第36話 アンチ・ビースト その8
「道明ッ!!待っておれ、今その炎を消してやるッ!!!」
散水サボテンを放り出して、俺の左肩に点いた炎を消そうとするベル。
「戦いの中なのに、そう何でもかんでも上手くいくと思わない方が良いよ?そーれっ」
しかしアモンはベルが杖を握っている右手を狙い、無詠唱で火球を飛ばす。
「邪魔をするなァァァッ!!【徹甲ホウセンカ】!!」
ベルは自然魔術のエキスパートにしてパイオニア。
しかし、それが必ずしも魔術への耐性が高いことを意味する訳ではない。
そして、どうやら無詠唱とはいえアモンの火球を受けて無事でいることは、ベルには不可能らしい。
徹甲ホウセンカを火球にぶつけ、相殺する。
「あれあれ?サボテンは撃たなくていいのかい?」
「貴様……!」
ベルはホウセンカの種でアモンの火球を撃ち落としている。
しかし、そのせいで散水サボテンを撃つことができないのだ。
その間、俺の肩に点いた炎は燃え上がる一方。
炎は左肩どころか、左腕にまで浸食してきている。
「うああああああああーーーーッッッ!!ヤバいッ!ぜんっぜん消えないッ!」
傍から見れば「たかが火傷で大騒ぎし過ぎだ」と思われるだろうが、身体の部位一面を焼き尽くすような火傷は思ったよりも痛いのである。
……いや、正直、痛いどころの騒ぎではない。
「くっ……道明……!」
「ホラホラどうするの?このままだと、連れてきたあの子の全身に炎が燃え移っちゃうよ?」
「兄さん!目、閉じて!あと、息も止めて!」
「おお!何でもいいから頼む!!」
瑠莉奈は右腕の平を俺の方へ向け、短く詠唱を済ませる。
そして、
「【真空砂塵領域】」
瑠莉奈は大量の砂を俺に纏わせた。
「嘘だろ瑠莉奈!?ぶばぶるぶばぶるるるるるぶぁぶふぇぶぁ!」
この砂嵐と言うには空気の流れが無く、しかし生き埋めと言うには違和感が少ない。
顔面の塞ぎようが無い穴という穴に砂が入ってくること以外は特に何も感じない。
過去に味わったことが無い、不思議な感触である。
「へぇ……君はお兄さんを爆弾にしたいのかい?粉塵爆発って、知ってる?」
「いいや、砂じゃ粉塵爆発は起きません!そして、この砂嵐は……!」
「あれ、爆発するのは小麦だったっけか?」
「そうです!そしてこの砂は兄さんの肩に張り付いて、そこに『真空』を作り出すことができるんですッ……!」
俺の全身を包み込んだ砂は肌に張り付き、さながらピッチリと張りつくスーツのように包み込んでいる。
そして瑠莉奈の砂は、あっという間に俺の左肩で燃え上がる炎を消し去った。
「アッチチチチチ……ありがとう、瑠莉奈……」
「『酸素を遮断』すれば、火は消える……生前にちゃんと勉強してて良かったですっ!」
瑠莉奈は腕を組み、「えっへん!」と胸を突き出した。
「へぇ……その力、気になるなぁ……それっ。【人体発火現象】、【大火球】」
そんな瑠莉奈を狙ってアモンは大火球を放ち、続けてその身体に発火させるように頭部付近で小さな爆発を起こそうとする。
「【
「【散水サボテン】」
しかし、それは瑠莉奈の砂とベルの水によってあっという間に消火された。
「あれ……もしかしてあの子……火点けちゃダメなタイプだったのか……なぁ……?」
軽口を叩いているようではあるが、確かにその口調からは焦りが感じられる。
ソロモン72柱という、悪魔としてはトップレベルに高い能力を持っていることを示す肩書きを持つ自分の、その中でも特に得意としている炎が効いていないのだ。
何かしらの理由で本気を出せないベルと、力こそ十全に使えるものの、まだ悪魔になってから比較的日が浅いため、覚えている魔術が少ない瑠莉奈。
どちらも「そうではない方」がマイナスに傾いているからではあるが、力の瑠莉奈と技のベル、という構図。
未だ足手まといの俺はさておき、この二人……中々に噛み合っているコンビのような気がする。
