第8話 事案5999-虜囚の十字事件 後編

窓から落下した秀雄を追いかけてエレベーターに乗ったボクは今、鏡から飛び出してきた3本の腕によって首と両腕を抑えられている。


攻撃者は秀雄を窓から突き落としたと思われる十字架の飾り、「虜囚の十字」。


ボクは防御魔術、「拒む鎧」を全身に纏うことで気道と神経を締められないように急所を守ったまま、3階を通過するエレベーター内で足搔き続けていた。


あと5秒程度で1階に到着する筈だ。


しかし……ここまで圧倒的な力で締め付けられては、「拒む鎧」が先に壊れてしまう。


並の術を受けた程度なら1~2分持つ程度には弱くない筈なのだが……これが5秒持たないということは、相当に強力な術なのだろう。

あまりにも威力が高すぎる。


これは「加護」どころか「奇跡」の域に達しているかもしれない。


モタモタと2階を通過しているエレベーター。


「持たないカナ?もう無理カナ!?……あああ!もうダメだァァァ!?」


やはりエレベーターのスピードが遅すぎたのか。

2階を通過し終える前に「拒む鎧」は砕け散り、3本の腕がボクの首と両手首を握り潰さんと18本の指を食い込ませる。


……18本?3本の腕で?1本の腕に6本の指がついているのだろうか?


さぁて、例の十字飾りが本当に人間レベルではない攻撃をしてきているような気がしてきたところで、やっとエレベーターが1階に到着。


しかし、いかんせん十字飾りの腕(以下、「十字腕・十字腕-A、B、C」などと表記)が3本ともボクを壁面に押し付け始めたせいで、扉は開いているというのに脱出できない。


幸い、この十字腕達は魔力を削り取ることに長けていただけなのか、思っていたよりもボクの首と両腕にかかる力は強くなかった。


とはいえ、ボクの首は15秒と耐えられないだろう。


それまでの間に、この腕を何とかしなければ。


3本の腕は鏡から伸びている。


恐らくだが、腕は魔力を用いて生成されている筈だ。


聖職者の使う術も結局は魔力に依存するのだから、きっと対処法はある。


ボクは魔術師なんだ。


首を押さえられて……もとい絞められている以上、詠唱は封じられているも同然なため、あまり強い魔術は使えないが……。


わざわざ「腕を壊そうと思わなければ」、この状況からでもどうにかなる。


例えば、


「グググググゥ……(【魂魄弾】)」


首が絞まって声が出ず、止むを得ず詠唱を省略した「魂魄弾」を放った。


狙い通り、魂魄弾は鏡に命中。


鏡は「パリィィィィィン!」という音とともに、四方八方に砕け散る。


土壌を失った植物が生きることを許されないように、鏡を失った腕は瞬く間に消滅した。


「よし!!対処法さえ判ればこっちのモンだヨ!早く秀雄……もしくは秀雄だったものを見つけて……あの十字飾りを壊さないとネ!」


ある程度の大きさを保ったままの破片から、何本かの腕が飛び出してきたが、そんなものはどうでも良い。


喉を解放されたボクを舐めるな。


「【魂魄弾】、【魂魄弾】、【魂魄弾】!」


手が伸びている破片を片っ端から破壊し、腕が伸びている鏡の破片を粉々に破壊し直す。


そんじょそこらの魔術師なら伸びてきた腕に気付かず、そのまま足を掴まれて転んだり背後から腹を貫かれたりしてしまうものなのだろうが、残念ながらボクは強いのだ。

相手が悪かったネ。


さて、ここいらで少し魔術の授業をしておこう。


ボクがエレベーターで使った魔術、「魂魄弾」は杖の他に魂を追加触媒にして魔力の塊を放つ魔術、その最低位とされている。


術自体は強くないが、使用する魔力も少ないもの故に、詠唱を省かなければならない状況での行使に適しているのだ。


とはいえ、詠唱省略は使用魔力に対しての出力、つまりは「効率」が低下してしまうため、本来は乱用を避けるべきとされている。


ここのところは勘違いしないで頂こう。


……さて。

魔術の授業をしている間に、一つ疑問は生まれなかっただろうか?


