第16話 入学式 中編
式典後。
退場の号令と共に、俺達は講堂を後にする。
一歩進む度にひらひらと揺れるガウンの裾が少し煩わしいが、そこも魔術師らしさということで受け入れるとしよう。
うーん、それにしても裾がウザい。
学ランみたいなタイプの制服は無いのだろうか。
ガウンやらローブは魔術師の装いとしては有りだとは思うが、まさか学生服としても着せられることになろうとは。
体育の授業における体育着だとか、水泳の授業における水着とか、そういうものでは無いのか。
特に並ぶこともなく通路側に座っていた学生から講堂を去り、その後、教室に集合を命じられている時間まで、各々キャンパス内をうろつき始めた。
一般的な「入学式」は、ここで終わりの筈なのだが……厳密にはまだ入学式の途中らしく、俺と瑠莉奈は振り分けられたクラスへ向かう。
1クラスあたり20~22人、それがランダムに振り分けられたA~E組の中で、俺のクラスは「1年A組」。担任は「
てっきり「○○の教室」といったように、クラス分けには専門の先生を選ぶものかと思っていたが……どうやらそういうことでは無く、最初の3年は一通りの基礎に該当する魔術を学んでいき、その中で自身の得意不得意を分析した後に、そういったゼミのような教室へ移るそうなのだ。
今のところは「魂魄剣」もとい「ビームソード」しか使えないため、それを極めてみたいところではあったが……折角、多種多様な魔術を学べるというのだ。
俺が試せていない魔術も学べるだろうし、先生の教え方によっては、使えないと思っていた魔術も使えるようになるかも知れない。
これを機に、魂魄剣以外の魔術を色々試してみるのもありだろう。
尤も、一人で魔導書と睨めっこしていた時に練習していた「魂魄弾」は使えたものでは無かったため、些か不安は残るが。
既に開かれている1年A組の扉。
俺と瑠莉奈は座席表を見て、講堂同様に指定されていた席へと腰を下ろした。
よく見ていなかったが、座席表に外国人らしき名前もあったような。
外国出身の魔術師もわざわざ入学してくるくらいには宮城蔵王キャンパスのレベルが高いのか、或いは地元や東京のキャンパスに入学できない者が入るような落ちこぼれキャンパスなのか、或いは目当ての魔術師がいるのか……。
いずれにせよ、外国人との交流が持てるのは良い機会だ。
苦手な魔術を克服する手段を、或いは新たな知見を得られるかも知れない。
教室の座席は一般的な学校とは違い、何人かの机の前には学生が座る椅子の他に、もう一つ椅子が置いてある。
俺に限らず、悪魔や妖怪などの相棒や使い魔を従えている魔術師が新入生の5~7分の1程度はいるようだ。
21人が在籍するA組に、使い魔用の座席が5席置いてある。
……しかし、その内3席が1人の机を囲むように集中しているところを見ると、どうやらこのクラスには俺も含む3人の使い魔を従えている魔術師が振り分けられていて、その内1人は3体の使い魔を従えているようだ。
まだ教室には来ていないらしい使い魔を3体も従えている魔術師のことが気になって仕方が無いが、とりあえず俺と瑠莉奈はいち早く席につき、以前からの知り合いなのか早速グループを作って駄弁っている4人の魔術師を横目に、他のクラスメイトを待つことにした。
「やっぱり、講堂から教室に直行する者は少ないんだねぇ……。皆、はしゃぎすぎじゃあないかねぇ?……希望を持ってくれるのは良い事なんだけど」
真田は大きなため息をつき、魔術教授用の一人掛けの小さなソファーに腰を下ろす。
そして思い出したかのように手を「ポン」とつき、しばらく準備をした後に早くから教室に集まっている俺達に紅茶を振る舞ってくれた。
「ありがとうございます……でも、いいんですか?」
「ああ、大丈夫さ。アタシは紅茶には拘らないと気が済まないタチでね。そして、アタシみたいな紅茶バカを増やさずにはいられないんだよ。ペットボトルか有名な会社のティーパックくらいしか知らないだろうアンタ達に、少しでも葉っぱとティーフィルターから用意する紅茶の良さを知ってほしくてね」
そう言って、真田は紅茶を啜りながら魔導書を読み漁り始めた。
開口一番愚痴を溢していたため、第一印象は陰湿な魔術師といった具合であったが……思っていたより悪い人では無いのかもしれない。
20代後半に見える容姿も相まって「姉御感」を感じるような、そんな具合である。
「わぁ……!」
瑠莉奈も紅茶を口に含んでご満悦のようだ。
子供のような笑みを浮かべながら、湯気と共に漂う香りを堪能している。
「アンタ、加茂の使い魔だね?良い表情だ。……中々に見る目があるじゃあないか。いや、舌だったかな」
「えへへ……良い香りだし、美味しくて……つい」
「うんうん。そう思ってくれるだけでも、振舞った甲斐があるってモンだよ。んで、主人……道明の方はどうだい?まだ、このブレンドも研究の途中にある未完成品なんだよ。率直な感想を貰えないかねぇ?そっちの四人組も、どうかな?」
瑠莉奈に続けて、真田は目線を俺と4人グループの方へ移す。
器用なもので、カメレオンのように両目を別々に動かすことができることができるらしく、窓側の席に座っている俺を右目で、廊下側に座っている四人組を左目で見ているようだ。
「よくわかんないですけど……すっげぇ良い香りです」
俺も、瑠莉奈のように感じたままの感想を口に出す。
といっても、これでもかという程に内容はカブっているが。
「僕もそんな感じかなぁ」
「私もぉ」
