第8話 事案5999-虜囚の十字事件 前編
「事案5999-虜囚の十字事件」は、1981年某日に日本魔術学院東京本部にて発生した事案の名称であり、「虜囚の十字」は本事案を引き起こした秘匿存在の名称です。
「虜囚の十字」は各地で魔女狩りが蔓延る度、聖職者が使用した異常な加護が仕込まれている十字のアクセサリーです。
元々は使用される対象が魔女では無く、宗教戦争の際に捕らえた他宗教の戦士であったことから、「
現在、研究対象として様々な団体に少数の管理されている以外の、私的利用を目的とした「虜囚の十字」は、本事案にて魔術師フィン=マクダエル=蘆屋によって破壊されましたが、第二、第三のそれが出回る可能性が一切無いとは断言できず、「非機密性存在警戒リスト」への登録が検討されています。
~事案5999-フィン=マクダエル=蘆屋の手記~
1986年某日、昼過ぎ。
ボクは、学生魔術師時代に同期であった「
各地に点在している日本魔術学院のキャンパス、それらを統括する権力者達による議会が開かれる場所であり最大の魔術研究機関でもある本部は、魔術師であったとしても限られた一部の人間(何かしらの特殊な資格を持つ魔術師、全体の約2~3割)以外は門前払いとなってしまう警備の徹底ぶりである。
わざわざ「何かを話すためだけ」にボクをそんな場所へ呼び出すということは、少なくとも昔を懐かしむだけのような雑談が目的ではないのだろう。
門番に身分証を見せ、秀雄に指定された6号講義棟の最上階(5階)へと向かった。
「なァーーに話されるんだかネェ」
「ピンポーン」という音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
そして廊下を最奥まで向かった突き当りにある講義室、651教室の椅子へと座る。
「よっ、フィン。久しぶりだな」
「ほんっと、久々だネェ」
柏木は日本魔術学院附属高校蔵王キャンパスの同期であり、優秀な「人形魔術師」である。
そんな彼とボクは、高校生活互いに相棒として実に3年間を過ごしてきた旧友であった。
そして、当時の二人は24歳。
高校三年生から、実に6年ぶりの再会になる。
「ほんで、どうしたのカナ?……こんなところまで呼び出すって事は、タダ事じゃあなさそうだケド」
「ああ。……ま、これを見てくれよ」
そう言って、秀雄は右手に納めていた十字架のネックレスを取り出した。
「……ナニコレ?」
「『虜囚の十字』だ。ペトラ教の教会跡から見つかったんだとよ」
秀雄が言っている「ペトラ教」とは、「人の女神・クリスティナ=ペトラ」を信仰する宗教のことであり、その知名度と信者数は世界四大宗教にも数えられる程である。
「へぇー。……それで、これはどういう物なのカナ?少なくとも、『普通』なものではないんだろうけどネ」
何度も言うようだが、こんなところにまで呼び出して、ただのペトラ教グッズをボクに見せに来ただけな筈が無い。
ボクが「虜囚の十字」を手に取ると、それは突然に光を放つ。
それ以外には何も起きなかったのだが、それが逆に妙なのである。
「やっぱ光るよな!俺が触った時もそうだったんだよ。……でも、ただ光るだけのものにしては、妙に強い嫌悪感を感じるっつーか……聖なるパワーが妙に強すぎるっつーか……?」
ボクが十字架を机に置くと、秀雄は窓際に腰を掛けて腕を組み始めた。
「……フゥン。確かに秀雄の言う通り、『ただ光るだけの十字架』にしては触媒臭いよネェ」
「そうだよな。でも、コレに関しての情報が全然無いんだよなー……。そんでもって、コイツの扱いは俺と直接的な関係がある奴以外には秘密にしとけって言われてんだ。……だから、お前に見せたら何か分かるかもしれねーと思って、秘密裏に呼び出したんだよ」
……友人が秀雄しかいないボクもボクだが、秀雄もまた、ボクが把握する限りはボクしか友人がいないのだ。
いや、さすがに6年も経てば、秀雄も百人の友達と富士山頂でおにぎりを食べているかも知れないが。
まあ、ボクなんかを呼び出している時点で……友人なんか、ボク以外には一人たりとも存在しないのだろうけどネ。
彼は、昔からそういう奴だ。
「とは言ってもネェ……。ボクも魔術と呪術の知識には自信あるケド、聖職者関連の知識はぜーんぜんダメなんだヨ」
「そういえばお前と聖書者の話したこと無かったな」
「その辺は高校時代から白痴でネ」
「ま、何も知らねーなら仕方なしだな。しょうがねぇ、自力で調べるわ」
「それがいいネ。じゃあボクは夜まで東京観光でもしてから、明日にでも蔵王に帰るとするヨ」
「ああ。じゃあな」
ボクは講義室を出て、エレベーター前へ向かおうとする。
数歩足を進めた、その時であった。
「ぐわァァァァァァァァァッ!?」
つい数十秒前まで話していた秀雄の身体が、講義室の窓を突き破って外へと吹き飛んでいったのだ。
一瞬だけ見えた秀雄の手には例の十字。
そして、十字の飾りはその瞬間にも眩く光っていた。
「秀雄ッ!?あの十字……やっぱり絶対に普通じゃあない!見に行かなければ!たった今、秀雄が落下した地点の様子を!ボク自身の、この目で確かめなかれば!」
そこそこ天井が高い(2~3メートル?)建物の5階から落ちたのだから、いくら秀雄とはいえ無事では済まないだろう。
落下と同時に何らかの魔術で着地の衝撃を和らげることができているのであれば、死は免れるだろうが……どれだけマシでも、しばらく動けない程度の打撲と捻挫は免れないだろう。
安全地帯だと思っていた本部で、まさか戦闘に巻き込まれるとは。
急いでエレベーターに乗ると、鏡が青ざめた僕の顔を映し出す。
どうやら、ボクは自覚している以上に焦っているらしい。
1階へ向かうボタンと「閉」ボタンを押し、エレベーターが下降を始めた、その時。
「なッ……」
背後から伸びていた3本の輝いている腕が、それぞれボクの右手と左手、首根っこを掴み、人間の域には間違いなく収まっていない程の怪力で握り潰し始めた。
「なん、だ、ってェェェェェェェェェェェ!!?」
それらの腕は、いずれも鏡から伸びている。
ゆっくりと下降するエレベーターの中、ボクの両腕と首は今にも潰されそうだ。
幸い、詠唱を省略した【拒む鎧】によって、効果は薄けれど、何とか首の皮一枚繋がっている。
しかし、本当に繋がっているのは首の皮一枚分程だろう。
現在、エレベーターは4階を通過中。
ボクは今、エレベーターという密室の中で降りるという選択権も与えられないまま、あと4倍の時間を耐え続けることを強いられているのだ。
それに、エレベーターが1階に着いたからといって、この腕が呑気にエレベーターを降ろしてくれるとは思えない。
……そうなのだ。
ボクは今、「大ピンチ」というヤツなのであった。
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