瑠莉奈も俺との契約関係を望んでくれている以上、主人を代わるつもりは無いが……こんな世界線もあったのかもしれないとは思えてしまう程だ。
「よくも兄さんにあんな大火傷を……さあ、お仕置きの時間ですッ!」
「おイタが過ぎたようじゃな。貸したものは返してもらうぞ、アモン!!」
ベルと瑠莉奈はほぼ同時に杖を構え直し、悪魔らしいギザギザとした黒い羽を広げて飛び上がって一気にアモンとの距離を詰める。
「【大砲ラフレシア】!」
「【散る岩】!」
そして瑠莉奈は砕いた岩を近距離から飛ばし、ベルは生み出したラフレシアの中央から魂魄砲とは違う魔力のレーザーを放った。
「……ッぐぐぐぐぐぐぐぐぐゥゥゥ!!?」
隙を突かれたアモンは散る岩を四肢に浴び、さらに胴体へレーザーが直撃。
「よし!当たったぞッ!」
「ざまあみろ、です!」
そのまま固まった溶岩に沈みかけている大聖堂の壁面に激突するアモン。
「ぐ、うう……」
立ち上がる力が残っていないのか、アモンはそのまま地面に倒れ込んでいる。
「さあ、貸したものを返してもらおうかのぅ?アモン」
ベルはアモンに詰め寄り、そのローブの胸ぐらを掴んでゆするように引っ張る。
「……どう、かな……そんなことより、いいのかな?こんなに、僕に近付いて」
「……え?」
「【アウラ・オブ……
アモンは全身の肉体をさらに変形させ、さながら宗教画に描かれた骸骨のような骨格の悪魔から、人狼のような体毛と蠅のような、いわゆる昆虫にみられる顔つきに変貌する。
「ッッ!!?き、貴様ァァァァァァァッ!」
一瞬にして、辺りには突風が吹きつけた。
「危ねえッ!!」
それを至近距離から受け、堪らず吹き飛ぶベル。
このまま壁に頭でもぶつけられては、こちらの戦力は大きく損失することになってしまう。
俺は先の大火傷でボロボロになっている身体を何とか動かし、両腕でベルを受け止めた。
「は、はぁ……すまぬ、貴様も火傷が酷いじゃろうに」
「そんなのいいから、ホラ立て。……多分デカいのが来るぞ」
「……そうみたいじゃな」
ベルを下ろし、俺は杖を構え直す。
「気を付けて下さい、兄さん、ベルちゃん。もう気付いてるとは思いますけど……これがあのアモンとかいう悪魔の本気モードです!しかも、何か他の力が混ざってます……!」
「……久しぶりに味わったわい」
「どういうことだ?」
「思い出してみるが良いわ。ソロモン72柱、第1柱の名前を……今なら、出てくるんじゃあないかのう?」
ベルは奇怪な動きと共に次々と変態を進めるアモンを指差す。
「「……ッ!!」」
「今、あやつは自身が取り込んだ概念を表出させた。あやつがこの力を抑えたら、きっとまたわらわ達は認識できなくなる。……どうせ、わらわ達はこれからあやつを倒すか、それともあやつに殺されるかなのじゃ。今の内に気付いておいて、スッキリしておいたらどうじゃ?」
今なら思い出せる。
アモンではない、別の悪魔の名前……。
間違いない。
その名前こそ、おそらくはアモンが何らかの方法を用いてベルから奪った存在そのもの。
そういえば、「ベルゼブブ連盟」という名前。
この名称に意味など何も無いのではないかと思っていたが、まさかそういうことだったとは。
「兄さん、もしかして……」
「ああ。……『バエル』……だろうな」
またの名を、「バアル・ゼブル」。
或いは「ベルゼブブ」と呼ばれた、豊穣の神にしてペトラ教やアリシア教の世界における悪魔。
それこそがベルが持っていた本来の存在にして、アモンが奪った概念。
そうだ。
本に書いてあった、解読不能だった部分。
確かに知っている文字の羅列なのに、日本語に翻訳までされていたのに、認識でいなかった文字列。
その力が、今、目の前に顕現している……ということだ。
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