第17話 入学式 後編
「殺す気でいくからね!ビビッてないでドンドン向かって来な!」
真田は両腕をカマキリのソレに変えて教卓に飛び乗った。
「マジでやる気かよ、真田先生!?」
「そうみたいだね……兄さん、いくよ!」
「勿論!」
俺と瑠莉奈は戦闘態勢をとり、真田が使ってくるの具体的な性質を探るため、まずは遠距離から立ち回るべく距離をとった。
「フン。この程度、わらわ一人で十分じゃ」
ベルは床から木を生やし、急速に伸びる蔓を真田に向けて伸ばす。
「おねがい、みんな」
そして大きなハットが印象的な長身の女性は、3体の使い魔であろう人形に真田を包囲させ、じわじわと距離を詰め始めた。
……それ以外の魔術師は、怯え切っていて話にならないようだ。
これは学院に許可を取って行っている試練なのか、それとも真田が勝手に襲ってきているだけなのか……とても気になってしまう。
というのも、もし瑠莉奈とベルが全力で共闘した場合……真田が死んでしまいかねないからだ。
瑠莉奈かベル、どちらか片方だけでも十分すぎるくらい危ないというのに。
出来れば、ここで事前に学院か誰かに断りを入れているのか、それとも本当にただ襲い掛かってきているだけなのかを問いたいところだが……それを言っては試練の意味が無い故に、絶対に言ってはくれないだろう。
「瑠莉奈、一応言っとくけど……殺しちゃダメだからな」
「大丈夫、分かってるよ兄さん」
瑠莉奈がニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。
この妹、やっぱり何か企んでいるな……?
ベルが伸ばした蔓は真田の身体に絡みつき、四肢は拘束する。
そして、それを貫かんと尖った枝が真田へと向かった。
「そらそらッッ!大したモンだね!でも、アタシの腕と植物は相性が悪いんじゃあないのかい?」
しかし真田はあっという間に両腕で枝の先端を切り落とし、続けてあっという間に拘束も解いてしまった。
「ぬぅっ……面倒なことを。じゃが自然魔術が植物を生み出すだけではないことは、貴様も理解しておろう?」
さすがに蘆屋を上回る程に強力な自然魔術を扱うベルとはいえ、植物の天敵は大抵の場合、虫なのである。
仮に真田が秘匿存在であることが本当だったとして、彼女がソレである要因が、様々な虫の特徴を身体に現すことができる「虫人間」であるためなのか、それがカマキリに限定される「カマキリ人間」であるためなのか、それとも他の水生生物や小動物なんかにも変身できるのか……。
その辺りがまだまだ謎であるが故に、下手には立ち回れない。
情報が集まるまでは思い切った立ち回りができないところが、リーチが短い魔術しか使えない魔術師の辛いところだ。
「今です!重めのやつ、いきますよ!【バラル】!」
瑠莉奈は遠距離から狙いを定め、指先から放った錯乱効果を持つ光を浴びせた真田から「空間」という概念の認識を奪う。
「あ……あぁ?」
一瞬にして床も壁も、その何もかもを理解できなくなり、その場に崩れ落ちる真田。
立ち上がることはおろか、もはや口を開くことさえも、空間の概念を認識できない今の真田にとっては不可能な話であった。
「あっはっはっは!今、貴方の周りには何がありますか?理解できますか?理解できませんよねー。これが『バラル』です!大成功っ!」
……絶対に「やる」と思った。
というか、煽りすぎである。
瑠莉奈の「バラル」は、与える影響と範囲、そして影響を与えている時間が大きければ大きい程に使用するリソースが高まる。
対象は真田一人とはいえ対象が「空間」という、生物の根底にとんでもなく染み付いた概念を一時的にとはいえ奪うのだ。
こんなに強がってはいるが、今の時点でもうヘトヘトだろう。
しかし、無茶だと分かっていても相手を困らせるために大技を使う瑠莉奈。
いかにも悪魔である。
「今だよ、動きを止めよう。【
ここで動き出す帽子の魔術師。
かなり小顔なのか、大きな帽子のつばから無理矢理覗き見るようなかたちで真田の方へ目を向ける。
「「「イエス、マスター」」」
そして帽子の魔術師が従える使い魔である3体のマネキンのような人形が、主人に代わって真田の両腕を鋭い爪で斬り落とす。
「ナイスです、帽子の魔術師さん!」