ここは日本魔術学院本部。


そして、建物には窓が無ければならない。

確か、床面積に対する窓の面積か何かが建築基準法で定められている筈なのだ。


そして魔術学院にも、当然ながら相応な面積の窓がある。


それでもって、窓というのは鏡のように映ったものを反射するのだ。


鏡のように。


そう、鏡のように、だ。


「こうして表の玄関から外に出てきちゃったケド……もしかしてダメだったのカナ?普通に裏の壁を突き破ってくれば良かった……?」


思わず、正面玄関から外に出てしまったのが運の尽きか。


玄関を出てすぐ目の前にある噴水広場は、講義棟に囲まれているのだ。


オマケに水面まで景色を反射するときた。


……そして、ボクの悪い読みは当たってしまったようで。


噴水の水面と1号館から12号館まで全ての講義棟、その窓という窓から、おびただしい数の腕がボク目掛けて伸びてきたのだ。


「だァァァァァいッ!!あーもー面倒くさいナァ!」


ボクは迫り来る腕を躱しながら、大魔術の詠唱を始める。


これより行使するはボクの必殺技、ソロモンの時代に見出された原初の魔術が記された4つの巻物スクロールを読破した数少ない魔術師であるボクが独自に見出した合体魔術もとい「仮想魔術」。


