幕間 白狼の魔術師・天羽

3月16日午後1時、蘆屋の研究室にて。


蘆屋に呼び出されたベルは、手渡された一枚の紙を目にする。


「なんじゃ、これは」


「いやァー……これはベルちゃんにしか頼めないんだケド……お願いできるカナ?」


「……いや、これは……うぐ、ああ……チッ」


紙にはよほど妙な事が書かれていたのか、ベルは早々にその紙を蘆屋に突き返し、そのまま頭を抱え始めた。


「……ベルちゃん?ちょっと気を悪くしちゃったカナ?」


「いや、構わん。これはわらわの問題じゃからな」


明らかに様子がおかしいベル。


「……天羽あもう。学院に所属していない、非正規の……でも、かなりの実力を持つと噂の魔術師だヨ。学院の魔術師を何人かに捜索を任せてはいるみたいなんだケド、一向に見つからないどころか、手がかりの一つも掴めないんだってサ」


「ああ……。あやつは……いや、やめておこう。その名前を口に出すことすら嫌じゃ」


「……改めて考えても訳アリすぎるデショ、ベルちゃん」


「仕方なかろう。『本来在るべき』わらわを知っている其方なら理解できよう?」


「まあネ。皆が認識している『順番もおかしい』し……そんなことだろうと思ったヨ」


「……まあよいわ。わらわも、こやつとはいずれ決着をつけねばならんと思っていたところじゃ。……見つけたら……殺してしまっても良いな?」


「勿論だヨ。デッド、オア、アライブってヤツだネ」


「それを聞いて安心したわ」


書類と捜索の報告書を読み漁りながらため息をつく蘆屋をよそに、ベルはそそくさと研究室を出ていった。


「……あやつ、何が目的じゃ?わらわのように人間の姿をとって、あやつに何の得がある……?わらわとは状況が違いすぎるであろうが」


天羽に関して何か心当たりがあるのか、ベルはいつに無く険しい表情で廊下を歩いていく。


そして自室に戻ると、ドアの横に備えつけてあるポストに一通の手紙が入れてあることに気付いた。


「手紙……?」


この封筒には差出人が書かれていない。


「一体誰から……ぁ……ッ!」


しかし、初めの一行を読んだだけでそれが誰から届いたものなのか、不本意ながら理解できてしまった。


「……『拝啓、親愛なるベルちゃんへ。僕だよ。君なら誰だか分かるでしょ。元気にしてるかい?僕は元気だよ。いやあ、君には迷惑をかけてるね。友達はできたかな?魔術の腕は戻ったかな?』じゃと?……抜かしおって。全部……全部、お前のせいじゃろうが……!!畜生ッ!」


ベルは語るのも馬鹿馬鹿しいような長文が記されていた手紙を破り捨て、ベッドに潜り込む。


「ふざけおって……!わらわは……わらわは……。…………わらわは、『ベル』などではない……!お前さえいなければ!お前さえいなければァァァッッ!!」


煮えくり返る腹わたを無理に抑え込み、ふて寝するベル。


その夜は、蔵王山のいたるところで発生源が不明な狼の鳴き声が聞こえたそうな。

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