


陽翔:嫌いではない

美陽:そっか。ちなみに好きな食べ物は?

陽翔:オムライス

美陽:へぇ

陽翔:子供っぽいって思ったろ? 言っておくが、俺はコーヒーはブラックで飲むタイプ。即ち大人だ!

美陽:その発言が一番子供っぽいよ

陽翔:なっ!?

美陽:それじゃ、また明日ね。おやすみ

陽翔:また明日


 それ以上、花井美陽からメッセージが来ることは無かった。

 甘いもののくだりは何だったのだろうか。だが、関係ないとも言えるその話題でトークが続いたことも事実だし、正直このやり取りを俺が気軽に楽しめていたということも事実。

 まさか、これは花井美陽からのメッセージか?

 必要なことだけを言うのではなく、時には無駄なやり取りも必要……そういうことか?

 

 答えは分からないが、一先ず明日に備えて今日はもう寝ることにした。

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