「魂魄魔術」、「自然魔術」、「混沌魔術」、「深淵魔術」。


それら4つの極みを掛け合わせ、原型が無くなる程の爆発力を見出した魔術。


その名も。


「……【ブラックホール】」


噴水の真上、上空5メートル程の位置に、ボクは黒い球体を生成した。


あまりの破壊力故に、発動時間は数秒。


しかし、それは噴水の水や十字腕はおろか、講義棟のガラスや外壁をも巻き込んで消失し、最後には轟音と共に大爆発を起こした。


「はぁ、はぁ……」


ボクは息を切らしながら、噴水広場の側だけが廃墟のようになっている6号館脇を進む。


このまま裏側に回り込めば、秀雄……或いは秀雄だった肉塊と十字飾りが落ちている筈なのだ。


「秀雄!無事かい!?」


ボクは6号館裏を覗き、秀雄が落ちたであろう茂みへと足を運ぶ。


「秀雄……?」


しかし、そこに秀雄の姿はおろか、その肉片や杖さえも落ちてはいなかったのだ。


茂みの上に落ちてのは十字飾りだけ。


「……えっ、秀雄は?」


妙だ。


秀雄は一体、どこへ消えてしまったのだろうか。


ブラックホールに吸い込んだ憶えは無い。


「秀雄、どこに……」


ボクは秀雄の名を呼び、近くで彼が倒れていまいかと、呼吸音や草木の音に耳を傾ける。


すると、背後からブツブツと何かを呟く声が聞こえた。


距離にして約4メートル。


……耳を澄ませておいて良かった。


「【女神の先触れペトラ・アウラ】」


背後から迫り来る3本の腕。


それらは絡み合って1本の太い腕、或いは触手となり、背後から腹部を目がけて瞬く間に距離を詰めてきた。


……これで隙を突いたつもりか。


あとコンマ数秒で、触手はボクの背と触れることになるだろう。


しかし、ブツブツと呟く声が聞こえた時点で、ボクも詠唱を始めていたのだ。


「【簡易結界・ドウマン】」


短い詠唱により小さな結界を展開する魔術や呪術の総称、通称「簡易結界」。


結界を展開する術の中では耐久力もコストも最低のものだが、範囲を絞れば、それなりに使い物になる術だ。


そしてボクが簡易結界として張ったのは、伝説的な呪術師である「蘆屋あしや道満どうまん」によって見出された呪術結界。


魔力を用いてX軸に5本、Y軸に4本の線を引き、小さな結界を張るというものである。


そして道満法師は、何を隠そうボクの先祖なのだ。


そんな術とボクの相性が悪い筈が無い。


ボクは「ドウマン」を腹巻のように展開し、腹部と背面を覆わせた。


あの十字飾りではなく、敵術者のタリスマンから放たれる加護などに、ボクの「ドウマン」を破ることなどできる筈が無い。


「なッ……!?」


「それッ!」


ボクは、室外機の陰からボクに攻撃していた聖職者の足元に詠唱を省略した【魂魄弾】を撃った。


低威力ながらも予備動作無しで撃たれた「魂魄弾」によってバランスを崩した聖職者は、物陰から身を乗り出してしまう。


「……クソッ。やっぱお前、強すぎるわ」


そのままヨロけた敵を押し倒し、杖を突きつけるボクを前に、秀雄は降参する。

そのまま両手を挙げた。


聖職者が使う術の類である加護を超えたレベルの術、奇跡。


そんなものを使える聖職者は限られているが……。


「いやぁ、キミも策士だったヨ。まさか、『あの十字飾りの仕掛けにやられたように見せかけて、ボクとの距離をとるためにわざと落ちた』なんてネ」


今、目の前で地面にへたり込む魔術師……ではなく、元魔術師で現在は聖職者の側に寝返ったらしい相棒、「柏木 秀雄」なら、それも無理では無さそうだ。


秀雄が窓から落ちたように見えた時、十字飾りは光っていた。


てっきり、あの時は「光っている十字飾りの仕掛けとして組み込まれている加護(奇跡?)によって、秀雄が窓から落とされた」のかと思っていたが……。


実際のところ、十字飾りが光っていたのは「ボクが認識した鏡面からは、3本の魔力で生成された腕が飛び出して襲ってくるようになる」という加護(効果だけ聞くと呪いの類だが)をボクにかけるためで。


秀雄が窓から外に落ちたのは、十字飾りに落とされたからではなく、「十字飾りに殺されたように見せかけることで、ボクを『秀雄は襲ってくる』という考えに至らせないようにし、秀雄に対する隙を作るため」だったようだ。


「……大正解だ。俺も元相棒だからな。素直に認めるよ」


「イヤイヤイヤイヤ……すっかり敗北ムードで話が進んでるケド、キミ……本当に降参する気?」


「何が言いたいんだ?」


「ボクはキミが何で裏切ったかを知らない。キミを裏切らせた主人、命令した者がいるなら、ここで自らが粉々になるまで戦うっていうっていうのが筋だと思うんだケド。例えば、このタイミングでビーム砲をブッ放してくる……とか」


ボクは秀雄の度胸が思っていたよりも無いことに呆れ、杖を下ろす。


「いいんだよ。主人なんざいねーんだから。俺は自ら聖職者の側に寝返った。それじゃ悪いか?」


しかし、こちらが杖を下ろしたにもかかわらず、秀雄は反撃してくる素振りを一切見せない。


「いや、悪くはないヨ。けど、何で?」


ボクは秀雄との燃え上がるようなアツい展開の戦いは諦め、冷静に裏切りの理由を聞き出すことにした。


折角、久しぶりに本気で戦えるかもしれないと思ったのに。

肩透かしを食らった気分だ。


「いや、理由は単純だよ。魔術って、探求しすぎると気が狂いやすくなるだろ?俺、それが怖くてさ。だから、どれだけ強くなっても気が乱れない聖職者の加護とから奇跡とか……そういうのを極めたいと思ったんだ。……だから、あの十字飾りを使ってお前を楽に殺せれば、俺は加護を使いこなしたと自分を認められるし、お前みたいな大切な存在も魔術の沼から救えるって算段だったんだ」


「まーた変なこと考えたものだネェ」


正直、ボクは呆れてしまった。


何だよ、「魔術の沼から救う」って。

変なカルトみたいなことを言ってからに。


「なあ、蘆屋。今からでも、聖職者こっち側に来ないか?お前みたいな奴が、魔術に、探究に溺れて狂い死ぬのは嫌なんだよ。加護なら、奇跡なら、どれだけ知っても狂うことは無い。俺は実感したんだ。むしろ極めれば極める程、世界が澄んでいくっつーか……心が洗われるような気がした。だから、蘆屋。これからは、共に聖職者として生きよう!お前なら、俺なんか眼中に無くなる程にまで高みを目指せる筈だ!……さあ、俺の手を取れ!取ってくれ、蘆屋!」