「ん。悪魔……アガレスさまだっけ。ナイス」
帽子の人、名前覚えるの早っ。
直接的な交流は今が初めて……それどころか、名簿も今日見るのが初めてな筈なのに。
瑠莉奈と帽子の魔術師がハイタッチを交わす中、特に俺は出番も無いまま杖を下ろして楽な体勢に戻した。
「オイオイオイオイ……」
流石にやりすぎのような気がする。
相手は秘匿存在とはいえ魔術教授、あくまでも先生だ。
「よいしょっと。いやー!参った参った!参ったよ!今年の新入生は豊作だね!」
しかし、その心配は杞憂だったようだ。
「バラル」の効果も解けたらしく、真田は両腕をいとも簡単に再生して人間の姿へ戻り、服の内ポケットに潜ませていた白旗を掲げる。
「「小道具を用意すな」」
再び声が重なる俺とベル。
……今日はやけにベルと息が合う日だ。
「アタシはね、『事案6328-人間サイズでは多分そこそこ最強クラスだと思います(当社比)』って名前で登録されてる事案の原因なんだよ。……ほら、全ての生き物を同じサイズにしたら、『ハラビロカマキリ』って強いらしいって言うじゃないか。だからこんな名前なんだとさ。『(当社比)』ってのはさっぱり分かんないけどね」
何だ、そのまとめサイトのクソ記事にありそうな文章は。
この事案に名前をつけた術師のネーミングセンスを疑う。
「どれ、真田よ。一つ問うても良いかのう」
「何だい、おチビちゃん?」
「……あそこで震えとる魔術師もどき達はどうする気じゃ。皆、其方に怯え切って動けなくなっておるではないか。何人かは失禁までしておる。……これから過ごしていく教室に、小便を撒き散らされたるのは気分が良くないのじゃがなぁ。……『掃除』、してしまって良いかのう?」
「アンタ、掃除が好きなのかい?珍しいねぇ。じゃあまず雑巾を……」
真田は、ベルの言葉をそのまま受け止めてしまったらしい。
「【暴風掃討……」
しかし、ベルがまともな掃除などする筈も無く。
恐らくベルの言う「掃除」とは、震えて怯えるクラスメイト達も含むソレを指すのだろう。
「【バラル】ッッ!」
「ぐ……ぬぅ」
どこからともなく突風が吹きつけ始めた時点で間一髪、瑠莉奈がベルから「魔法」の概念を奪ったことにより魔術は封じられて大惨事は免れたものの、真田との戦闘で使った分も含めて、瑠莉奈の消耗した霊力量はとんでもないことになってしまったようだ。
「大丈夫か、瑠莉奈?」
「うん、大丈夫……重めの『バラル』は使いすぎちゃダメだね……」
「ああ、もういいから喋るな、ゆっくり寝ろ。ベッドまで運んでやるから。顔も唇も真っ青だぞ」
「えへへ……ありがとう、兄さん」
かつてない程に血色が悪い瑠莉奈は地面にへたり込み、それに合わせて姿勢を低くした俺の腕に寄りかかったまま、少しの間は立ち上がるどころか体勢を戻せなくなる程に疲弊してしまっているようだ。
俺は瑠莉奈を抱き上げ、そのまま寮へ向かう。
真田には不思議がられたが、「妹が倒れるくらい頑張ったのに休ませないバカがいますか」と半ギレで言ってみたところ、真田が怯えている魔術師達の始末をしている間に寮の部屋へ連れて行くことは許可してくれた。
やはり、融通が利く先生をもつと良いものだ。
騒動が一段落した後、何事も無かった俺・ベル・帽子の魔術師・真田の4人だけで、改めてオリエンテーションのようなものが再開した。
このオリエンテーションで校内のまだ行っていなかった階や寮の構造をざっくりと説明してもらったため、これで迷うこともかなり少なくなりそうだ。
初日から事件なのか何なのか分からない事態にクラス中が騒然とし、それが終息した時には真田を除く3人と使い魔3体しか残っていないという不測すぎる事態が誰かさんのせいで発生したが、何はともあれ初日を生き抜くことができて良かった。
ただ一つだけ、問題があるとすれば……。
「瑠莉奈が倒れたのはお前の魔術を止めるためだったんだからな、マジで勘弁してくれよ……」
「ビームソードしか使えんバカが偉そうに何か言うとるわ」
「お前にだけはバカって言われたくなかった」
「なんじゃと貴様」
俺とベルの仲が、より険悪になったことだろうか。
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