他の4人も、適当にそれっぽい感想を言っていた。
「そうかいそうかい。じゃあ、とりあえず……失敗ではないと考えてもいいかねぇ」
その感想が、詳しい知識や鋭い味覚と嗅覚のどちらも持っていない子供からの意見であることを真田も前提に置いた上で聞いていたのか、それらを「とりあえず不評ではなかった」という形にまとめ、手を仰いで紅茶の香りを嗅ぎ直した。
そうこうしている間に続々とクラスメイト達は集まり、集合時間である午後1時半になった時には、1人を除いて全員が揃った。
「さぁて、そろそろ時間だけど……一人足りないねぇ。えーっと、埋まってない席は……『マリナ=フェル=ネア』?外国人か。時差ボケかい?それとも迷ってるのかねぇ。まぁいいよ。とっとと説明を始めちゃおうかねぇ……」
真田が諸注意や学院についての説明を始めようとした、その時。
「どーーーん!セーフじゃな!ヨシ!」
「「アウトだよッッ!」」
大声をあげながら、見知った銀髪の少女が教室へ入ってきた。
まさしくダイナミック入室、あわや引き戸がレールから外れるところであった。
そして、同時に同じセリフを吐く俺と真田。
「ちぇっ、近頃の若いモンは細かいのぅ。まだ5分も経っとらんぞ……って、お前ーーっ!?」
ズカズカと教室に足を踏み入れ、廊下側に配置された最後列の唯一空いている席に腰を下ろす少女、ネア。
しかし、その姿は瑠莉奈を賭けて争った少女であるマーキィ=フェリディア=ベルにそっくりであった。
そして向こうも俺と瑠莉奈の存在に気付いている様子。
こちらを指差し、目を丸くしていた。
「なーんでいるんだよ、ベ……」
俺がそこまで言いかけた時であった。
「シイッッ!」
瞬時に俺の耳元まで詰め寄ったベルが、俺の耳元で囁く。
「どうした急に」
「その名では呼ぶな。そこそこの機密事項なんじゃ。……わらわは秘匿存在みたいなモノじゃと、初めて会った日に言ったじゃろうが。その辺に関してお前は読みが甘すぎる。阿呆かお前は?」
温かい息と甘い声が、耳に心地良い。
しかしその声から繰り出されているのは、6割が理不尽な罵倒と4割の注意である。
……何だろうか、このどうにも腑に落ちない気持ちは。
とはいえ半ば居候のような形であった昨年度とは違う、魔術学院に所属する正式な学生としての生活が始まって初日で騒ぎを起こす訳にはいかない。
……仕方あるまい、ここは黙って従ってやるとしよう。
「分かった。『ネア』な、はいはい」
「ひゃんっ!?」
俺は耳元で囁き返し、そのまま後ずさりしてベル改めネアとの距離をとる。
囁き返されたベルの反応が、壊れたビックリ箱のようだったが……まさか囁き返されるとは思っていなかったのだろうか。
少し驚かせてしまったかな?
……いや、いいや。
罵倒された分だと思えば罪悪感は無い。
「……アンタ達、知り合いかい?随分と仲が良さそうじゃないか」
「「敵同士 です/じゃ !」」
何ということだ、まさかハモってしまうとは。
これでは、まるで仲良しみたいじゃあないか。
「そ、そうかい……ま、ネア。早速だけど席に座ってくれるかい?時間が押しているんだよ」
「仕方ないのう。……ホレ、話を始めるが良いわ」
ベルは席に体重をかけて座り、手で仰いでみせる。
その席には、隣に1つの空席が置いてある。
使い魔のものだろうか。
流石にベルのことだ。
使い魔の1体くらい、従えていてもおかしくない。
真田はそれを意にも介さない様子で説明を始めた。
といっても、基礎やゼミの仕組み(3年の基礎学習を経てから、ゼミ的な専門の分野を選ぶというもの)や、それを考える上で切っても切り離せない関係にある、大まかな魔術の区分、そして秘匿存在についての話であったため、俺と瑠莉奈にとっては全て聞いたことのあるものだったが。
全ての説明を終えた真田は立ち上がり、1枚の紙を黒板に貼り付けて新たな話を始める。
「さて、ここまでの話は聞いた事がある人もいるだろうね。そしてここからは、多分聞いた事が無いだろう話だ」
「学校の説明だけされて終わりかと思ってました」
「俺も」
瑠莉奈は俺の方を向いて呟く。
「覚悟はいいかい?じゃあ、話を始めようか。……今、実はこの教室にも秘匿存在がいるんだよ。使い魔は除いてね」
秘匿存在……もしかして。
「……ベルのことか?」
「どうなんだろうね?」
……でも、わざわざ正体を隠しているくらいだ。
「ネア」という人間としては、秘匿存在でさえないことにして生きているのではないのか?
「で、その秘匿存在っていうのはね……」
「「「「ゴクリ……」」」」
皆が生唾を飲み込む。
それらがほぼ同時であったためか、静まり返った教室にはその音が響き渡り、皆の緊張感をさらに高めた。
そして次に、真田の口から出た言葉。
「アタシのことだよ!!さあアンタ達、全員でかかってきな!授業は既に、始まっているんだ!」
それは衝撃のカミングアウト、そして開戦令であった。
「「「「「ひいいいいいいいいいいい!!!」」」」」
多くの魔術師にとって入学試験以来、魔術師として最初の試練。
俺、瑠莉奈、ベル、そして3体の使い魔を従えている大きなハットを被った魔術師を除いた残りの17人は、つい先程までとは同一人物ではないように怯え切っていた。
それは最初に俺や瑠莉奈と一緒に紅茶を飲んでいた、あの4人グループも例外ではなかった。
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