剣崎雅編

第27話 剣崎雅

 この俺の評判を覆いに下げた『下駄箱の君事件』が解決してから早いもので一週間が経過した。

 この一週間で俺に関する噂はかなり収まって来たものの、それでもまだ女生徒の中には変質者を見るような目で俺を見つめる人は多い。

 救いなのはクラスメイトからはそういう目で見られていないことだろう。大地から聞いたが、水瀬さんと花井美陽がかなり頑張ってくれたらしい。

 感謝しないとな。


 ちなみに、俺と花井美陽はこの一週間殆ど話していない。

 互いに気まずさを感じているというのが大きな理由だが、最近花井美陽の方がモデル業で忙しいらしい。

 まあ、仕事が順調なのはいいことだろう。

 だが、結果として花井美陽との修行も出来ず、女子たちからは避けられている今、俺に彼女が出来るのは当分先になる気がする。


「はぁ……彼女欲しい」

「久々に会って早々に辛気臭い顔をするな」


 屋上で肩を落とす俺に、一人の女子がジト目を向ける。

 ポニーテールになっている艶やかで長い黒髪が風に揺れる。背中には長い棒状のものを包む袋をかけている少女の名前は剣崎雅《けんざき みやび》。

 俺の一つ下の後輩である。


「なんだよ。落ち込んでる先輩を後輩として励まそうという気持ちは無いのかよ?」

「ない。それより、あんたはあたしに謝らなければならないことがあるんじゃないのか?」


 中学三年からかれこれ二年の付き合いだが、この後輩は基本的に俺には敬語を使わない。

 まあ、俺が使わなくてもいいって言ったからだから気にしてないけど。


「謝ること? もしかして、剣崎が入学したことに四月中ずっと気付いてなかったことまだ根に持ってんのかよ。あれは悪かったって謝ったぞ」

「違う」

「じゃあ、なんだよ」


 依然として不機嫌な雅に問いかけると、雅は更に期限悪そうに鼻を鳴らした。


「……もういい」

「おいおい、本当にいいのか? 言わなきゃ分からないぞ」

「いい。鈍感男め、だからモテないんだろうよ」

「げふっ!!」


 見事にクリーンヒットだ。

 だが、こうなると意地でも当ててやりたくなってきた。俺が鈍感ではないことを証明してやる。


「はい、分かった。シャンプー変えたことに気付いてないから怒ってるんだろ? 勿論、気付いてたぜ。いつもより清涼感のある香りがしてたからな!」

「きも。ちげーし」

「き、きもい……」


 雅が俺から一歩離れる。

 罵られた上に正解でもなかった。これじゃ、ただただ後輩の髪の匂いを嗅いだ男だ。


「じゃあ、あれだ。髪ちょびっと整えたことを指摘してないから怒ってんだろ? 勿論気付いてたぜ。前より綺麗だと思ったんだよな!」

「なんで分かるんだよ。きめぇ……」

「き、きもくないわ!」

「あと、違うし」


 なんと、これも違うらしい。

 これじゃ、後輩の髪の匂いを嗅いで少しの変化に気付いただけの男だ。

 髪ではない……は! 分かった!


「もしかして、中三の全国大会の応援に行かなかったこと怒ってんのか? 俺だって行ってやりたかったけど、お金がなぁ」

「違う」

「違うのかよ」


 これも違ったらしい。

 もう他に思いつくものはない。こんなにも気付けないとは、俺は鈍感だったのか……?


「……なんで剣道部に入ってないんだ?」


 自分に鈍感属性が付いていることにショックを受けていると、雅がポツリとそう呟いた。

 俺は中学時代剣道部に所属していた。

 そして、雅の言う通り俺は高校では部活に所属していない。


「なんでって、彼女を作るためだな」

「だが、出来てないんだろう?」

「まあ……」

「なら、剣の道に戻ってきたらいいだろ。あんたはあたしが認めた数少ない剣士なんだ」


 そう言うと雅が真っすぐに俺を見つめる。

 評価してもらえてるのは嬉しいが、剣道部に入るのは無理だ。


「悪いが、断らせてもらう」

「……理由は?」

「女子に囲まれて恥ずかしいからだ」

「はぁ?」


 雅が眉を顰める。

 俺自身、剣道部に入ることも考えた。だが、この学校の剣道部には女子しかいない。

 体験入部で貸し出された防具を見た時、俺は気付いてしまった。


 この防具って女子が使った奴じゃないの?


 気持ち悪いと言いたければ好きに言え。

 一度、気付けばそのことしか頭に浮かばない。身に着けるか着けないか、その二択に揺られた結果、俺は着けないことを選んだ。

 そして、剣道部に入ることを断念したわけである。

 ぶっちゃけ、中学で十分やりつくした思いもあるので悔いはない。


「なんだそれ? だったら、あんたの分を発注してもらえばいいだろ」

「申し訳ないじゃん」


 俺が剣道部に入らない理由を聞いた雅は額に手をつきため息をついた。


「じゃあ、あんた用の道具があれば入ってくれるんだな?」

「いや、男子部員他にいないし、練習とか難しいだろ。団体戦も出れないし」

「相手ならあたしがすればいい。個人戦だってあるだろ」


 雅の申し出はありがたいが、別にそこまで俺は剣道に全てを懸けてるわけじゃない。

 中学の頃は仲間にも恵まれてたし、主将として頑張っていたが、もうそこまでの熱意は無い。


「んー、悪いけどやっぱり断らせてもらう。俺は十分に剣道は楽しんだ。後は可愛い後輩の応援でもしとくさ」


 雅の申し出を断り、壁際に腰かけお弁当を準備する。

 今は昼休み。折角の昼ご飯を楽しまなくては。


「ダメだ。責任を取れ」

「え?」


 頭上から聞こえた雅の声に顔を上げる。

 次の瞬間、雅が俺との間合いを詰め俺を見下ろす。


「あ、え……み、雅?」


 ドンッという音が響き、雅が壁に両手をつき俺の逃げ場を遮る。


 こ、これはダブル壁ドン! 相手の逃げ場を完全に消せる強力な技であると共に、自身の身体を防ぐ術も失う諸刃の剣とも言える技だ。

 

「あんたと剣を交えたくてあたしはこの学校を選んだんだ。その責任をあんたには取ってもらう」

「ひぇっ」


 雅の鷹のような鋭い眼が俺を捉える。

 その表情からは絶対に逃がさないという強い意志を感じた。


「もし、あんたが剣道部に入らないというならせめてその身を以ってあたしを満足させてもらおうか」


 ゴクリと生唾を飲み込む。

 雅の獰猛な笑みに俺の心臓が心拍数を上げる。

 これからどうなってしまうのか。雅が相手なんて身体がもたない……。

 そんなことを考えている時だった。


 屋上の扉が開き、屋上に二人の女生徒が姿を現す。


「やっぱり屋上は風が気持ちいですね! 美陽様!」

「だから様付けじゃなくていいって言ってるじゃないか、香織……って、先客かな――は、陽翔!?」


 そこにいたのは水瀬香織と花井美陽だった。



***********



 お久しぶりです。

 よろしければまたご付き合いいただければと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る