「【魂魄弾】」


「痛ぇぇぇぇぇぇ!?」


「【魂魄弾】、【魂魄弾】、【魂魄弾】、【魂魄弾】」


「痛い!痛い痛い!お前、何すんだ、無言で、撃つのやめ、痛い痛い!」


手を差し出す秀雄に対して、ボクは無言で「魂魄弾」を放つ。


なんかもう……いいや。


めんどくさくなってきた。


秀雄は……多分もう「ダメ」だ。


「救済って、何だろうネ」


「知らねーよ!ただ、魔術は救済にならねーってことは解っちまったんだ!だから、俺は神を信じたんだ!だから、お前も……」


「こんなこと聞いといて何だけど、ボクは救済なんか求めていないんだヨ」


「はァ?」


律法と慈悲による救済を謳い、信者を集めてきたペトラ教。


秀雄は人生に救済を求めてきたのだろう。


そして、それを魔術に見出せなかった。


だから聖職者の道を歩み始めたと、そういう事なのだろう。


しかし、ボクが魔術師をやっているのは、救済を求めているからではない。


「ボクはネ、魔術と呪術が大好きなんだヨ。ただ、何よりも好きなんだ。だから、それが必然的にボクの救済になるってワケ。ボクは使う術とか信じるものによる救済じゃあなくて、自分の内に救済を見出しているんだ。だから、神様なんてどうでもいいし、悪魔に仕えるつもりも無い。尤も、神様とか悪魔の方から仕えたいって言ってくれる分には構わないけどネ」


「流石のお前でも傲慢すぎるだろ」


「いいんだヨ、ボクは強いからネ」


ボクを救済できるのは、ボクだけだ。


神どころか魔術や呪術でも、ボクを救うことなんかできない。


魔術と呪術を愛しているボクだけが、ボクを救うのだ。


「……こりゃ、分かり合えそうにねーな」


「そうだネ。んじゃ、ボクは帰るから。もう二度と会う事は無いと思うケド、また会う日までネ」


ボクは秀雄に背を向け、本部を後にする。


しかしエラい事になっちゃったネ。


流石に「ブラックホール」はやりすぎたカナ?


「教会への勧誘が失敗した今、お前にもう用は無い……!喰らえッ!!【神の怒り】!!」


なーんかよくわかんない加護が飛んできたなぁ……仮想魔術みたいなものだろうか。

一度は見逃してあげたのに……。


「……馬鹿だネ」


ボクは無詠唱で「魂魄弾」よりも一段階上位の魔術、【魂魄砲】を放つ。


詠唱を省略しているとはいえ、それでも最大火力が出る程度には魔力を使ったのだ。


魂魄砲は秀雄が握る十字飾りから放たれるビームを全て削り取り、それは相殺されることも無く秀雄の全身を十字飾りや杖ごと粉砕した。


これにて一件落着。


この後、ボクは講義棟を壊しすぎた故に始末書を書かされることになったが……それはまた別の話である。


~事件記録5999-フィン=マクダエル=蘆屋の手記 以上~


「虜囚の鎖」は、「所持者」と「捕縛者」の距離が10メートル以上離れた際及び捕縛者が攻撃開始の意思を示した場合に、捕縛者の周囲に存在している鏡面から魔力で生成された腕を最大3本まで伸ばし、自動で追従します。


手を生成する鏡の数に制限はありません。


その際、腕を生成するために必要な魔力は鏡面の周囲に漂っているものを吸収すると考えられているため、周囲の魔力を吸収して使用する魔術が一時的に使用できなくなる可能性があることを留意しなければなりません。


今後、鏡面を用いた攻撃を仕掛けてくる秘匿存在及び聖職者との戦闘が予想される術者は、本事案記録に目を通しておくことが推奨されます。


本項目は西暦1982年に、魔術師「フィン=マクダエル=蘆屋」が執筆しました。


~以上~

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